5話 おやすみコールで眠れない
圭介視点です。
家に帰って来た圭介は、今夜こそは真面目に家庭教師と勉強となった。
夏休みの終わり、朝から寝るまで何かしら習わされていたことを考えれば、学校に行っている時間があるだけ楽にはなっている。
(土日も予定入れないと、勉強で終わりそうだけど……)
家庭教師が全員帰った後は、風呂に入って寝るくらいの時間しかない。
せっかく返してもらったスマホもゆっくり見ているヒマがなく、落ち着いて開くことができたのはベッドに入ってからだった。
1週間以上止まっていたスマホには、大量のメールやメッセージがたまっている。
桜子はもちろん、中学時代の友達、それに茜からも。
桜子と付き合うようになった直後、相次ぐゴタゴタですっかり失念していたが、茜とは旅行以来まだ1度も話をしていなかった。
とはいえ、桜子の方から話があったらしく、メッセージが一言だった。
『桜子と付き合うようになったって聞いたよ。
前も言ったけど、あたしはあきらめるつもりないから、別れるの待ってるね』
――呪いのメッセージにしか思えなかった。
(これはどう返信するべきなんだ……?)
どうしようか悩んでいると、桜子から電話がかかってきた。
『圭介? 勉強は終わった?』
「ああ、そろそろ寝るとこ。何かあったのか?」
『何もないと電話かけちゃダメ? 声聞きたかっただけとか』
「そんなことねえよ。寝る前におまえの声が聞けて普通にうれしい」
相手の顔が見えないおかげで、ずいぶん正直な答えを返していた。
おかげで自分の言葉に恥ずかしくなって顔が赤くなる。
『……ええと、というのは半分冗談で、ちょっと聞きたいことがあって』
「……おい、冗談かよ。で、何? 聞きたいことって」
『聞いてなかったんだけど、圭介のお母さんって、もしかしてあたしのことよく思ってないのかなって、気になって……』
「そんなことないと思うけど。なんで?」
『ほら、前に圭介を訪ねた時にお母さんに会ったでしょ? その時、あんまり歓迎されてない感じだったから』
「ああ、あの時。ごめんな、せっかく会いに来てくれたのにイヤな思いさせて」
『それはもういいの。騒ぎ起こしちゃったし、あの時はそのまま帰ってよかったんだって後でちゃんと理解できたし。
でも、お母さん、圭介に2度と会ってほしくないみたいなこと言ってたから、あたしと付き合うのを反対してるのかなって』
「そんなこと言ったのか? おれ、普通に学校でおまえと会ってること話しているけど、何も言ってないぞ」
『そう? じゃあ、妃那さんとの婚約は? やっぱり賛成してるの?』
「うーん、どうだろ。どっちでもないって感じ。てか、おれが誰と付き合おうが婚約しようが、好きにしろってスタンス。
おかげで協力は望めないけどなあ」
そういえば、と桜子と付き合う前、母親が言っていたことを思い出して、圭介は思わず笑ってしまった。
『どうしたの?』
「ああ、いや、おまえと付き合う前、母ちゃんがボロクソ言ってたこと思い出して」
『え、あたしのこと?』
「おれのことだよ。社交界の姫があんたなんて相手にするはずないとか、とっとと告白して粉砕されて、転校しろとか。
おまえがうちに来たことがバレて、無理やり犯したって頭から信じ込んでたし、付き合うようになったって言っても、頭おかしくなったって病院に連れて行こうとしてたし」
『そんなことあったんだね……』と、電話の向こうで桜子が笑う気配があった。
「そういう意味では、おれなんか全然ふさわしくないすごいお嬢さんだって思ってるってことだろ」
『それなら、付き合うようになって、万々歳って喜んで協力してくれてもよさそうなのに……』
「うーん、母ちゃんも離婚したりして、あれで一応落ち込んでるところなんだよな。だから、手放しに喜ぶって気分じゃないのかも。
それに、おれもおまえと引き離されて前向きに物事を考えられなかったりしたから、積極的に応援してもらえる状況でもなかったと思うし。
けど、桜子のことが気に入らないなんて思ってないはずだぞ。だいたい、おまえは文句のつけようのないカノジョだろうが」
『そう言ってもらえるのはうれしいけど、やっぱり藍田の後継者となると苦労が多いし、そんな大変な思いをさせたくない親も多いんじゃないのかな、とか思って』
「どの道、妃那が相手でも違う意味で苦労はしそうだからなあ。同じ苦労するなら、本気で好きになった相手のための方がいいって思うよ」
『そっか』
「ちなみにおまえの両親はおれのこと、どう思ってるんだ? おまえは婚約するって決めたみたいだけど、納得してるのか?」
『ほら、うちは完全放任主義だから、あたしの決断に文句言ったりしないよ。
そもそもあたしが後継者っていうのもウワサだけで確定してたわけじゃないし、最近ようやくあたしも覚悟ができたところだったし』
「それはつまり、おまえの付き合う相手によっては後継者にしないって選択をされる可能性もあるってことだよな?」
『そうかもしれないけど、圭介なら大丈夫でしょ』
「なんでそう言い切れるんだよ? おれはまったくもって自信ないんだけど」
『うーん、あたしもよくわかんないけど、しいていうならカン』
「おい……」
『婚約はともかく、後継者云々はまだまだ先のことだから、今から気負わなくても大丈夫だよ。お父さん、若いし元気だから。
圭介だってまだ高校生なんだよ。これから大学行って、社会に出てから仕事のことは考えればいいんじゃない?』
「そんな悠長なことでいいんかな」
『ほら、うちのクラスの子たち、けっこう後継者いるけど、今は学生生活楽しんでるじゃない。圭介も家で勉強してるわけだし、今はそれで充分だと思うよ』
「そう言ってもらえるとちっとは気が楽になるけど……。やっぱり1度親父さんに会って話してみてえな」
『うん、わかった。お父さんの都合、聞いておいてあげるよ』
桜子にあっさり言われて、圭介は慌てて「無理にとは言ってないからな!」と付け足しておいた。
(うっかり口をすべらせたー……)
『明日もあるし、そろそろ寝る時間だよね?』
「そうだな。また明日」
電話を切ろうとすると桜子に呼び止められた。
『ええとね、本当は明日でもいい話だったんだけど、圭介の声が聞きたくなって電話したの。おやすみ』
電話が切れても頭の中で桜子の言葉がリフレインしている。
今すぐ抱きしめてキスしたくて仕方がない。
いい夢が見られそう、という前になかなか寝付けそうになかった。
(おやすみコール、おそるべし……)
次話、翌日の学校での話になります。




