6話 何か企んでいるのか?
桜子はいつも弁当持参なので、2学期に入ってからは圭介もシェフに頼んで弁当を持ってくることにした。
おかげで教室で桜子たちと一緒の昼休みを過ごせる。
妃那はもともと少食なので、圭介の弁当を横からつまむ程度で充分らしい。
正直、これではカフェテリアのブッフェはもったいない。
――と思うのは圭介だけで、神泉家に『もったいない』は通じないのだが。
今日の昼休みも教室で弁当を広げていると、桜子に今週末の予定を聞かれた。
「中学時代の友達に文化祭に誘われてるの。圭介も一緒に行かないかなって思って。薫子も一緒に行く予定なんだけど」
「文化祭? そういや、おれの友達もそんなこと言ってたっけ。どこの高校?」
「都立西ノ宮。あたしもそこに行く予定だったんだけどね」
「マジで? おれもなんだけど。友達とか元同級生、何人か通ってるし」
「ほんと? じゃあ、あたしたちどっちにしろ会う運命だったんだね」と、桜子はうれしそうな顔をする。
「会うのは運命だったかもしれないけど、普通に高校生やってたら、おまえの目には留まんなかったかも……」
「そうだねー。そもそものきっかけはイジメだったんだもん。それがなかったら、ダーリンなんて、そこらへんに転がっている石とおんなじだったかも」
薫子がうへへ、と笑って言う。
「こら、薫子。失礼なこと言わないの!」と、桜子が目を吊り上げる。
「いや、まあ、実際その通りだと思うし」と、圭介は苦笑するしかなかった。
「そんなのわからないじゃない。だいたい、あたし、圭介の顔好きだし、どんな形であれ、ちゃんと目に留まってたよ」
桜子が真顔で言ってくれるので、圭介も笑っていた。
「そう言ってもらえるとうれしいけど」
「で、話がそれちゃったけど、一緒に行く? 土曜日にその友達の演劇部の公演があるから、それに合わせて行くつもりなんだけど」
「おう、行く。友達からもヒマだったら見に来いって言われてたし。ちょうどよかった」
「ええと、妃那さんもよかったら一緒に来る?」と、桜子が声をかけた。
黙ったまま隣で弁当を食べていた妃那が初めて顔を上げる。
「わたしは遠慮しておくわ。土曜日はやることがあるの」
最近、どこにでも行きたがる妃那が来ないとは、少し意外だった。
「桜子と出かけてもいいのか? ジイさんに告げ口したりしない?」
「薫子も一緒に行くのでしょう? デートでないなら、いちいち言ったりしないわ」
「そうか?」
「もっともそこの薫子が結局行かないことになって、デートになるのは目に見えているけれど」
妃那の言葉に薫子の顔が険しくなる。
「つまり、ジイさんに言うってことか?」
「言わないわ。ムダなことはしても仕方がないでしょう?」
「妃那さん、ムダなことってどういう意味? ダーリンをあきらめて、桜ちゃんとの仲を認めるってこと?」と、薫子が聞く。
「ご冗談。圭介と結婚するのはこのわたしよ。誰があきらめたりするものですか」
「なら、どうして?」
「おじい様に言えば、圭介を婚約までどころか、結婚まで家に閉じ込めておいてくれるでしょう。
けれど、そんなことをしたところで、圭介はわたしのことを嫌いになりこそすれ、好きになるなんてことはないもの。
わたしは自然な形で圭介が桜子をあきらめてくれるのを待つことにしたのよ」
「二人を放っておけば、そのうち別れると思ってるの? それとも『自然な形』って言いながら、何かするつもりなの?」
薫子はあくまで追及の手をゆるめない。
「あなたに話す必要はないと思うけれど。そもそもわたしたちの問題にあなたは関係ないでしょう?」
「関係あるよ。桜ちゃんを傷つけるようなことがあったら、絶対に許さないんだから」
「あなた、耳が悪いの? それともバカなの? わたしは圭介に嫌われるようなことはしないと言ったのよ。その圭介が大好きな桜子を傷つけたら、同じことでしょう」
薫子はムカッとしたように妃那を睨みつけていたが、やがて勢いよく弁当をかき込み、「お先に!」と教室を飛び出していった。
「ともあれ、おれが言ったことをちっとは理解してもらえてうれしいよ」と、圭介は妃那に笑顔を向けた。
「圭介、わたしは百歩譲って桜子とデートしてもいいと言ったのよ。だから、圭介もウソついたりしないでね」
「わかった。おまえがジイさんに言ったりしないなら、桜子と会うことにそもそもウソつく必要ねえし」
ふと桜子を見ると怪訝そうな顔で妃那を見つめていた。
「どうしたんだ?」
「ううん。なんでもない」
桜子の取りつくろった笑顔は、すぐにウソだと気づける。
放課後、妃那を車に乗せてから桜子は話し出した。
「自然な形で圭介があたしをあきらめるのを待つって、妃那さんは言ってたけど、どういう状況になったら、圭介はあたしをあきらめたりするのかなって思って」
「だから、あたしが聞いたのにー」と、薫子がぷうっと頬をふくらませる。
「あたしは関係ないって突っぱねられたけど、桜ちゃんは当事者なんだから、しつこく聞いてよかったんだよ」
「あたしが言いたいのは、妃那さんが何かを仕掛けてくるとかそういうことじゃなくて、何らかの状況が発生したら、圭介があたしをあきらめることがあるのかなって」
「そりゃあるだろ」
圭介が答えると、桜子はショックを受けたように振り返ってきた。
「あるって? 圭介はそんなに簡単にあたしのことを好きじゃなくなる可能性があるってこと!?」
「ちげーよ。おれは死ぬまでおまえのことが好きだって言っただろうが。
けど、おまえが他の男を好きになったら、簡単かどうかは別として、おれはあきらめるしかねえだろ」
「じゃあ、そんな状況起こりえないじゃない。あたしも圭介以外の人、好きになったりしないもん」
「もう、二人とも何を言ってるの?」と、薫子が焦れたように間に入ってくる。
「妃那さんはそんな『起こりえない状況』を待つって言ったんだよ。起こりえないなら、わざわざ起こすってことでしょ」
「あ」と、桜子と二人そろって、つぶやきがもれていた。
「だから、問い詰めた方がいいって言ったのにー」
薫子はやれやれといったように大きなため息をつく。
「まあ、そういうことなら、おれの方から改めて妃那に聞いてみるけど」
「聞いたところで、正直に話してくれるものなのかな?」と、桜子は不安げに顔を曇らせる。
「そりゃ真正面切って聞いたって、話してくれるわけないよ。その辺りは巧妙に話を持っていって、うまく誘導尋問に乗せなくちゃ。
ダーリン、頑張ってよ。これも桜ちゃんとの安泰な未来のためだよ」
「お、おうよ」
薫子は当たり前のように言ってくれるが、正直言って圭介にはそんな芸当は無理だと思った。
(そもそもあいつの思考回路、よくわかんねえし……。最悪、『正直に話さないと、一生口聞いてやらねえ』とか、脅しをかけて吐かせるしかない?)
そんな圭介の情けない表情に気づいたのか、薫子は「あんまり期待してないけど」と付け足してくれた。
妃那が何を考えているのか気になるところですが、次話から文化祭デートです。
完全に閑話なので、二人のアオハルを楽しんでいただければと思います。




