17話 毒を食らわば皿まで
気づかない間に第4ラウンドが始まっていて、いつの間にか終了ゴングが鳴ってしまった。
そんな感じだった。
しかも、完敗したのは圭介の方。
「……なるほどって、何を納得してんだよ?」
「これであらかたのことが、はっきりしたから」
「何がわかったんだ? 確認もしないで勝手にいろんなこと決めつけて、あることないこと吹聴して歩かれると困るんだけど」
「じゃあ、全部話してくれる?」
「それは無理」
「別に誰にも話したりしないよ。桜ちゃんの不利益になるようなことじゃない限り、桜ちゃんにも黙っててあげる」
「おまえは知ってどうすんだよ?」
「それは桜ちゃんのため、ひいてはあたし自身の将来のために最善を尽くすには、知りえるだけの情報は手にしておく必要があるのよ」
「なんか、おおげさだな……」
「瀬名さんも困ってるようなら、ついでに力になるけど」
「おれは『ついで』か?」
「そりゃそうでしょ。桜ちゃんの『ただの友達』なんだから。まあ、もしも桜ちゃんが好きって素直に認めてくれれば、選択肢の一人として『ついで』じゃなくて、ちゃんと考慮に入れてあげるけど」
「選択肢の一人って……。普通、そこは応援するとかじゃないのか?」
「だって、あたしはお勧めを用意してあげるけど、最後に選ぶのは桜ちゃんだもん」
『うまい話には裏がある』
貴頼にまんまと乗せられて、痛い目を見たことを考えると、ここで薫子の話にホイホイと乗ってしまっても、結局、後悔することになるような気がする。
(おれ、実は運がないのかも……)
桜子と付き合う付き合わない云々の前に、恋をしている自覚がある今、目下の最優先事項は『退学にならないこと』だ。
それさえ回避できるなら、ここは悪魔にでもすがる。
(毒を食らわば皿までだ!)
「わかった。全部話すけど、本当に誰にも言うなよ。桜子にも。その代り、おれに協力してくれるか?」
「おっけー。あたしが味方なら百人力だから、大船に乗った気で任せてね」
薫子は笑顔でポンと自分の胸を叩いた。
そうして、圭介は貴頼に初めて会ったことに始まって、高校入学のいきさつまで、洗いざらい薫子に話した。
今まで自分一人の中で抱えていた秘密を暴露して、『王様の耳はロバの耳』気分で、ある意味爽快だった。
黙って話を聞いていた薫子は、時々相槌を打っていたくらいで、特に驚いた様子も怒った様子もなく、終始静かな表情だった。
「まあ、大方、あたしが推測していたことと一致したよ」
「おい、すでにこんなことを推測してたってのか?」
圭介からすると、どういう情報網で、どんな頭で考えたら、こんなアホみたいな話を想像できるのか、聞いてみたいところだった。
「もっとも、瀬名さんに後ろ暗いことがあって、脅されてるのかと思ってたんだけど。まさか高校3年間の生活費のためだったとはねえ。さすがに驚いたわ」
「驚いたようには見えなかったけど?」
「どっちかっていうと、呆れた感じ?」
薫子はあははっと無邪気に笑う。
「おまえなあ……」
「とにかく、あんな学校でも3年間通って卒業したいってことだから、桜ちゃんに恋したことがバレたら1番困ると。手っ取り早いところで、あたしと付き合ってることにしておけば大丈夫でしょ」
「は?」
「あたしとしては非常に不本意だけど、協力するって約束した手前、ここは涙をのんでカノジョとしてちゃんとふるまってあげるから、安心して」
本当に安心していいのかどうか悩むほど、『非常に不本意』とか『涙をのんで』など、余計な言葉が入っている。
「桜子にもそういうことにしておくのか?」
「桜ちゃんはウソつかれるのが嫌いだからねー。折を見て、あたしの方からイトコの話を抜きに、本当のことを話しておくよ」
薫子の言葉はどうしてこう突っ込み甲斐があるのだろう。
矛盾しているようでいて、薫子自身では筋が通っているあたり、圭介からすると敵に回したくない相手だ。
「……了解」
「それに、桜ちゃんが瀬名さんのことをどう思っているのか、反応を見ればわかるんじゃない?」
「反応って、ヤキモチ焼くそぶりとか?」
「でも、あんまり期待し過ぎない方がいいよ。あとあと落ち込むから」
「……端的に言うと、期待できないってことだろうが」
「瀬名さん、ネガティブに取り過ぎー」
何が面白いのか、薫子はケタケタと笑う。
「ちなみに薫子、おまえはあいつのこと知ってるのか?」
「もちろん」
「桜子が監視される理由も?」
「瀬名さん、知らないの?」
薫子はかなり驚いたように目を丸くする。
(おい、驚くのはここかよ)
知らない方がおかしいと言わんばかりの薫子の言い方が圭介のシャクに障る。
「知るわけねえだろ。ただ監視しろって言われただけなんだから」と、圭介は憮然と言い放った。
「やだ、ほんとに? 瀬名さん、面白すぎー!」
薫子は腹を抱え、目に涙まで浮かべて笑いこけていた。
「何が面白いんだよ!?」
「ああ、もうおなか痛い。まあ、その話はおいおいに。もう帰らなくちゃ」
よいしょ、と薫子は立ち上がる。
「『おいおいに』って、ここまで話振っておいて、帰んのか!?」
「うん。瀬名さん、思ったよりしぶとくてなかなかボロ出さないから、こんな時間になっちゃったよ。じゃあ、また明日ね」
「おい!」
圭介の呼びかけに、薫子はふと立ち止まって振り返った。
「あ、瀬名さん、ちょっとは期待しても大丈夫だよ。だから、今夜はいい夢見てね」
「何の?」
「桜ちゃんのカレシになる夢。少なくともあたしは選択肢に入れてあげる」
「なんで?」
「んー、そもそも瀬名さんはあたしの第1条件をクリアしてるからね。万が一桜ちゃんが選んでも文句は言わないよー」
薫子はその『第1条件』が何なのか言うことなく、「お邪魔しました」と、ぺこりと頭を下げて出ていってしまった。
(桜子のカレシになる夢……?)
桜子に恋をしたとはいえ、圭介は『友達』として近くにいようと思っていただけなので、この恋が成就することや具体的に桜子と付き合うことは、正直考えていなかった。
本当に付き合うことができたら、手をつないで歩いたり、抱きしめたり、キスをしたり、その先のことも許されるのかもしれない。
(でも、その先は?)
桜子はいずれ時が来たら、家柄に合う相手と結婚するだろう。
圭介自身は学生時代の束の間の恋愛対象にしかなれない。
いつかフラれることを想像すると、桜子との関係にこれ以上のめり込まない方が、あとあと傷つかなくてすむような気がする。
(おれって、こんなに臆病な人間だったのか……?)
今さらながら、『友達』という関係に甘んじていたのは、何も貴頼との契約があったからだけではなく、そんな情けない自分が進んで選んだ道だったのだと思い知った。
次話、圭介と薫子のニセカップルがスタートです!