11話 やってしまいました……
少し刺激強めです。
R18には引っかからないとは思いますが……。
彬はそのまま踵を返そうとしたが、妃那の言葉に思わず足を止めることになってしまった。
「彬の好きな人とは桜子でしょう? 一生妄想の中で桜子を抱いて、自分の手で慰め続けるの?」
なんだか耳に届く言葉が信じられなかった。
とてもではないが、こんな美少女のきれいな口から恥じらいもなく出てくる言葉とは思えない。
質問されても、まともに返していいのかどうかもわからない。
「……先のことはわからないけど、今のところはそれでもいいじゃないか」
「わたしはよくないわ。今日、桜子と圭介は1日デートでしょう。
文化祭に行った帰り、今頃二人もどこかのホテルに寄ってきてもおかしくないわ。
彬は気にならないの? 圭介がどんなふうに桜子にキスして、身体に触れて――」
「やめろよ!」
彬はそれ以上聞きたくなくて、自分でも驚くほど大きな声を出していた。
小さい頃は桜子に抱きしめられて頬ずりされるとただうれしかった。
いつも甘くやさしい香りがして、幸せな気分になれた。
その感覚がガラッと変わったのは、思春期を迎えた頃。
理性では押さえつけられない欲望が自分の中に芽生えたことに気づいた。
桜子がどれほどやさしかろうが、弟である彬を受け入れることはない。
それがわかっているからこそ、妄想の中では嫌がる桜子を何度も無理やり犯し続けた。
その後に残る自己嫌悪を何度味わっても、止めることができなかった。
桜子が圭介と付き合うようになっても、二人の関係性について深く考えようとはしなかった。
考えたら、嫉妬で狂ってしまうと思ったから――。
妃那の言葉でそのタガがゆるんでしまう。
恋した相手なら桜子はキスされて、どんな表情をするのだろう。
どんなふうに歓びを表すのだろう。
どんな甘い声で鳴くのだろう。
彬にはどうしても手の届かないものを、圭介はやすやすと手に入れる。
理性では圭介を桜子の相手として認めている。
しかし、本能では殺したいほど憎くて仕方がない。
その憎しみを貴頼に向けたところで、奥底に眠るこの残忍な感情は簡単には消えてくれない。
不意に目に触れる冷たい手に気づいた。
いつの間にかすぐそばに立っていた妃那が、手を伸ばして彬の両目を隠している。
胸の底から湧き上がる混とんとした感情に翻弄され、その手を振り払うこともできない。
彬はただ立ち尽くしていた。
「彬、こうして目を閉じて、わたしを桜子だと思って抱けばいいわ。
あなたが望むなら、わたしは声も出さない。その代り、わたしもあなたを圭介だと思って抱かれる。
お互いに都合がいいでしょう? だから、あなたを誘ったのよ」
ふわりと風に乗って甘い香りが鼻をくすぐった。
やさしく穏やかな気持ちになれる桜子の香りとは違う。
すでにめちゃくちゃになっている思考回路をさらに狂わせる刺激的な芳香だった。
目を閉じた闇の向こうで唇がふさがれたのが分かる。
甘くやわらかで、しっとりと濡れた感触が伝わってくる。
それも束の間、弛緩した唇からぬるりとした舌が滑り込んできた。
目に当てられていた手はやさしく頬を伝い、耳をなで、首筋を這う。
そんなすべての心地よさは、これ以上ないほど身体を熱くさせた。
込み上げる衝動にはもう抗えない。
彬は目を開いて妃那の身体を離すと、その腕をつかんでホテルのエントランスに向かっていた。
――その1時間後、彬はベッドの上で頭を抱えていた。
性欲を発散した今、興奮も収まって、ようやく周りが見えてくる。
初めて足を踏み入れたホテルは、思いのほか古びた様相で、変に赤い照明が卑猥さを醸し出している。
ベッドの隣には頬をほんのりと赤く染めて、うっとりとしたように目を閉じている裸の少女。
(やってしまったー……)
童貞卒業おめでとう、などという気分にはなれない。
『どうしよう?』という言葉が、頭の中をグルグルと回るだけで、他に何も考えられない。
自分はもっと理性的な人間だと思っていた。
桜子への想いも決して表に出すことなく、今までいい弟を演じてきた。
なのに、妃那の言葉に触発されて、好きでもない女と関係を持ってしまった。
(僕、何やってるんだ……?)
「大丈夫?」
妃那の声に我に返ると、彼女も身体を起こして彬の顔を覗き込んでいた。
「僕は大丈夫……だけど。君の方こそ、大丈夫? 痛いところとかない?」
妃那は抱いている最中、まるで人形のように無抵抗だった。
彬が「声を出していい」と言うまで、声すら出さなかった。
そんな相手なのに、やさしくするどころか、彬の方が力加減ができなかった。
妄想の中で桜子を犯すうちに、いつの間にか力づくで女を組みしき、乱暴に触れることでしか、興奮できなくなってしまったのだろうか。
そんなことを思うと、自己嫌悪で気分が悪くなってくる。
「気にすることないわ。わたし、粗雑に扱われる方が好みなの」
興奮したように潤んだ瞳で見つめてくる妃那の言葉は、まんざらウソにも慰めにも聞こえなかった。
「なら、よかったけど……」
静かな会話を交わすうちに、目の前の少女がやはり奇妙なものにしか見えなくなってくる。
(結局、この人は何が目的だったんだ?)
神泉家の『知る者』――。
常人には測りかねない頭の回転と知識を持つ。
この行為に何か意味があったとしても、彬には到底思いつきそうになかった。
次話もこの場面が続きます。
妃那の目的は結局何だったのか?




