13話 気を利かせすぎじゃないか?
圭介が桜子に案内されたのは、前にも来たことのあるちゃぶ台のある居間だった。
座布団に座ると、薫子がお茶を運んできてくれる。
「ダーリン、お土産どうもありがとう」と、薫子がニコッと笑う。
「どういたしまして」
「え、お土産って? そういえば、圭介、何か持っていたような気がしたけど……」
桜子は気づいていなかったらしい。
「桜ちゃん、心配しないで。要冷蔵品なので、ちゃーんと冷蔵庫にしまってあります。
今1番人気、『アンジェ』のレアチーズケーキだよー。
この間テレビで一緒に見たでしょ? 実はダーリンの家の近くだから、チェックしてたんだよねー」
「薫子、まさかおねだりしていないでしょうね?」と、桜子が目を吊り上げる。
「頑張ったご褒美にそれくらいいいじゃーん」と、薫子は口をとがらせる。
「何か持って行こうと思ってたから、言ってもらって助かったよ。おれもそんな店が近くにあるの知らなかったし」
「ごめん、気を使わせちゃって。圭介もあんまり甘やかさないでね。そのうち付け上がって手に負えなくなっちゃうよ」
桜子が「ご飯、運んでくるね」と居間を出ていくと、薫子が意味ありげに笑いかけてきた。
「ダーリン、お昼ご飯食べたら、二人っきりにさせてあげるからね。安いお土産だったでしょ?」
口にしていたお茶が変な方に入って、圭介はゲフゲフと咳き込んでしまった。
「そ、そういう気づかいはいらないから! 桜子の顔を見に来ただけで、深い意味はない!」
「ええー、でも、彬くんもいないし、後で『出かけてくれないかなー』なんて目で見られるより、先にいなくなるって言っておいた方がいいかと思って」
「休みに家にお邪魔して、家族を追い出したりしない! ……ていうか、彬も出かけているのか?」
「うん。10時過ぎには出かけて行ったよ」
「どこに行ってるんだ?」
「さあ」と、薫子はかわいらしく小首をかしげる。
時間的にも妃那が出かけたのとあまり差はない。
(いや、まさかなぁ……)
「妃那さんはどうしているの? ダーリンが出かけるのに文句言ったりしないの?」
「ああ、あいつも出かけているから」
「へえ。知り合いとか友達とかいなさそうなのに、お休みに出かけたりするんだねー」
「う、うん……。まあ、でも、一人でも出かける気になってくれたのはよかったよ」
「ダーリンにいつまでもベッタリじゃ困るもんね」
「そうそう。出かけるたびにブーブー突っかかって来られてもなー」
なんだかしらじらしいやり取りをしているような気がするは気のせいか。
そんな話をしている間に、桜子がチャーハンを運んできてくれて、三人でちゃぶ台を囲んだ。
見た目は普通のカレー色のチャーハンだが、その上に半熟の目玉焼きが乗っている。
(おお、初カノの初手料理……)
圭介は思わず感動してしまった。
しかも、「いただきます」と、ひと口食べてみると、ご飯がパラパラとしていて上手にできている。
(やっぱり、おれには贅沢なカノジョだー!)
