7話 期待とはかけ離れてるよな
土曜日、都立西ノ宮高校の文化祭――。
圭介は朝からウキウキと出かける支度をしていた。
予定通りというべきなのかわからないが、一緒に来るはずだった薫子は急用で来られなくなった。
というわけで、2度目のデート。
しかも今度は丸一日、桜子と一緒にいられる。
用事があると言っていた妃那は、朝食の席にも顔を見せず、圭介が出かける時間になっても部屋にこもったままだった。
もしかしたら源蔵に報告したかもしれないとヒヤヒヤしていたが、今日まで特に何の話もなかったところを見ると、妃那は約束通り黙っていたらしい。
おかげで玄関では藤原に「いってらっしゃいませ」と学校に行くのと変わりなく見送られた。
とはいえ、8時には家庭教師が来るので、その時間までには帰ってくるように厳重に言われたが。
やらなくてはならない勉強が山積みの圭介に、1日遊び回ることは現状許されないらしい。
待ち合わせは新宿駅東口の地下を出たところ。
時間より早めに着いたはずなのに、桜子はすでに階段の上で待っていた。
クリーム色のレース地のミニのワンピース姿で、ふわふわの長い髪をわずかに風になびかせて空を見上げていた。
あまりに絵になる姿に、写真を見ているようだ。
(美人は3日で飽きるっていうけど、おれ、飽きるどころか、毎回恋し直してる気がするんだけど……)
「桜子」と声をかけると、桜子はさわやかな笑顔で振り返った。
「おはよう、圭介」
「おはよ。待たせたか?」
「全然。今着いたとこ」
ありきたりなあいさつさえ、デートの醍醐味と顔が崩れてしまう。
「じゃあ、行こうか。演劇部の公演って何時?」
「2時から。それまで時間あるから、いろいろ見て回ろうよ」
「おう。昼飯にも困らなそうだし」
「文化祭っていえば、模擬店だよねー。いろいろなものが安く食べられるから、楽しみ」
「おれの友達、お好み焼き屋やってるらしくて、行ったらサービスしてくれるってさ」
「え、あたしの友達はたこ焼き屋だって。粉ものばっかになっちゃいそう」
くだらない話に笑いながら目当ての高校までまっすぐに向かい、『西高祭』と派手な手作り看板がかかっている門をくぐった。
入口で配布していたパンフレットをもらって、校舎前に並ぶ様々な模擬店の前を通りながら、互いの友達がやっている店を目指して歩いて行く。
「桜ちゃん!」と、いう数人の女子の声が聞こえたかと思うと、桜子はあっという間に彼女たちに囲まれ、抱きつかれていた。
「あ、みんな、久しぶり!」
桜子もそれが誰かに気づいたらしく、顔をほころばせて抱き合って喜んでいる。
「なんか、すっごい美少女が来たってウワサになってたの。桜ちゃんが来るって言ってたから、絶対桜ちゃんだって思ったんだー」
「今日はどうしたの? すっごいおしゃれして。デートだから?」
「で、で、カレシは? 一緒に来るって聞いてたから、楽しみにしてたんだよー」
青蘭では見られない女子たちのノリがどこか新鮮だった。
桜子も楽しそうに受け答えている。
「じゃあ、みんなに紹介。これがあたしのカレシの圭介でーす」と、圭介は桜子に腕を引っ張られて3人の女子の前に引っ張り出された。
「どうも初めまして」と、圭介は普通にあいさつをしたのだが、「え?」と彼女たちの目に戸惑いと落胆の色が広がる。
「……桜ちゃんってこういう人が好みだったっけ?」
「あ、でもやさしそうな人だよね」
取ってつけたような褒め言葉に、圭介は内心がっくりと頭を落としていた。
彼女たちの言わんとしていることがわかってしまう。
桜子にカレシができたと聞いたら、誰もが一目見て『きゃあ、かっこいい!』と思うような相手を想像するのだろう。
