15話 嫌われたくないと言われても……
この話から彬視点です。
【13話 けっこう幸せな関係】の続きの場面になります。
ラブホテルの部屋とはいえ、ソファセットのテーブルの上にビザや飲み物が並んでいると、なんだかカラオケボックスのような雰囲気になる。
(そういえば、最近は女子会とかやるって聞くしなー)
彬はそんなことを考えながら、向かいに座ってピザを一切れ取り上げて、パクリとかじる妃那を見ていた。
「あら、意外とおいしいわ」と、目を輝かせている。
「いただきます」と、彬も手を合わせて、妃那に感謝しながらピザに手を伸ばした。
今月のこづかいは薫子に貸してしまったせいで、ほとんど残っていない。
本当は宅配ピザなど食べる余裕はないのだが、妃那に払ってもらってこうしてありつけている。
そもそも今までのホテル代も全部出してもらっているし、帰りは家の近くまで車で送ってもらうのが当たり前。
至れり尽くせりなのは確かだが、彬の脳裏に時々『ヒモ』の文字が浮かぶ。
対等な関係なのだから、ワリカンにすべきだとは思うのだが、彬のおこづかいでは月に1回もホテルなど来られないのが現実だ。
(いやいやいや、別におこづかいもらってるわけじゃないから『ヒモ』ってことはないよな。ご飯はたまたま長時間こうしているから、お腹が空いて食べているだけで……)
「ねえ、彬」
「ん?」と、彬は声をかけられて顔を上げた。
「家に帰りたくないと言っていたけれど、どうして?」
「ああ。王太子様がしつこく姉さんを追いかけてきて、今日からうちに滞在することになってさ。
朝から姉さんキレてたから、今頃王太子とバトってるんじゃないかと」
「あらそう。なんだか大変そうね」
妃那は完全に他人事のような反応を見せる。
「……もとはといえば、君のせいじゃないの?」
「そうね」
「あっさり認めるなー」
「当然の成り行きでしょう。桜子に断られて、『はい、そうですか』とあっさり身を引くような人が相手では無意味だから、粘着質そうな人を吟味したんだもの」
「……つまり、君が見つけた候補の中でも1番厄介な人を選んでくれたってわけ?」
「当然のことを聞かないでちょうだい」
「まだ何か企んでいるの? あの二人を別れさせようとして」
「何もしていないわ。圭介が何もするなと言うから」
「それ、素直に聞くの?」
「圭介には嫌われたくないもの」
「じゃあ、王太子のせいであの二人が別れたら、そのもともとの原因を作った君は、やっぱり圭介さんに嫌われるんじゃないの?」
彬は当たり前のこと言ったのだが、妃那は驚いたように目を見開いて、束の間固まっていた。
「……それは盲点だったわ。彬もたまには頭のいいことを言うのね」
「どうも……ていうか、それくらい誰でもわかると思うけど」
妃那が心底感心したように目をキラキラさせるので、彬はあきれたため息をもらしてしまう。
「わたしには難しいわ。こうしたら好きになる、こうしたら嫌いになると言ってくれればすぐにわかるんだけれど。
何も言ってくれないと自分がいいと思うことをするわけでしょう? その結果、何が起こるかわかったとしても、人の感情がどうなるかまでは計算に入れられないもの」
「それ、普通に間違ってるから。自分のしたことで、他の人がどう思うか考えて行動はするんだよ。誰かを傷つけないようにとか、喜ばせるようにとか。
ましてや自分が好きな相手に嫌われるようなことなんて、絶対にしないよ」
「だから、どうしたら嫌われるのかがわからないと言っているの」
「ええー……。じゃあ、逆にどうしたら圭介さんが喜ぶかはわかるの?」
「それならわかるわ」と、妃那は顔を輝かせる。
「圭介はね、圭介のために何かしてもらうとうれしいんですって。とても素敵な笑顔で頭をなでてくれるわ」
「……ああ、うん。思ったよりずいぶん普通のことだけど。つまり、そうやって圭介さんを喜ばせている人間が嫌われたりすると思う?」
「嫌いな人に笑顔を向けたりしないでしょう?」
「じゃあ、圭介さんがしてほしいことや助けてほしいと思うことをしてやれば、圭介さんは君を嫌ったりすることはないってことじゃないの?」
「うれしいことと嫌なことを両方されたらどうなるの?」
「比重の問題じゃない? うれしいことがいっぱいなら、ちょっとくらい嫌なことをされても目をつぶる。逆なら、どんなに頑張っても嫌われる」
「よくわかったわ」
妃那はコクリとうなずいた。
「ほんとに?」
「わたしはバカではないもの」
「ああ、うん……」
紙一重、と言いたかったが黙っておいた。
それきり妃那はもくもくとピザを食べている。
じいっと目を見開き、瞬き一つしない。
薫子も時々こういう状態になることがある。
そういう時は、たいてい頭をフル回転させて考え事をしている時だ。
(でも、この人、普段から人形みたいに動かなくなるからなぁ……。いつも考え事をしているわけじゃないのかも?)
妃那が黙っている間、彬もパクパクと食べ続けた。
さすがにお腹がすいていただけあって、Мサイズのピザがどんどん減っていく。
一方、妃那は食が細いのか、一切れをゆっくり食べていて、ちっとも進んでいかない。
自分の分を食べ終わって妃那を見ると、ようやく瞬きをした。
「彬、食べられるのなら残りをどうぞ」
「え、いいの?」
「わたしはこれで充分。もうお腹いっぱいだわ」
「じゃあ、遠慮なく」と、残っているピザに手を伸ばす。
「ねえ、彬。桜子が王太子と結婚して、わたしと圭介が結婚することになったら、あなたはどうなるの?」
「僕?」
唐突に話を振られて、彬は面食らった。
考え中にどこか遠くまで考えが飛んで行ってしまったのだろうか。
「そう、あなたのことよ」と、妃那はうなずく。
(姉さんが王太子と結婚したら、当然圭介さんはこの人と結婚することになるのは間違いないと思うけど……その場合の僕の立場?)
どうだろう、と彬は束の間考えた。
次話もこの場面が続きます。
妃那の唐突な質問の理由は?




