8話 フォローは完璧
圭介が教室に戻ると、妃那がむっつりとした顔で席に座っていた。
「やっと戻ってきたわ」と、にらまれる。
「悪い」
「トイレに行きたかったのに、もう時間がないわ」
「ガマンはよくないから、今から行くか? 急いで行けば、間に合うぞ」
「いい。そこまでではないから。桜子はどうしたの?」
「トイレに寄ってくるって」
「あら、そう」
「おれらが抜けた後、教室の中、大丈夫だったか?」
「大丈夫なわけがないでしょう。あの王太子、授業にかまわず普通に追いかけて行こうとしていたわ」
「で……?」
「仕方ないから、桜子が体調を崩して、圭介が保健室に連れていったと言っておいたわ」
「それで、王太子はとどまってくれたのか?」
「まさか。自分も様子を見に行ってくると大騒ぎしていたわ。けれど、『大事な女性の顔色もわからないようなら、様子を見に行くだけムダ。あなたの出る幕はないわ』と言ったら、ようやく席に戻ってくれたけれど」
「そっか……」
「薫子は詰めが甘いのよ。準備をするなら事後処理も計算に入れなければならないのに、二人が出て行った後のフォローは一切なしなんだもの」
昼休みに二人で話していたことは、妃那もしっかりと聞いていたらしい。
邪魔をするならともかく、妃那が手助けしてくれるとは意外だった。
「おまえ、知っていて助けてくれたんだな。ありがと。すっげえ助かった」
妃那の頬をはさんでわしわしとこすってやった。
「そんなに桜子と一緒に過ごせたことがうれしかったの?」
「それもあるけど、おまえが助けてくれるなんて、初めてだから。どうした風の吹き回し?」
「腹が立ったからよ」
妃那は頬をはさまれたままむっつりと目をそらす。
「何に?」
「薫子、嫌な奴なのに、圭介が頭をなでたりするから。
わたしも圭介のために何かしたら、頭をなでてもらえるのかと思って」
「妃那、おまえ、成長したなー。誰かを助けると、みんな感謝してくれるし、笑顔を向けてくれるものなんだよ。だから、おれもおまえに助けられてうれしい」
圭介は笑顔で妃那の頭をなでてやった。
妃那はすっかり機嫌を直してニコリと笑う。
その辺りはやはり3歳児だと思ったが。
*** ここから桜子視点です ***
トイレの前で圭介と別れて教室に戻った桜子は、先に戻っていた圭介と妃那を見て、目を剥いた。
(さっきまであたしとラブラブだったのに、どうして妃那さんとベタベタしてるの!? あんな、キスしそうなほど顔をくっつけて!)
つかつかと二人のところへ行って文句の一つも言ってやろうと思ったところ、わらわらと人に囲まれてしまった。
その中心にいる王太子がまっすぐに進んできて、桜子の手を取る。
「桜子、具合はどう? すまなかった。君が無理をしていることに気が付かなくて」
(ええと……? 具合がどうってことは、あたしは体調不良にでもなってるのかな?)
「ええ、大丈夫。少し休んだら、よくなったわ」と、あわてて笑顔を貼り付けた。
「でも、まだ顔色が悪いようだが。今日は早く帰った方がいいのではないか?」
(……顔色が悪いのは、あなたのせいなんですけどー?)
――と思っても、さすがに口には出せない。
とはいえ、せっかくなので、これを利用しない手はない。
「お気遣いありがとうございます。授業だけは受けて帰ります。でも、今夜のパーティには行けないかもしれないわ」
「そうだね。大事を取ってゆっくり休んだ方がいい」
「申し訳ないですけれど」
桜子は「ふっふっふ」と笑いたくなるのをこらえながら、その場をやり過ごした。
気になる圭介を振り返れば、すでに妃那とは離れて席に座り、スマホを見ている。
(……怒るタイミング、逃しちゃった)
桜子はむうっと口をとがらせながら自分の席について頬杖をついた。
具合が悪いことになっているせいか、周りも気を使って、いつもより静かにしてくれているのがありがたい。
(もっと一緒にいたかったのに……)
圭介と二人きりになれたのは、授業ひとコマだけ。
早く王太子から解放されて自由になれば、1日デートも可能になる。
せっかく神泉家の目を気にせず圭介と会えるようになったというのに、家で隠れるように1回会っただけ。
(普通のデートしたいのにー!)
やはりまだまだ呪われている気がして、その元凶である貴頼、ひいては妃那を恨めしく思わずにはいられなかった。
次話はこの日の後日談になります。
妃那と彬の関係が……?




