15話 父親役は本当の父親へバトンタッチ
【子離れ編】及び第4章、最終話です。
翌日の日曜日、圭介は朝から晩まで家庭教師がみっちりとついていた。
昨日、丸一日遊んでしまったしわ寄せがきたらしい。
妃那との婚約が白紙になって、神泉家としては圭介を育てる必要がなくなったはず。
家での勉強もそのままなくなるのかと思っていたが、何の変化もなく続いている。
もしかしたら、源蔵たちは最後の最後まで圭介のことをあきらめないのかもしれない。
どちらにせよ、圭介としては将来を考えれば必要なことなので、せっかく家庭教師に勉強を教えてもらえるのなら、喜んで受けたいと思う。
そんなこんなで午前中は武術と茶道、午後から夜にかけて部屋にこもって机で勉強。
しかし、妃那の姿は一日中見かけなかった。
いつもならば、なんだかんだで圭介の近くをウロウロしているのだが――。
そんな妃那が部屋にやってきたのは最後の家庭教師が帰った直後だった。
妃那は当たり前のように部屋に入って来てソファに座る。
「おう、どうした? 出かけていたのか?」
「お父様が遊園地に連れていってくれたの」
「え、マジで?」
ダメモトで言ったことだったので、圭介は少なからず驚いた。
「圭介がお父様に何か言ったの? 昨日、お父様はひどく怒っていたのに、今朝になったら一緒に遊園地に行こうだなんて。どう考えてもおかしいでしょう?」
「ああ、ほら、昨日、約束していた遊園地に行けなくなったから、時間があったら誘ってやってくれって言ったんだ。おまえ、行きたそうだったから」
「わたしは圭介と行きたかったのよ」と、妃那はぷうっと頬をふくらませる。
「けど、結局、伯父さんと行ってきたんだろ?」
「お父様がどうしてもと言うから、仕方なくよ」
「楽しくなかったのか?」
妃那は束の間無表情になって固まっていたが、ややあって「そんなことないわ」とつぶやいた。
「でも、なんだかお父様、圭介のマネをしているみたいで気持ちが悪かったわ」
「おれのマネって何? おれ、変なクセとか仕草があるとか?」
「違うわ。わたしの行きたいところはどこでもついてきてくれるし、お腹がいっぱいになると、わたしの分も食べてくれたり、頭をなでてくれたり、疲れたと言うとおんぶしてくれたり。そういうこと」
「……おい。それはおれのマネしてるんじゃなくて、父親が普通にすることだろ。どっちかっていうと、おれが父親のマネしておまえに接してるんだって」
「……そうなの? あれが父親というものなの?」
妃那は困ったように首を傾げた。
(まさか『父親』の定義、こいつの中では『精子提供者』になってるんじゃないか……?)
ありえると、圭介はうなってしまった。
「それで? そういう伯父さんは気に入らなかったのか?」
「そんなことはないわ。初めての遊園地は楽しかったし。
今度はどこに行きたいかと聞いてくるから、水族館と答えたら、今度のお休みに連れていってくれると約束してくれたわ」
「よかったじゃん。伯父さん、忙しそうなのに」
「わたし、お父様が笑っているのを初めて見たわ。あんなふうにやさしくしてくれたのも初めて。
だから、何か魂胆があるのではないかと思ったのだけれど」
(魂胆って……)
妃那は初めてのことに戸惑っているのだと気づいた。
人形であった間、父親との接触は少なかったはずだし、その後は『知る者』として扱われてきた。
突然の父親の変化についていけなくても仕方がない。
「妃那、今日は初めてのことばっかだったかもしれないけど、これから伯父さんと遊びに行ったりする中で、それが本当の表情なのか、やさしさなのか、自分で判断すればいい。
もしも本当だったら、それが父親に愛されてるってことだよ。
それを知るには、おまえも逃げないで、伯父さんと向き合ってみるのが1番の近道じゃないかな」
「今日の圭介はなんだかいつもよりやさしいわ。桜子と寝たから?」
「寝てねえ!」と、圭介は反射的に答えていた。
「あら、そう?」と、妃那は意外そうな顔で首を傾げる。
「このわたしの予想を外すなんて驚くわ」
「お、おれだって……!」
やりたかったに決まってるだろ、と叫びそうになったが、コホンと咳払いして抑えた。
「とにかく、それとは関係ないから。
伯父さんがおまえに歩み寄って、おまえもそれをわずかなりにも受け入れられたわけだろ?
二人が幸せになれる一歩を踏み出してくれたと思うから、うれしいんだよ」
「これはわたしとお父様の間のことで、圭介には関係ないでしょう?」
「そうか? おれはおまえが幸せだって感じてくれれば、おれも幸せだけどな。
兄弟みたいなものだって思ってるから、幸せになってほしいと思ってるよ」
「わたしは圭介がいれば幸せだわ。他に何もいらない」
「おまえはもっと欲張りになってもいいと思う。幸せにしてくれる人が増えれば増えるほど、おまえは今よりもっと幸せになれるんだから。
それはおまえのまだ知らない幸せだから、今はわからないと思うけど」
「圭介の言っていること、難しいわ」
「まあ、いつかわかるかもしれないから、気長にいけばいいさ」
妃那はいまいち納得できないといった顔で黙ったままだった。
「ほら、今日は1日遊んできて、疲れてるんだろ? 明日は学校なんだから早く寝ろ」
「……わかったわ。おやすみなさい」
妃那は素直にうなずいて部屋を出て行った。
(少なくとも伯父さんの方には、おれの言葉が届いたみたいでよかった)
圭介は妃那を見送りながら、思わず笑みがこぼれていた。
妃那が本当の親に甘えられるようになる日も近いのかも、と――。
次話から第5章【王太子が相手でも譲りません。】がスタートです。
桜子が断れば一件落着だったはずでは……?
桜子の正念場になる章が開幕です。
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