2話 王太子様もお年頃ですか
短いホームルームが終わると、クラスメートたちが王太子を囲み、口々に自己紹介をしている。
特に女子は相手が王太子でなくともお近づきになりたいのだろう。
目が完全にハートになっている。
「みんな、歓迎してくれてありがとう。日本にはずっと来たいと思っていたんだけれど、こんな形で叶うことになって、僕はとてもうれしいです。みんなとも早く仲良くなりたいです」
(なんか、意外といい人そう?)
しかし、どうも王太子の言う『みんな』は女子たちを指していて、男子は蚊帳の外に感じる。
(まあ、王太子もお年頃の男だから?)
女子にチヤホヤされるのがイヤだという男が少ないのは、間違いないだろう。
圭介はそんな輪には加わらず、自分の席で頬杖をついてそんな様子を見ていた。
隣の妃那も紹介の時にチラリと顔を上げただけで、興味なさそうにまたスマホに戻っている。
「おお、こちらのきれいなお嬢さんには、あいさつがまだだったかな」
いつの間にか王太子が近くまで来ていて、妃那の前に立っている。
妃那は手元に影が落ちたせいか、顔を上げたのだが、束の間じいっと王太子を見つめ、それから何も言わずに顔を下げた。
「妃那、あいさつくらいしろよ! 声かけられているのに失礼じゃないか!」
圭介はあわてて言った。
「殿下、こちらはシンセン製薬という日本でも有数の大企業のご令嬢で、神泉妃那さんです」と、一人の女子が気を使って紹介する。
「シンセン製薬。その名前はよく知っているよ。そのご令嬢ですか」
「よろしくお願いします」
圭介があいさつをしろと言ったからなのか、妃那は短くそう言った。
「へえ、こんなに若くて美しいお嬢さんだったとは」
王太子の目がどこか好奇に包まれ、獲物を狙い定めたような視線を妃那に向けている。
「言っておきますけれど、わたしには圭介という決まった人がいるの。そういう不躾な目で見られるのは非常に不愉快だわ。失礼なのはどちらかしら」
「妃那……」
相手が王太子であろうと態度を崩さない妃那を見て、圭介は頭を抱えた。
(一応、クラスメートになったんだから、ちょっとくらい仲良くしよう的な雰囲気を出してくれよ……)
「君の婚約者は『圭介』というの?」
「おれが圭介ですけど、ただのイトコで婚約者ではありませんから。妃那も誤解を生むような言い方するなよ」
「あら、わたしは婚約者だなどと言っていないわ。決まった人、と言っただけ。わたしが決めているだけで、圭介のことは含まれていないでしょう?」
「……いや、まあ、それは確かに」
「へえ。君が圭介」と、王太子の目が遠慮なく圭介を値踏みする。
それから、何も言わずに女子の群れに戻っていった。
(コメントなしかよ!?)
そんなこんなで授業中は静かになるものの、休み時間のたびに王太子フィーバーは繰り返された。
*** ここから桜子視点です ***
桜子はすでに昨日からうんざりしていたというのに、学校に来てもさらにそれは続いていた。
(せっかく圭介と過ごす時間が増えると思ったのにー)
神泉側が妃那との婚約を白紙に戻してくれたおかげで、圭介とは親も公認の恋人同士。
デートも遠慮なくできる。
そんな毎日が始まるはずだったのに、王太子のせいで全部台無し。
女子たちが王太子を囲むせいで、桜子も否応なくその渦に巻き込まれてしまい、圭介のところにちっとも行けない。
さっきも妃那が圭介をまるで婚約者のように紹介するので、桜子は思わずキレて「違うわ!」と叫ぶところだった。
もっともその前に圭介が否定してくれたので、怒りの矛は収まったのだが。
(すべては昨日の夜に終わるはずだったのに……)
***
昨夜、王太子のレセプションパーティに呼ばれ、桜子も出席した。
皇族から政府高官が集まるパーティなど、正直なところ行きたくもなかったが、王太子の求婚をとっとと断るためにも、最初で最後と自分に言い聞かせて出かけて行った。
「桜子!」
王太子は会場で桜子を見つけるなり、駆け寄って来て抱きつこうとした。
もちろん、桜子はその前にひょいっと身をよけたが。
「殿下、お久しぶりです」と、笑顔を貼り付けて言ってやった。
「桜子、この日をずっと待っていたんだよ。僕の想像以上にきれいになった」
「ありがとうございます」
王太子が懐かしそうに見つめてくる中、桜子は最初にこの王太子に会った時のことを思い出していた。
(ああ、そうだ、この顔だわ)
桜子がまだ小学校に入る前、祖父に連れられてラステニア国王の来日パーティに出席したことがあった。
その時、国王に連れられて幼い王太子も来ていた。
桜子が6歳、セレン王太子が9歳の時のことだった。
歳の近い子供同士ということもあり、王太子に真っ先に紹介されたのは桜子だった。
「君、かわいいなー。大きくなったら、僕のハーレムに入れてあげるよ」
それが王太子の最初の言葉だった。
桜子の第一印象は、『なんだ、こいつは』。
場の雰囲気を壊さないように、もちろん顔には出さずに笑顔を保っていたが、もしかしたら白けた視線を送っていたかもしれない。
「お申し出大変うれしいですけど、わたしはわたしだけを大事にしてくれる人じゃないとイヤなので、お断りします」
ニッコリ笑って、そう返してやった。
そして、この話は終わったはずだった――。
次回も桜子の回想が続きます。
レセプションパーティで何が起こったのか?




