12話 何がどうなったら、こうなる?
前話から引き続き、桜子視点です。
日曜日、桜子は昨日に続いて王太子に付き添い、福祉施設慰問に向かう予定だった。
――が、朝目を覚ますと、家の中がなんだか騒がしい。
「もう、何の騒ぎ?」
パジャマのまま居間に行くと、日曜日で従業員は全員休みのはずなのに部屋の掃除をしている。
窓の外を見れば、やはり庭を掃除をしている人、それに見知らぬ黒スーツの男が何人もウロウロしていた。
「ああ、桜子、やっと起きたの?」
段ボールを抱えて母親が通りがかる。
「何かあったの?」
「あんた、王太子に何を言ったの? 昨夜、ちゃんと断ることができたって言ってなかった?」
「そうだよ。ようやくお互いの言い分を理解し合えて、向こうは身を引いてくれたの。ほんと、よかったよ。これで心置きなく圭介に会えるー!」
桜子がウキウキと言うと、母親は怪訝そうに眉をひそめた。
「……ねえ、それ、本当に理解し合えたの? だったら、どうして王太子がうちに滞在することになるわけ?」
「は!?」
「今朝、迎賓館の方から連絡があって、今日から王太子がここに滞在するって。
だから、従業員を全員呼び出して、朝から空き部屋の片付けしたり、掃除したり、家のセキュリティの強化したり、大わらわよ」
「な、なんで、そんなことに……?」と、桜子は開いた口がふさがらなかった。
「否が応でもあんたのそばにいたいんじゃないの? こんな急に、いい迷惑よ。
おかげで今日の慰問も延期。子供たち、楽しみにしていたのに」
「ええと、じゃあ、あたしは出かけなくていいということで……?」
「あんたも早く着替えて手伝いなさいよ。人がウロウロしているのに、いつまでもパジャマでみっともない」
「ええー……」
桜子は寝耳に水、狐につままれたような気分でフラフラと自分の部屋に戻り、とりあえず着替えて顔を洗いに行った。
「桜ちゃーん、いったいぜんたいどういうことなの!?」
薫子が洗面所に駆けこんでくる。
「あたしにもわかんないよ。なんで、王太子がうちに住むのよ。ていうか、引き受ける? 普通」
桜子はタオルで顔を拭きながら言った。
「同居なんて始まったら、『正式な婚約、秒読み』とか記事が出そうだよね」
「冗談やめてよ。それに、どうして知らない人と一緒に住まなくちゃいけないの!?」
桜子はプツンと切れて、タオルを叩きつけた。
「なんか、うち、すごいことになってるみたいなんだけど。王太子が来るんだって?」
そんなことを言いながら、彬も洗面所に入ってくる。
家じゅう人がウロウロしているおかげで、なぜか兄弟3人が洗面所に集まってしまった。
「あの人、やっぱり何を考えているかわからないよ! 来たらひと言文句言ってやらないと! 家族の前なら、言いたい放題だよね!?」
桜子の勢いに押されたのか、彬が後ずさった。
「なんか大変そうだから、僕、出かけてこようかなー……」
「デート?」
「そういうんじゃないけど……家にいても落ち着かなそうだし」と、彬はもそもそと口ごもっている。
「そうだよねー。ホテルの部屋の方が静かで楽しい1日を過ごせそうだもんねえ」
ニヤっと笑う薫子を彬がギッとにらみつけるのを見れば、彬とカノジョとの関係性は明白だ。
(あたしの方が先に付き合いだしたのに、弟に先を越されてる……)
「いいなあ……あたしも圭介と――」
変なことを口走りそうになって、桜子はあわてて口を手で覆ったが、薫子が好奇心に目をきらめかせて見つめてくる。
「桜ちゃん、ダーリンと何したいのかなー?」
「ち、違うの! デートしたいって思っただけなの!」
真っ赤な顔で言い訳をしたところで、ウソだと自分からバラしているようなものだ。
これ以上、薫子に突っ込まれたくないと思っていると、彬が間に入ってくれた。
「そっか。姉さんも圭介さんとそういう関係になってたんだね。おめでとうって言った方がいいのかな?」
「そうじゃないのー! ただ、あたしは普通にデートを――」
「じゃあ、まあ、王太子が来たところで心配することもなさそうだし、僕はやっぱり出かけてくるよ」
彬は朗らかに笑って出て行ってしまった。
「彬くん、勘違いしてたねえ」
薫子がうぷぷと笑っているのを見て、桜子はがっくりと頭を落とした。
「あたしたち、まだそういう関係じゃないのに……」
「だから、そういう関係になりたいんだよね?」
桜子はコクンと素直にうなずいた。
「まあまあ、桜ちゃん、そんなに落ち込まないで。またチャンスは作ってあげるから」
薫子はそう言って、ポンポンと桜子の肩を叩く。
「よろしく……ということで、あたしも逃げていいかな?」
「桜ちゃんはさすがに逃げたらマズいんじゃない?」
「やっぱ、ダメ?」
「ここ、桜ちゃんの家だし。今逃げたところで、どの道いつかは帰って来なくちゃいけないでしょ? それくらいなら、早々に退散してもらうように頑張る方が先じゃない?」
「ごもっともで……」
あたしの平穏な日はいつになったら来るのかしら、と桜子は泣きたい気分だった。
次話は、変な勘違いをして出かけていった彬の話になります。




