16話 元通りにする方法ってあるの?
前話からの続きの場面です。
妃那の質問の意図は考えたところでわかりそうもないので、彬は思いついたままの答えを言った。
「まぁ、僕からしてもあんまり幸せな結果とはいえないよ。姉さんは遠くに行っちゃって、そばにいることはできなくなるし、君との関係も終わり。今手の中にあるものはとりあえず消えちゃうわけだし。なんで?」
「やっぱり死にたくなってしまうのかと思って」
「そうなってみないとわからないから、今の時点では想像できないよ。答えの出ない今、ムダに悩む必要もないし」
「前にそう思ったのは、桜子が恋人を作って他の男性と性的関係を持つ可能性が百パーセントあることだから、想定していたということでいいのね?」
なんだか変な確認の仕方だと思ったが、彬は素直にうなずいた。
「ていうか、さっきから何か考えてるみたいだけど、何を考えてるの?」
「圭介に嫌われなくて済む方法」
「その話は終わったんじゃないの?」
「あなたが言ったのでしょう。圭介と桜子を別れさせようとして、わたしのしたことは嫌われることだと。でも、それよりもっと喜ぶことをしたら、目をつぶってもらえるのでしょう?」
「あ、うん、言った」
「だから、その方法を考えているの」
「それ、考えること? 考えなくても答えは出ていると思うけど」
「ありえないわ」
「ええー、なんで?」
「わたしに思いつかなくて、彬に思いつくことは1ppm以下なのよ。しかも、考えなくても思いつくなんて、限りなくゼロに近い可能性よ」
「その計算はどこから……?」
「CPUの違いから単純に計算したのよ」
「CPU?」
「脳の回転速度よ」
「その計算に人生経験というものは加味されないの?」
「そうね、それを忘れていたわ。では、なんだというのかしら?」
「王太子がいなくなってあの二人が普通に付き合えるようになればいいだけの話じゃないか」
妃那はやれやれといったようにため息をついた。
「わたしがそんな簡単なことを思いつかないと思う? そんなことは解の一つよ。でも、それでは全部なかったことにするだけなんだから、プラスマイナスゼロでしょう? わたしはもっと圭介に喜ばれることを考えていたの」
(ポイントはそこなのか……?)
今度は彬がため息をつく番だった。
「あのさぁ、人間の感情なんて、1+1は2で解決するものじゃないんだよ。田んぼの『田』とか答える奴がいるみたいに。
君のしたことは嫌われることだったかもしれないけど、全部元通りになって、あの二人が幸せって感じられれば、結果オーライで『ああ、あんな苦難もあったねえ』くらいの笑い話で終わったりするんだよ。
で、君が『ごめんなさい』って謝って、『悪いことをしたと思ったから、こうこうしてあげました』って言えば、あの二人なら許してくれると思う。
そもそも君のしたことはどんなことをしても取り返しのつかないことで、この件に関して何をしたとしても、プラスに転じることはないと思った方がいいよ。嫌われなければ御の字レベルなんだから」
「田んぼの田の行はよくわからなかったけれど、あとはよくわかったわ」
「1+1は田んぼの『田』って言わない?」
「2でしょう?」
妃那は真顔で答える。
しかも、目が『あなた、バカなの?』と言っている。
「子供の遊びだよ」と、彬は指で書いてやって見せた。
「なるほど。けれど、それは算術記号の使い方としては間違っているでしょう?」
「だから、冗談みたいなものだって。ていうか、こんなことはみんな知ってると思ってたけど、君、どういう子供時代を過ごしてたの?」
「最近まで学校というものに行ったことがなかったわ」
(ああ、なるほど……)
どうりで妃那は子供が普通に身につける知識や経験が壊滅的に足りないわけだ。
彬にもようやく理解できたような気がした。
「まあ、そういうことで、方法があるなら、あの二人を元通りにしてやればいいっていう話だよ」
「わかったわ」と、妃那はあっさりうなずく。
「……て、方法あるの?」
「わたしに見つけられない解答はないのよ。でも、あなたの言う通りにして、あの二人が元通りになったとしても、わたしが圭介に嫌われたら、あなたを絶対に許さないわ」
「あのさぁ、そういうことなら、その方法とやら、聞かせてもらっていい? 結果は同じでも、その過程で嫌われる場合もあるし」
「ちょっと待ちなさい。過程のせいで嫌われたりするの? そんなこと、さっきは言っていなかったではないの!」
妃那がムキになって怒鳴るので、彬も負けずに怒鳴り返した。
「そんな細々したこと、いちいちクドクド説明しなくても、わかることなんだよ!」
「あなたと話していると、頭がおかしくなりそうだわ! 何から考えて、どうやって答えを出していいのか、わけがわからなくなる!」
「だから、話してって言ってるんじゃないか! 君の計画のどこで圭介さんに嫌われるか、君にはわからないんだろ!? 僕なりに判断してやるって言ってるのに!」
「あなたの方が圭介のことをわかっているみたいで、腹が立つわ!」
「少なくともどうしたら嫌われるかわからないって言っている君よりは、ずっとマシってことだよ!」
妃那はフン、と大きく鼻息を吐いた。
「わかったわ。明日の放課後、空けておいてちょうだい。あなたの意見を聞こうではないの。
さ、お腹いっぱいになったのなら、ベッドに行きましょう。時間がもったいないわ」
妃那はぐいっと彬の腕を引っ張って立たせると、そのままベッドまで引きずっていった。
深夜直前、彬は家の裏口からコソコソと入ろうとしたところ、後ろからガシッと身体を拘束された。
「不審者確保!」と男の声が耳元で響く。
「へ?」
王太子の滞在のせいで、家の周りに警備員が配置されていたのを知らなかった。
彬はわらわらと詰めかけてくる警備員にあっという間に囲まれ、懐中電灯で顔を照らしだされる。
「あれ? ここの家の子じゃないか?」
「中学生だろ?」
「まったく、いいところの坊ちゃんは夜遊びがすぎるよ」
その後、すでに寝静まっていた家は起こされ、両親も呼び出されて、彬はこんこんとお説教されたのだった。
「話は明日の朝にしましょう」と言った母親の顔が闇の中で鬼のように光っていて、その恐ろしさのあまりよく眠れない夜を過ごすこととなった。
次話はこの後日談となります。
夜遅くに帰った妃那は……?