それがどこをどう見ても平々凡々な男を連れてきたら、こういう反応をされてもおかしくない。
「へへー、素敵な人でしょ。まだ付き合い始めたばっかで、デートもこれが2度目なんだ」
桜子はといえば、そんな彼女たちに気づかないのか、満面の笑みを浮かべていた。
「まさか桜ちゃんから告白したってことないよね?」と、一人の女子が桜子に聞く。
「あたしからしたよね?」
桜子が見上げてくるので、圭介はうなずいた。
「おれがモタモタしてたから……」
「でも、結局、タイミング的には同じだったよねー」
「付き合う決め手になったのって、何だったの?」と、今度は別の女子が聞いてくる。
実は圭介もそれは聞きたかったところだ。
どうして桜子が自分を好きになってくれたのか。
今まではっきりと聞いたことはなかった、というか聞くに聞けなかった。
というのも、改めて冷静に考えられて『やっぱ好きじゃなかった』と思い直されてしまうのが怖かったのだ。
「うーん、いろいろ理由はあるけど、1番はあたしが大切に思うものを大切に思ってくれそうな人だからかなあ。
圭介となら理想的な未来が描けそうなの」
たぶん家族のことだろうなと、圭介にも想像がついたが、首を傾げたくなる。
(それが1番大事なことだったのか? そんな奴、他にもいっぱいいると思うけど……)
「それって、結婚まで考えてるってこと?」
「もちろん。こう見えて、圭介、モテるんだよ。ウカウカしていると盗られちゃうから、こっちはもう必死」
「えー、桜ちゃんが?」と、驚くのも無理はない。
「そうだよ。あたしばっかヤキモチ焼かされて、ずるいんだよ」
(おい、それはいくらなんでも盛りすぎだろ……)
圭介の方が逆に恥ずかしくなってしまう。
「圭介くんって、実は遊んでる人なの?」と、興味津々に聞かれ、圭介は即座に否定していた。
「それは絶対ないから。だいたい桜子が待望の初カノで、奇跡だって思ってんだから、よそ見する余裕なんてないよ」
「ほんとにー?」と、桜子が冗談半分に聞いてくる。
「ほんとだって」
「一応、信じておいてあげる」
「一応なのかよ……」
圭介がぼやくと、桜子は弾けたように笑った。
「もう、冗談だって。ちゃんと信じてるよ。圭介の気持ちも、自分の気持ちも。
じゃなかったら、将来なんて考えないもん」
「なんか、桜ちゃん、幸せそう。のろけるの、初めて見たよ」
「うん、うん。中1の時に告白された時とは全然違うよねー」
「え、そう?」と、桜子は首を傾げる。
「ほら、うちらに報告してくれた時、『好きなら付き合えば』って言ったのに、『好きなんだけど』とか『うれしいけど』とか言って、いまいち乗り気にならなかったしー」
「そうそう。誰々さんに悪いとか、なんか他のことばっか気にしてたよね。結局、誰にも恋してなかったって感じ?」
「う、そうみたい……。実はあたし、圭介に出会って初めてわかった」と、桜子は照れたように笑った。
「やっと桜ちゃんも恋に目覚めたんだね。なんかうれしいよ。ここは『おめでとう』だよね」
「顔、デレデレしてるよー」
「え、うそー!」
桜子を囲んでの話は尽きないらしい。
キャッキャと話が盛り上がっているのを、圭介は微笑ましく見ていた。
(中学の頃の桜子って、こんな感じだったんだなー)
明るくて、よく笑う。周りを明るくさせる太陽みたいな存在。
飛び切りの美少女でなくても、そんな女子がクラスにいたら、絶対に恋していた自信がある。
とはいえ、『呪い』のせいで次々と転校していく男子を見て、その頃に告白する勇気があったとは思えないが。
(高校で出会えて、おれ、ラッキー……でいいか?)
次話もデートは続きます。
桜子の苦手な物とは?




