1話 寝耳に水な大ニュース
第4章Part3【子離れ編】スタート!
圭介視点です。
神泉家の朝の食卓はひと通りの家族の顔がそろう。
相変わらずたいした会話もなく、シーンとしているが。
時折、源蔵と智之の間で仕事の話が交わされるくらいだ。
圭介も母親と気軽に話せる雰囲気ではないので、食事に専念している。
――が、今日に限って、源蔵は妙に機嫌がいいらしい。
もともと口ひげと顎ひげのせいで表情が読みづらい老人なのだが、それでもわかるくらいの上機嫌。
というのも、圭介に話しかけてきたのだ。
「圭介、わしの言った通りだっただろう」
「え、何の話ですか?」
「藍田の娘はやめろと言ったことを忘れたか?」
「覚えてますけど……」
「どうせこんなことだと思っておった。早々にあきらめてよかったな。
これで妃那と心置きなく婚約にのぞめるだろう」
(……実は全然あきらめてなくて、付き合っているんですけど?)
妃那が黙っていてくれるおかげで、源蔵は圭介と桜子の関係を疑っていない。
「あの、話がよくわかっていないんですけど。何かあったんですか?」
「なんだ、今朝の新聞を読んでいないのか?」
「そういう習慣がなくて……」
源蔵の命令で、メイドが新聞を取りに出て行った。
「藍田の娘、婚約するそうじゃないか。相手は一国の王太子。あのやり手の若社長らしい」
「……ちょっと待ってください。婚約って? 王太子って?」
メイドに差し出された新聞を受け取ると、その一面にデカデカと載せられた2枚の写真が目に入ってくる。
1枚は桜子。
以前、映画の試写会に行った時の赤いドレスを着ている。
どうやら、その時の写真らしい。
その隣にもう一枚。
民族衣装のような白い詰め襟の服を着た金髪に紫色の瞳をした青年。
整った顔をしているところを見ると、外国のモデルかと思う。
(これが新聞? 週刊誌のゴシップ記事じゃないのか?)
見出しは『藍田グループ、ラステニア王国と取引開始か』となっている。
(ラステニア?)
聞いたことのない国の名前に圭介は首を傾げながらも、朝食そっちのけで新聞を読みふけった。
ラステニアは東欧に位置する王国で、領土は小さいながらもダイヤモンドや金などの天然鉱物資源によって豊かな財源を確保している。
しかし、一部の支配階級が富を独占しているため、貧富の差が激しく、近年では伝統を守る王政派と民主主義を推す議会派の間で対立が起こり、政治的に不安定な状態にあった。
そして昨日、議会派がクーデターを起こし、ついに内戦状態に入ったのだ。
対抗する王政派は兵器や資金調達のために、世界中の大企業に貿易という形で協力を呼びかけた。
特に最近は金の価格が高騰しているので、ラステニア産の金はどこの企業も確保したいところ。
候補として挙げられた企業は、どこも取引に前向きになっている。
日本の企業で声がかかったのは、藍田グループだった。
桜子の曽祖父がラステニア王室の出身ということで、藍田家とはもともと姻戚関係にあるのが1番の理由。
今回の貿易先の候補に藍田グループが挙がったのは、再び姻戚関係を結びたいというラステニア王室側の強い意思が反映されているという。
要は、第一王子である王太子が桜子との結婚を条件に、取引を持ちかけてきたということだ。
二人は幼い頃からの知り合いで、昔からぜひ妃にと望まれていたらしい。
一方、総帥である藍田音弥は軍事に加担するのはグループの方針に反すると、この取引には難色を示しているらしい。
見出しが『か』で終わっているのは、まだすべては決まっていないということで、どの内容も憶測の域を出ていなかった。
しかし、全国紙の一面に出されるということは、かなりの信憑性があり、事実に限りなく近いのは確かだ。
(ちょっと待てよ……)
圭介は冷や汗が噴き出すのを感じながら新聞を置くと、席を立って食堂を飛び出した。
そのまま自分の部屋に駆け込んでスマホを取り上げると、桜子に電話をかける。
『あ、圭介? おはよう。もう起きてた? 驚かせないように電話しようと思ってたんだけど――』
桜子の慌てたような声に、圭介の全身にも焦りが走る。
「もうびっくりしてるよ! なんなんだよ、今朝の一面記事は! 寝耳に水ってこういうことだろ!?」
『圭介、落ち着いて聞いてね。ていうか、あたしも昨日の今日でいろいろなことが起こって、落ち着いているわけじゃないんだけど』
貿易がどうとか、内戦がどうとか、この際どうでもいい。
圭介が真っ先に聞きたいことは一つだ。
「桜子、王太子と婚約するのか?」
『するわけないよ』とひと言返ってくることを期待していたのに、桜子の返事は『ごめん、まだわかんない』だった。
注)ラステニアは架空の国です。
次話、この場面が続きます。




