4話 すでに疲れています
前話からの続きの場面です。
(うわ、ついやってしまった……)
桜子はしんと静まり返るパーティ会場の中、頭を抱えたかった。
目の前の王太子は驚いたように目を見開いている。
出席者たちも桜子と王太子に凍ったような視線を向けていた。
これで王太子が結婚をあきらめてくれるのなら御の字だが、一国の王太子に対しての無礼によって、余計な問題が発生してもおかしくない状況だ。
(どどどどうしよう……!)
そんな居心地の悪い静寂を破ってくれたのは父親だった。
「ほらほら、桜子、結論は急ぐことはないよ。殿下は寛大にも待ってくれるとおっしゃっている。
時間はゆっくりあるんだから、焦らずゆっくりと考えればいい」
父親の言葉で王太子も気を取り直したように、あざやかな笑みを向けて来た。
「そうだよ、桜子。久しぶりに会って、僕がこんなに素敵になって戸惑ってしまうのだろう。
自分が間違っていたと認めるのは、なかなか勇気がいることだ。
その勇気を出せるまで、僕は君のそばで応援してあげよう」
(ああ、もうヤダ……。この人、本当に話が通じない。ていうか、自分に都合のいいように人の話を解釈する)
桜子はギッと父親を睨みつけた。
『お父さんはどっちの味方なの!?』と叫んでやりたい。
――が、ようやく和やかな雰囲気が取り戻せたところ、再び騒ぎを起こしては、助け船に入ってくれた父親のメンツをつぶしてしまう。
仕方ないので、桜子は気合で笑顔を貼り付けるしかなかった。
「わかりました。お言葉に甘えて、この件についてはゆっくりと考えさせていただきます」
翌日の朝食の席――
新聞の朝刊にその時のやり取りがデカデカと乗っているのを見た時、さらに桜子の怒髪天を抜いた。
『ラステニア王太子来日』の1面はともかく、3面の『藍田グループ、ラステニアとの取引決定』の欄には――
『なお、王太子の求婚を受けた藍田桜子さんは、内戦終結後に婚姻することが決まっている』
――と、圭介の話などひと言も触れずに、勝手な内容で締めくくられていた。
「冗談じゃないわ!」と、桜子は畳に新聞を叩きつけた。
「お父さん、話が違うじゃない!」
「どこが?」と、父親がとぼけたように言うのが腹立たしい。
「断っていいって言ったのに、『内戦終結後に結婚』になってるよ!」
「だから、おまえがイヤなら断っていいって。ビジネスには関係ないんだから、単なる恋愛問題だろ? おまえの決断に口出ししないよ」
「あんの、クソ王太子! 頭おかしいんじゃないの!? まともに話も通じないじゃない!」
「桜子ー。食事中にお下品な言葉はよしなさいよー」と、母親に言われる。
「その他に修飾する言葉が見つからないんだもん! お母さんだって、そう思うでしょ!?」
「まあ、一筋縄ではいかない相手よね。でも、王太子の権力振りかざして、無理やり結婚を迫るような人じゃないから、悪い人ではないでしょ?」
「わかってるわよ! ある意味、純粋に好意を持ってるみたいだけど、それを押し付けて、人の話を勝手に解釈するような人、おかしい以外の何物でもないわ!」
「あ、桜子。怒っているところ悪いんだけど、今日から王太子がおまえの学校に通うから、慣れるまで面倒見てやってくれ」
父親がお味噌汁をずずっとすすってから言った。
「は? 学校?」
「なんか、王太子がおまえのそばにいたいからって、ゴリ押ししてきてさぁ。断る理由もないから、手続しておいた」
「お父さん! なんであっちの肩を持つの!? あたしに幸せになってほしくないの!?」
「別に肩を持ってるわけじゃないよ。あっちがおまえを手に入れるために提案してきただけのこと。それでおまえの心が変わって、王太子を好きになるなら、それはそれで幸せなんじゃないか?」
「お父さんの意地悪ー!」
そんなこんなで学校へ来て、王太子の到着を昇降口で待ち、校長室へ案内してやったのだ。
***
(ねえ、この王太子様、どうやったらあきらめてくれるの?)
