11話 これがあたしの本心です
前話からの続きの場面です。
(さて、ここからがあたしの番だよ)
桜子は小さく深呼吸をしてから、王太子の目をしっかりと見つめた。
「申し訳ないですけれど、それは受けられません。目指す道は同じかもしれませんが、わたしは自分の生まれたこの国を助けたいんです。
この国もまだまだ生活に困っている人がいますし、つらい思いをしている子供たちがたくさんいます。わたしはそういう人たちの手助けをしたいと思っているんです。
自分の国を豊かにしたいのであって、あなたの国ではありません。あなたはあなたの国の人と、目指す国を作るべきだと思います」
「それでも、君以上に理想的な女性はいないんだ。どうしても君を妻に迎えたい。君のそばにいたいんだ。一生大切にすると約束する」
(そう簡単に『はい、そうですか』って言ってもらえるとは思わなかったけどー)
必死な王太子の顔を見て、桜子はため息をついた。
「殿下、実はわたしに対してそう言ってくる男性はたくさんいるんです。理想的だと。どうしてもわたしでなければダメだと。
その人たちの言葉を疑うことはありませんが、わたしからすると、自分本位な身勝手な言葉にしか聞こえないんです」
王太子が黙ったままなので、桜子は言葉を続けた。
「あなた方にとっての理想にわたしが当てはまると勝手に思っているだけで、その理想からずれている部分は無視するんですか? それとも理想に当てはまるように無理やりわたしを変えようとするんですか?
わたしにも理想はあります。それがかみ合わなかったら、どちらかが妥協するしかありません。つまり、あなた方にとって理想でも、二人の理想にはなりえないということもあるんです。
殿下、あなたの場合も同じです。お互いに豊かにしたい国がすでに違います。わたしの理想は無視して、強制的にあなたの理想に従わせるんですか?
あなたに一生大切にされて、ある意味幸せになれるかもしれません。でも、わたしは失うものの方が多いんです。自分の国を離れて、家族と離れて、知らない国で知らない人のために生きなくてはならない。
それでもわたし自身が、あなたさえいれば何もいらないと思えるならそれでいいと思います。でも、残念なことに、あなたに対してそこまでの想いはありません」
「圭介は違うというのか?」
「圭介はわたしを理想的だなんて言ったこと、1度もありません。どちらかというと、圭介の理想からはかけ離れていると思います」
「そう?」と、王太子は意外そうな顔をする。
「圭介は普通の家庭で育ったんです。わたしの背負う藍田の名前が重すぎて、本当は逃げたいんじゃないかと思う時もあります。わたしなんかを好きにならなければ、もっと楽に幸せな道を選べたと思います。
でも、圭介はそういう楽な道を全部捨てて、わたしと生きる道を選んでくれました。足りない部分を必死に補えるように頑張って、わたしの大切に思うものを一緒に守ってくれようとしています。
自分の理想をわたしに押し付ける人たちとは、全然違うんです」
桜子は話している間、王太子から目をそらさなかった。
紛れもなくこれが桜子の本心だということを理解してほしかった。
今まで話が通じなかったのは、確かに相手の言うこともまともに聞かず、自分の気持ちも語ることがなかったからだ。
『圭介が好きだから断る』と言っても、圭介とはどういう人間で、どうして圭介が好きなのか、圭介でなければダメなのか、きちんと説明しなければならないことだった。
そこにどれだけ揺らぎない気持ちがあるのか、訴えなければならなかった。
相手が真剣に桜子を欲しているからこそ、余計に――。
「君はやはり女王の目を持っている。相手に有無を言わさず、ただ従わせる」
ややあって王太子が口にしたのはそのひと言だった。
「別にそういうつもりで言ったわけでは……ただわかってほしかっただけです」
「しかし、結局、圭介もそういう君に従わされてしまったのではないのか?」
「そ、そんなことないと思いますけれど……」
思い出してみれば、妃那との婚約話が持ち上がって、圭介を婿にすると勝手に決めたのは桜子だった。
圭介はそれに同意してくれたが、実は圭介もそんな風に思ったのかと思うと、自信がなくなって言葉に詰まってしまう。
(もしかして、あたし、圭介の気持ちを無視した? 無理やり変えちゃったの?)
「どうやら思い当たる節があるようだが」
「そ、そんなことありません! それこそ、わたしの方が全部捨てても圭介がほしいと告白したけれど、彼の方がわたしの大切なものを一つも失わないように、自分がこちらへ来てくれると言ってくれたんです。
だから、わたしもお婿になってもらうことにためらわなかったんです」
「君は思っていたより欲張りなんだな」と、王太子はふっと笑った。
「欲張り?」
「誰かのために自分を曲げるのはイヤ、自分の意思を押し通して、自分のほしいものは全部手に入れる。それができる相手をしっかり選んでいるんだ」
「人聞きの悪い……。わたし、そこまでわがままな人間だと思ったことありませんけれど」
「だから、よくわかったよ。ウワサに聞く『藍田の女』というのはそういうものなのだと」
「どんなウワサが?」
「ほら、レセプションパーティで君が叫んでいたではないか。圭介は藍田を継ぐわたしが選んだ男だと。
気になったから、後で他の人に聞いてみたんだ。
誰もが言っていたのは、代々婿を迎える藍田家では、跡継ぎの女性が結婚する相手は必ず大物になるということ。そういう目を持っているのだと言っていた。
君は早々に帰ってしまったけれど、あの後ちょっとした話題になっていた。
しかし、僕には不可解だったんだ。未来を視ることのできる特別な目を持っているのならともかく、どういう基準で選んだら、将来性のある男を見つけることができるのかと」
面白そうに目を光らせている王太子を見て、桜子はむっとしてしまう。
「別にそのようなつもりで選んでいません。知っている限り、母も祖母もみんな恋愛結婚です」
「だから、ようやく納得できたんだ。すべてを捨てても、自分の欲をすべて叶えてくれる男を選ぶのだと。
男の方がプライドが高いし、見栄っ張りで、すべてを捨てて女を追いかけたりしない。藍田の女はそれをやってのけてでも、自分だけを欲する男に惹かれるんだ」
「大げさですよ」と、桜子は笑ってみせた。
「大見得切って思わず叫びましたけれど、あれはあなたにあきらめてほしくて言っただけのハッタリです。
わたしたちは普通に恋をして付き合い始めた、どこにでもいる高校生カップルです。学校で一緒におしゃべりして、時々デートして、圭介が他の女の子と仲良くしているとヤキモチを焼いたり。そういう毎日が幸せだと思うだけです」
王太子はふうっと大きく息をつくと、桜子から視線をそらし、前に向き直った。
「桜子、今は取りつく島がないから、これ以上は何も言わない。でも、僕はあきらめたわけではないからね。人の気持ちはいつでも変わる可能性がある。僕はそれを待つことにする」
「とりあえずわかっていただけたのならよかったです」
桜子はようやく心からの笑顔を浮かべることができた。
(あたし、頑張ったよね?)
ようやく王太子も納得してくれて、やれやれの桜子でしたが……まさかの事態が発生?
まだまだ波乱は続きます。




