4話 ゲーム盤上の戦い
適当にはぐらかしたところで、薫子が簡単に引くわけもないので、彬はため息をついて口を開いた。
(まあ、関係がバレちゃった今、隠すことでもないし)
「別に詳しく聞いたわけじゃないよ。なんとなく話の流れで口をすべらせたって感じがしたんだよ」
「なんて?」
「『二人を別れさせるのは苦労する』って取ってつけたように言ってた。少なくとも別れさせるように何かをしているってことじゃない?」
「それ、いつの話?」
「都大会の日だから、10日くらい前かな」
「へえ。試合の後ちっとも帰って来なかったのは、やっぱり神泉妃那とお楽しみだったんだー」
「やっぱりって、その時から知ってたの?」
「知らないよ。ただあの人の名前聞いてむせてたから、何かあるって普通は勘づくよ」
「それは普通じゃない」
「それはさておき、10日前には動き出してたのは間違いなさそうだね……」
薫子はそんなことをつぶやくと、考え事をしているのか固まってしまった。
こういう時は瞬きもしない。
(やっぱり、あの人とも似てるんだよなあ)
「薫子、何か調べてるのか? そういえば、朝から部屋にこもってたみたいだけど」
「それはもちろん。集められる情報は集めておかないと。何が切り札になるかわからないし」
「おまえがわざわざ動く必要はないんじゃない? 父さんに任せておけばいいじゃん。いい部下だっていっぱいいるわけだし」
「別にお父さんを信じていないわけじゃないけど、万が一桜ちゃんがお嫁に行くようなことになったら、自分が何もしなかったことに後悔するもん。
やれることやって、それでもダメなら次の策を練るけど、今はできる限り阻止することに専念する。
彬くんは平気なの? 桜ちゃんが遠くに行っちゃってもいいの?」
聞かれて、どうなんだろうと思った。
遠くに行ってしまったら、いっそのこと忘れられるのかもしれない。
(そんなわけないよな……)
桜子がいずれ誰かと結婚するとわかっていながら、あきらめることはできなかった。
そんなに簡単に想いを断ち切れるくらいなら、とっくに他の女性を好きになっている。
「だからって、僕にできることなんてないし」
「彬くんの魅力でも神泉妃那は落ちないの?」
「普通に無理。あの人が好きなのは最初から圭介さんで、僕は性欲発散の道具。
それに、おまえが僕とあの人をくっつけようとしてたことくらい、とっくにお見通しだよ」
「お見通しでも関係持ったなら、気持ちが変わることもあるんじゃないかと思ったんだけど。情が移るっていうじゃない」
「それはない」
「あ、そう。ちなみに彬くんは? 好意持っちゃったりしないの?」
「僕も変わんないよ。都合よく性欲発散できて便利だから会ってるだけだし」
「ねえねえ、そこは好きってことにして、押して押して押しまくったら、あの人も心変わりしたりしない?」
「薫子、相手が誰かわかってる? そんなウソ、すぐに見破られて終わりだよ」
「そうだよねー」と、薫子はがっくりと頭を落とす。
「敵にするには相手が悪いよ」
「じゃあ、じゃあ、今度はいつ会うつもり?」
「早くて今週末じゃないかな。その……できない日になりそうだから、しばらくは会えないって昨日言ってた」
「ずいぶんタイミングがいいことで」と、薫子はフンと鼻を鳴らす。
「どこが?」
「そのしばらく会えない間、桜ちゃんは学校にも行けないから、あの人はダーリンを独り占め。
放課後もダーリンと一緒に帰るから、彬くんと遊びに行ったりしないでしょ。
だから、生理が来る直前にクーデター」
「いくら何でも勘繰りすぎだよ。
何でもかんでもあの人に結び付けたって、徒労に終わるんじゃないか?
まさか、クーデター起こしたのがあの人だとでも言いたいの?」
バカバカしいと彬は笑ったが、薫子は真面目な顔でうなずいた。
「まさか」
「これでもあたし、世界中に知り合いがいるんだよ? 確かな筋からの情報も入ってくるの」
「確かな筋って……」
「クーデターが起きる前、議会派に変な流れでお金が入ってきたの。
いろいろなところを経由していたけど、たどっていったらシンセン製薬にたどり着いた。
議会派はそのお金のおかげで武器やらなんやらを集めて、クーデターの準備ができたというわけ。
一触即発の対立に火種をまいたのは間違いなく神泉妃那だよ」
「そんなことできるの……? だって、戦争を起こしたんだよ?」
「そうだよ。たかがダーリンから桜ちゃんを引き離すために、だよ。
ターゲットにラステニアを選んだのは、政治情勢が悪化しているのと、うちと姻戚関係があったから。
そういう状況と人の動きを綿密に計算に入れて、成功率の高い計画を実行したんだと思う」
「それが『知る者』の力なの?」
「きっとあの人にとっては国も人間もゲーム盤上の駒のようなものなんじゃない?」
「そういうおまえも、よくそんなこと調べられたよね」と、思わず感心してしまった。
(いくら知り合いがたくさんいたって、そんなあやしいお金の流れなんて、調べてわかるようなものじゃないと思うんだけど……)
珍しく褒めてやったというのに、薫子は彬の言葉など耳に入っていないようだった。
「調べて知ったんじゃ、後手後手にしかならない。先回りするだけの力があたしにはないから悔しいよ。
あっちはきっとこれが失敗した場合の次の手も奥の手も用意してるはずだよ。
そういう計画を全部つぶして、桜ちゃんを守らなくちゃ……!」
なんだか急に体が冷え冷えとしてくる。
感じているものは恐怖なのだと気づいた。
目の前の妹に対して、神泉妃那に対して。
常人では計り知れないことをしでかす。
(本当に父さんに任せて何とかなる問題なの……?)
彬がごくんと息を飲むと、それに気づいたのか、薫子がニカッと笑った。
「だからね、彬くんにも協力してもらいたいんだー。
今度あの人に会った時に、さりげなーく情報を聞き出してもらえないかなと」
「あの人相手に、僕にそんな芸当は無理だよ」
「そう? ベッドの中では口も軽くなるっていうじゃない」
「それは好きな男が相手の場合だけじゃないの?」
「ええー、そうなの? 気持ちよくなったところで、リラックスした気分になれば口もすべると思ったんだけど。実際、すべらせたんでしょ?」
「……そうかもしれないけど。あれは偶然だったからで、意図してひっかけようとしたらバレるよ」
「じゃあ、期待してないけど、桜ちゃんのためだと思って、ダメモトで頑張ってみてよ」
じゃあねー、と薫子は部屋を出て行った。
結局のところ、薫子の用事は神泉妃那のスパイをしろということだったらしい。
(ていうか、それだけのことに話が長いよ!)
彬はげっそりと疲れてごろりと寝転がった。
次話は1週間後になります。
情勢が気になる圭介の話です。