桜子はクラスの女子たちにチヤホヤされて喜んでいる王太子を眺め、すでに昨日からの精神的な疲れもあって、その渦の中でフラフラとしていた。
そして、ようやく昼休みが訪れたので、せめてご飯くらいはゆっくり食べたいと、桜子は王太子から逃げることにした。
「あ、杏奈さん、ゆかりさん。カフェテリアに行くなら、殿下を案内してもらっていいかしら? わたし、ほらお弁当だから」
桜子は近くの席の二人に自分のお弁当の包みを見せながら頼んだ。
「ご一緒したいのはやまやまだけれど、桜子さんも一緒じゃなくちゃ」
「ねえ」と、二人は戸惑っている。
「ほら、せっかくクラスメートになったのだから、わたしだけでなく、みんなとも仲良くなってもらいたいわ。お互いによく知るいい機会だと思うの。いろいろ日本のことを教えてあげてもらえるとうれしいわ」
「桜子さんがそう言うなら」と、二人はうなずき合う。
「殿下もそれでよろしいですか?」と、杏奈が王太子に確認する。
「ええー、桜子、一緒にご飯を食べようよ」と、王太子はあくまで桜子を誘ってくる。
「だから、わたしはお弁当があるんです。教室で食べます」
「今日は仕方ないね」
王太子があきらめてくれたようなので、桜子は内心ホッと息を吐いた。
「そういうことなら、僕も明日から弁当持参で来よう」
(いや、もう、やめて……)
「カフェテリアの方が温かくておいしいご飯が食べられますよ」
「それでも、桜子と一緒の方がいいからね。僕にも弁当を作ってきてもらえるとうれしいな」
「それは図々しいお願いではないでしょうかねー? そもそも、わたしが作っているわけではないですし」
「そうなの? 日本では恋人に手作り弁当を作ってきたりすると聞くよ」
「それは間違った情報です。ほらほら、お腹空いていますよね。早く行ってらっしゃいませ」
王太子を女子たちにくっつけてようやく追い出すと、桜子は自分のお弁当を持って圭介の席まで行った。
「桜ちゃん、お疲れだねー」
すでに来ていた薫子がお弁当を広げるところだった。
「ものすごい疲れるんだけど。あれ、なんとかならないの?」
桜子はげっそりと脱力しながら、自分のお弁当を開く。
「もともとの原因は妃那さんなんだから、何とかしてあげるのが筋じゃないの?」と、薫子はじっと妃那を見つめる。
「桜子は流れに抗うから疲れるのよ。流れに身を任せたら、楽になれるわ」
妃那は表情を変えることなくそう言って、圭介の目の前にある重箱のお弁当に箸を伸ばした。
「なにそれ!? あたしに王太子と結婚しろって言ってるの!?」
「そうよ。わたしには願ったり叶ったりでしょう? どうして手助けする必要があるの?」
「べ、別にあなたの助けなんて必要としてないわ!」
「ああ、そうだわ」と、妃那は何か思いついたように目を輝かせる。
「こうなると王太子は関係者なのだから、わたしがあなたたちを結婚するように仕向けても問題ないということね。無関係な人を巻き込んだら怒られるけれど」
「妃那ー! 余計なことをしたら、無関係な人を巻き込まなくても、おれは怒るからな!」と、圭介が目を吊り上げる。
妃那はそれをじいっと見て、それからうなずいた。
「わかったわ。圭介がそう言うのなら、わたしは何もしない」
「……本当にわかったのか?」
圭介は疑わし気に確認している。
「ええ、もちろん」と、妃那はうなずいたが、桜子をチラリと見て、一瞬ふっと笑ったように見えた。
(……この人、絶対に何か企んでるよ!)
気を付けないと、あれよあれよという間に自分の意に反する方向に押し流されてしまう。
(あたしは、抗って抗って、泳ぎ切ってやるんだから!)
次話はもやもや彬くんの話です。