「うまい」と、顔がほころんでいた。
「ほんと?」と、桜子が顔を上げて圭介を見る。
「辛さも味もちょうどいいし。目玉焼きは藍田家流?」
「大げさだよー。単にあたしが半熟の黄身を付けて食べるのが好きなの。
圭介も黄身を崩して食べてみて」
桜子に言われた通りに食べてみると、カレー味と黄身が混ざり合ってまた違う味になる。
「お、これもうまい」
「でしょ、でしょ?」と、桜子はうれしそうに笑う。
「これからは料理のレパートリーも増やさなくちゃね。圭介においしいって食べてもらいたいし」
「……桜ちゃん、あたしたちもちゃんと『おいしい』って言うのに、ダーリンは特別なの?」と、薫子が不満そうに頬をふくらませる。
「うん、全然特別」
桜子が笑顔でうなずくと、薫子はショックを受けたように目を丸くした。
「桜ちゃんがそんなことを言う日が来るなんて……」
「もう、冗談だってばー。お菓子は作る機会が多いんだけど料理はあんまりないから、もうちょっと練習しなきゃって思ったのー」
この二人とは妃那も含めていつも昼を一緒に食べていたので、桜子の家にいるとはいえ、なんだか学校の延長のようだ。
くだらない話に笑って、とりとめのない話をああでもないこうでもないと続けるだけのことなのだが、それが楽しい高校生活の一部になっていた。
この1週間、今さらながら桜子たちの不在が淋しかったということに気づく。
(まあ、来週からはまた元通りってことだから、過ぎたことか)
「それにしても、お父さんは休みなのに仕事なのか? 昨日遅くに帰ったのに」
「ううん、仕事じゃないよ」と、桜子が答える。
「出張中のお母さんを追いかけて、初便で北海道に行っただけ」
「ていうか、お父さん、あれ、絶対大げさに言ってたよねー。
1週間寝ずに仕事したとか言って、ちゃっかり北海道まで行く元気があるんだから」
「だよねー」と、桜子も同意している。
「……いや、お父さん、本当に寝ずに頑張ったんじゃないのか? それでも、お母さんに逢いたくて疲れた身体にムチ打って行ったのかも……」
「ダーリンは人がいいから、あっさりダマされるんだよ。お父さんのグータラ本性がまったく見抜けてない」
「ええー……」
今朝、源蔵に言われた『藍田音弥』という人間とはまったく異なることを言われ、圭介の中で消化不良を起こしそうだった。
(どうやっても同じ人間にならないんだけど……)
「さ、さ、ご飯も食べたことだし、デザートにしよう。
ダーリンはコーヒー? 紅茶? 何がいい? 入れてきてあげるよ」
「じゃあ、コーヒーで」
「りょうかーい」
「薫子ってほんと、ゲンキンというか……」と、桜子は苦笑している。
「かわいいじゃん」
「圭介、本当にそう思ってる?」
桜子に真顔で聞かれて、圭介は首を傾げた。
「なんで? 普通にかわいいだろ?
ちゃっかりしていて、ちょっと周りを振り回すけど、ちゃんと相手のことを考えて動けるあたりは尊敬に値するし。
懐いてくれたら、悪い気しないよ。しかも、おれ、あいつのおかげでけっこう助かってるし。
おまえは違うのか?」
「ううん、そんなことないよ。あたしも同じように思ってる。
根はすごくいい子なのに、なかなか人には理解されないから、誤解されやすいんだよ」
「変に頭がいいからなぁ。同年代だったら逆に怖がられるかも。何考えているかわからなそうで」
「圭介、大好きよ」
「え? なんでこのタイミング?」
「今、すっごく言いたかったの」
桜子はふんわりとした笑顔を圭介に向けた。
土産のケーキは適当に10個ほど買ってきたのだが、両親は北海道、従業員は休み。
普通なら余るはずだが、いろいろな種類があったせいもあって、薫子がすでに三つを完食。
後は夜に食べるから大丈夫とのことだった。
一緒に出してもらったコーヒーを飲んでいると、「さて」と薫子が立ち上がった。
「ではでは、デザートも堪能させてもらったところで、邪魔者は退散しますねー」
「え、マジで?」
「あとは若いお二人でごゆっくりー」
薫子はウヒヒと変な笑い方をしながら居間を出て行った。
「変な気使わなくても……なあ?」
桜子を見ると、居心地悪そうにそわそわとしていた。
「そ、そうだよね。いきなり二人にさせられても、困っちゃうよね」
少しして薫子が外に出いていく気配がして、本当に二人きりになってしまった。
(どうしよう……。おれ、なんも考えてなかったけど、いきなりこういう状況はアリなのか!? ていうか、いいのか!?)
さて、二人きりになって何をする?
次話に続きます。




