9話 桜子の手料理の前に……
圭介視点です。
音弥の訪れによって興奮して眠れないと思っていた圭介だったが、いつの間にかぐっすりと眠っていて、久しぶりに朝寝坊となった。
いつもなら雪乃が起こしに来るところなのだが、今日はゆっくり寝かせてくれたらしい。
おかげで朝食の時間がとっくに過ぎている。
腹が減っているわけではないので、わざわざは用意してもらう必要もない。
(そういえば、今日、遊園地に行くはずだったんじゃ……?)
行くのを楽しみにしていた妃那のことだから、たたき起こしに来てもいいところだ。
圭介はどうしたのかと思いながら、顔を洗って着替えをしてから妃那の部屋を訪ねてみた。
部屋の中にいたのはメイドの和代だけで、掃除をしている。
「あれ? 妃那は?」
「朝食の後、大旦那様に呼ばれてお話しているみたいですけれど」
「そう」
昨夜、音弥が妃那のことを源蔵たちに話して、お仕置きをしてもらうと言っていた。
どうやら、圭介が寝ている間に始まっていたのかもしれない。
(遊園地は中止か?)
自分の部屋に戻るとスマホが鳴っていた。
桜子からだ。
『おはよう、圭介』
桜子の声がいつになく明るい。
昨夜、彼女も音弥から話を聞いたに違いない。
「おはよ。なんか、もろもろ片付いたって?」
『知ってるの?』
「ああ。昨日、お父さんが来てそんなようなことを言ってくれた」
『え、圭介、お父さんに会ったの!? お父さん、そんなことひと言も言ってなかったよー!』
「うちに来たついでにあいさつに寄ってくれたんだ」
『お父さん、ずるーい。あたしだって、圭介に早く会いたかったのに、自分だけ抜け駆けして』
「まあ、半分は仕事の話みたいだったし。それより、来週は学校に来られそうなのか?」
『うん、行くつもり。だいぶ記者も減ってきたし、騒ぎも落ち着いてきたから、そろそろ大丈夫かなって』
「よかった。けど、あれだけ顔とかメディアに出まくって、普通に登校なんてできるのか?」
『電車は無理だから、ほとぼりが冷めるまでは車で送ってもらうかも。
いい迷惑だよね。妃那さんがからんでたって聞いた?』
「そうみだいだな。詳しいことは聞いてないんだけど」
『あの人のせいでこんなことになったかと思うと腹も立つけど、結果よければすべてよしよね』
「婚約も回避できたし、おれも安心した」
『圭介の方もあたしと付き合っていること、もうおじい様に内緒にしなくてもいいんでしょ?』
「何それ? おれ、聞いてないけど」
『そうなの? 圭介の気持ちを無視して妃那さんとの結婚話を進めないように、お父さんがおじい様たちに言ってくれたんだって』
「それで、うちのジイさんたち、納得してくれたのか?」
『お父さんの口ぶりだとそうみたい。これであたしたち、誰にも気にせず付き合えるんだよ。
そう思ったら、うれしくて昨夜はあんまり眠れなかったー』
桜子はどんなキラキラした顔で話しているのだろうと思うと、顔を見たくて仕方なくなる。
「すぐにでも会いたいな」
『あたしも会いたいよ』
「外に出てこられないのか?」
『圭介と歩いていたら目立つから、圭介にも迷惑かかるよ』
「おれは別に気にしないけど……」
『あ、それなら、うちにおいでよ。裏口からコソっと入れるし』
「休みで邪魔になるんじゃないか?」
『気にすることないって。お父さんもお母さんも出かけているから、子供しかいないし』
「それなら、お邪魔させてもらおうかな。これから行ってもいいのか?」
『うん。何時でもいいよ』
「じゃあ、これから支度して、昼前には着くと思うけど」
『そういうことなら、お昼ご飯用意して待ってる』
「マジで?」
『あ、でも、あんまり期待しないでね。簡単なものくらいしかできないから』
「おまえの手料理なら何でも食いたい」
『そんな風に言われたら、頑張っちゃうよー』
桜子はふふふっと笑って、『じゃあ、あとでね』と電話を切った。
(桜子の手料理かあ……)
前回行った時に食べたケーキもおいしかったので、かなり期待してしまう。
圭介がムフフとひとり笑いながら出かける準備をしていると、ドアがノックされた。
「どうぞ」と声をかけると、執事の藤原が顔をのぞかせた。
「圭介様、大旦那様がお呼びです」
「え、ジイさんが?」
(まさか、おれにも何かとばっちりがあるのか……?)
妃那が呼ばれてお仕置きされた直後の呼び出し。
はっきりいって、いい話だとは思えない。
(あ、でも、さっき桜子が言ってた、妃那との婚約が白紙になるみたいな話かも?)
だったらいいなと思いながら、藤原の後に続いて部屋を出た。
次話、源蔵の話とは?




