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【本編完結】監視対象のお嬢様にうっかり恋をしたら、高嶺の花すぎた――けど、あきらめたくないので、テッペン目指そうと思います。  作者: 糀野アオ@『落ち毒』発売中
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14話 消すことのできない記憶

圭介視点です。

 夜10時。

 ようやく最後の家庭教師が帰って、圭介はげっそりとため息をついた。


 せっかくの1日の楽しいデートも記憶の彼方に飛んでいきそうなほど、この2時間でいろいろな知識を詰め込まれてしまった。

 明日も勉強と護身術が、朝から晩までみっちりとスケジュールされている。


 早々にシャワーを浴びて寝ようとしたところ、ドアがノックされて中断せざるを得なかった。


「はい」


 返事を待ってからドアを開けるのは、執事の藤原くらいのものだ。

 母親も雪乃もノックはするが、返事をする前に勝手に開ける。

 妃那などノックどころかカギすら勝手に開けて、気づけばいつの間にか部屋に入っていることもある。


 だから、ドアが開いてそこに妃那の姿を見つけた時は普通に驚いた。


「どうしたんだ?」


「今夜、一緒に寝てもいい? 一人で眠れそうもないの」


「いや、それは……」


「変なことをしたりしないと約束する。添い寝してほしいだけなの」


 妃那が妙にしおらしい。

 いつもと明らかに様子が違った。


 圭介が帰ってきた時、妃那は出かけていて、まだ帰ってきてなかった。

 何か用事があるとは言っていたが、その内容は聞いていない。


 昨夜はいつもと変わりなかったことを思うと、出かけた先で何かあったのだと想像できる。


「添い寝はともかく、何かあったのなら話くらいは聞くぞ」


「話をしてどうこうできることなのかしら……」


 圭介がソファに座ると、妃那もそろそろと部屋に入ってきて圭介の隣に座った。

 そのままぽすっと圭介の肩に頭を預けてくる。


(……単に甘えたいのか?)


「今日、出かけていたんだろ? どこに行ってたんだ? しかも、独りで。珍しいじゃないか」


「独りではないわ。人に会ってきたの」


「それもまた珍しいな」


「ねえ、圭介。わたしはもうお兄様のことは忘れようと思ったの。

 向けてもらった笑顔も大切に扱ってくれたことも、本当は愛されていなかったことも。

 全部忘れたら、全部何もなかったことになると思ったの。楽になれると思ったの」


 人形であることをやめてから、妃那はずっと葵のことには触れなかった。

 それが今になって話をするということは、会いに行ったのは葵なのだろうかと思った。

 一人で動けるようになって、墓参りにでも行ってきたのか。


「それで?」と、圭介は先を促した。


「身体に刻み込まれた記憶というのは、簡単には消せないものなのね。お兄様の唇の感触も手の感触も忘れられないの。忘れようとしても、身体がそれを求めるの。

 まるでお兄様が自分のことを忘れさせないと言っているかのように」


「葵を思い出して、つらいのか?」


 妃那はコクリとうなずいた。


「今のわたしが思い出すと、嫌なことばかりになってしまう。

 お兄様がいた頃は何も考えずに幸せだと思っていたことすべてが、全部まがい物だと気づいてしまったから。だから、全部忘れたかったの」


「すべてがまがい物だったのかもしれないけど、その頃おまえが幸せだって感じた思いはまがい物じゃなかったと思うぞ。

 その時、おまえのできる範囲のことで幸せになろうとしていた。で、実際にそれを幸せに感じたわけなんだから」


 妃那は黙ったまま圭介の顔をじいっと見つめているので、先を続けた。


「誰だって過去を振り返って『ああすればよかった』、『こうすればよかった』って思うことはあるよ。

 でも、過去に戻ってやり直すことはできないし、消したくても過去は自分の生きてきた証でもあるから、消すことはできない。それを後悔っていうんじゃないか?

 後悔は忘れて済むことじゃないから、2度と同じことを繰り返さないように気を付けながら、前に進むしかないと思う」


「お兄様を忘れることはできないの?」


「人間は機械じゃないんだから、完全に記憶を消去できないよ。忘れようと努力することはできるけど。

 それでも時々思い出して、つらくなったりしても、また日常生活になって他のことに夢中になったりしているうちにいつのまにか忘れてたり。そんな繰り返しじゃないのかな」


「わたしが今日、お兄様のことを思い出してしまったのは、普通のことなの?」


「おれはそう思うけど。だいたい葵が死んで、まだ1年も経ってないんだぞ。特に葵と過ごす時間の多かったおまえが思い出すのは当然だろ。

 今はつらいかもしれないけど、いつか楽に葵のことを思いだせる時が来るかもしれないよ」


「少し気持ちが楽になったような気がするわ」と、妃那はほんのり口元に笑みを浮かべた。


「じゃあ、独りでも寝られるだろ?」


「添い寝はしてくれないの?」


「桜子に対して後ろめたい思いをするようなことはしたくない」


 妃那は不満そうに口を尖らせたが、「おやすみなさい」と言って部屋を出て行った。


(……なんか、あまりに従順すぎて、かえって怖いんだけど)


 圭介は首を傾げながらシャワー室に向かった。

圭介には詳しい事情は分かってませんが、アドバイスの方向は間違っていないということで……。

次話は、再び彬側の話になります。

妃那のせいで余計な悩みが増えてしまったような、そうでもないような?

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