9話 今日だけは普通の高校生カップルみたいに
「なんでまた執事喫茶? 家に本物がいるだろ?」
まさかイケメンでも観に行くのかと思ったのだが、桜子の目当ては全然違っていた。
「抹茶味のタピオカミルク出してるんだって。パンフレット見た時から、飲んでみたかったんだー」
「あ、そういうことな……」
抹茶味に目がない桜子らしい理由だった。
そんなことを話しながら店内に入ると、赤いギンガムチェックのテーブルクロスで統一された店内は明るく、お化け屋敷の暗い中から出てきたばっかりの目にはまぶしかった。
窓際の席に案内されて、メニューを見る。
「あたしは抹茶ミルクで。圭介は何にする?」
何にしようかと悩んでいると、不意に声をかけられた。
「おう、瀬名。来てたのか?」
顔を上げると中学の時の同級生、八木がタキシード姿で立っていた。
七三分けの頭はジェルでテラテラと光り、チョビ髭までつけている。
圭介のよく知っている八木の姿からは想像できず、ぶっと吹いてしまった。
「なに、おまえ、執事やってんの? 超似合ってねえ!」
「うるせー! 仕方ないだろ。うちのクラス、イケメンいないのに執事喫茶なんかやることになってさー。もう笑い取るしかねえんだよ!」
「いや、すごいすごい。笑い取れてる。てか、執事やんないの? おれ、客なんだけど」
「やーだね。その前に誰、この超絶美少女は?」
「ああ、おれのカノジョで桜子。桜子、こいつがさっき話していた八木」
「初めまして」と、桜子が笑顔を向ける。
「カノジョって……あのカノジョ? マジで?」と、八木の方は呆けた顔だ。
「て、言ってるけど」
「青蘭なのか?」
「そうだけど」
「おまえ、結局抜け駆けしてるじゃねえか! 貧乏人はお嬢様になんて相手にされないとか言って、ちゃっかりカノジョとかありえねえ! てか、ここまで美人はサギだろ!?」
「サギって」
こういう反応をみたかったんだと、圭介は内心ほくそ笑んでしまう。
(なにせ、自慢したくなるカノジョなんだもんなー)
「ちょっと前までおれら、『モテない君同盟』を組んでいたよな? 淋しい青春はサッカーで費やそうって約束していたよな?」
「モテない君同盟って……」と、桜子はぷぷぷっと笑っている。
「こいつが勝手に言ってるだけだからな。そんなものは存在しないぞ」
「それが高校デビュー? ありえねえ。何をどうしたら、こんなカノジョができるんだ? カノジョさん、こいつにダマされてません? 早まったことしない方がいいですよ」
八木が真顔で桜子に訴えかける。
「おーい、失礼なこと言うなよ」という圭介の言葉は、聞こえていないらしい。
「箱入りお嬢様は男の免疫がないから、口説けばイチコロ。既成事実作って逆玉乗って、将来は社長の座を狙ってるような男なんですよ?」
「それを言ったのはおまえだろーが! おれはそんなうまい話はないって言った!」
八木と言い争っている間、桜子はうつむいて肩を震わせていたが、やがてはじけたように笑い出した。
「ご、ごめん。圭介の友達って、想像していた人とあまりに違っていたから……」
「どんな奴を想像していたんだ?」
「もっと寡黙で真面目そうな人、かな」
桜子が笑い涙を指ですくいながら言うと、八木が勝ち誇ったように胸を張った。
「ほらやっぱり、おまえ、カノジョの前で猫かぶってるんだろ? おまえのこと、誤解してるじゃないか」
「猫かぶってねえ。大人になったっていうんだ」
「ちょっと前までバカやってた奴が大人とか言うか? 笑っちゃうぜ」
「ああ、八木君、誤解しないでね。圭介、青蘭では仲のいい男友達っていないから、普段から男の子と話したりするイメージがなかったんだ。
だから、ちょっと安心しちゃった。圭介も楽しそうに男の子とバカ話したりするんだなーって」
桜子が朗らかに言うと、八木はグスンと泣くフリをした。
「美人のお嬢様の上に性格までいいって、ズルいじゃないか」
「神様に感謝だなー」
「うらやましい奴め」と、八木は言葉通り恨めしそうな目で見つめてくる。
「おっと、そういや聞いてなかったけど、注文は何にする?」
「そうだ。あたし、のど乾いてたんだった……。抹茶ミルクタピオカで」
「おれはミルクティで」
「了解しましたー! 超特急で!」と、八木は去っていった。
「執事はどこへ行ったんやら……」
圭介はあきれたため息が出た。
「でも、楽しそうでいいね。部活やったり、文化祭を催したり。
この高校に来ていたら、普通に楽しい学生生活を送っていたんだなあって、今さらながら思うよ」
桜子は頬杖をついて、うらやましそうに目を細めた。
「それはおれも同じだよ」
「ここにいると、いろんな問題があることも忘れちゃいそう」
「いいんじゃないか? 忘れていられるならそれで。考えなくちゃいけない時に考えればいいことだし」
「じゃあ、今日は普通の高校生カップルということで、家のこととか将来のこととか、全部忘れて今を楽しもう」
「なに、バカやりたいのか?」
「もう! 圭介、今日は生き生きしすぎー!」と、桜子は再び笑い出す。
「もしかして、幻滅した? けっこうバカなことやってたって、知らなかっただろ?」
「そんなことないよ。圭介の普通の顔が見られてうれしい。ちゃんと年相応の男の子だったんだってわかって、よかった」
「そうなのか?」
「ほんとはね、ちょっと心配してたんだ。
圭介、うちの家のことがあるせいか、なんだかんだで頑張ってるじゃない? ちょっと背伸びして、時々立派過ぎることを言ったりするし。だから、無理して疲れたりしないのかなって」
「うーん、おれ、基本的に情けない奴だから、無理しないとネガティブになってすぐに落ち込んだりするからな。それくらいでちょうどいいんだ」
「そうなの? 情けないなんて思ったことないけど」
「実はそうなんだよ」と、圭介は笑った。
「まあ、でも、おまえと付き合うようになって、将来の方向性も決まって、今はずいぶん前向きになってるから、無理しても疲れることはないな」
「ほんと?」
「ほんと」
「なら、よかった」と、桜子がほっとしたように微笑むのを見て、圭介も自然に笑っていた。
(まだまだ『大丈夫』って、胸張れる自信まではないけど。これからだよな?)
夏休み中の同窓会に出てきた八木君、再登場となりました。(第2章-2 8話)
次話、圭介たちが文化祭デートで楽しんでいる間、妃那は何をしているのか?




