3話 どうやら過去にはいろいろあったそうで……
桜子視点です。
夕食の時間、桜子だけでなく、彬と薫子も今か今かと両親がやってくるのを待っていた。
居間に入って来た母親はそんな子供たち3人を見て、目をパチクリする。
「どうしたの、かしこまって?」
「お母さん、忘れてないでしょうね? 今朝言ってたじゃない。神泉家と何があったか話してくれるって」
まさか母親がとぼけて、忘れたフリをするのではないかと、桜子は懐疑的に見つめた。
「ああ、そうそう。そうだったわね。音弥もまだ帰ってこないみたいだし、今のうちに話しておこうか」
「お父さんに内緒の話ってわけじゃないんでしょ?」
「内緒も何も音弥も知ってることだもの。単にあんまりほじくり返されたくない過去ってだけよ」
「前置きはいいから、話を始めてよ。そんなにもったいぶりたい話なわけ?」と、彬がせかす。
「といっても、長い前置きには変わりないわよ」
「それでもいいから、わかるように話して」と、桜子が促した。
「あたしが千葉の児童養護施設で育ったことは、あんたたちも知っているわよね。で、高校に入った頃この家に連れ戻されたってことも」
「連れ戻されたって、お母さんはこの家に戻ってきたくなかったの?」
「だって、ある日、ここの執事やってきて、『総帥の死んだ娘にそっくりだから、身代わりになれ。さもなくば親友がどうなっても知らない』なんて脅されたのよ。こっちは言う通りにするしかないじゃない」
「ちょっと待って。お母さん、まさか養女だったの!?」
兄弟3人に衝撃が走ったが、母親は手をひらひらさせながら笑った。
「やあねえ、ちゃんと血はつながってるわよ。あたし、小さい頃の記憶がなくて、その時はわからなかっただけの話。
ただ、ここだけの話、あたしは先代の娘じゃなくて孫なの」
「孫って……お母さんのお父さんは?」
「1番上の兄。母親は先代の愛人ってやつ」
「1番上のお兄さんって、彰浩伯父さんってこと?」
「彰浩伯父さんは2番目。1番上はあんたたちが生まれる前に亡くなっているわ」
「そうだったんだ……。てことは、あたしたちが『おじい様』って呼んでいた人は、本当はひいおじい様だったと」
それはそれで、今さらながら知った衝撃の事実だった。
「けど、そんな風に脅して連れ戻さなくても、本当のことを話せば、母さんだって理解できたんじゃないの?」と、彬が聞いた。
「彬くん、記憶のなかったお母さんがそれで納得すると思う? DNA鑑定くらい見せろって言うよ」
薫子の言葉に母親はくすくすと笑った。
「確かに薫子の言う通りね。だから、先代も記憶のない間は『死んだ娘のそっくりさん』にしておいたんだと思うわ。DNA鑑定しても孫が相手じゃ、親子とは出ないはずだから」
「お母さんの生い立ちにいろいろあったことはわかったけど、その話がどう神泉家につながるの?」
長い前置きと言われていたとはいえ、なかなか本題に入らないので、桜子は聞いてみた。
「だから、順番に話しているんでしょうが。で、先代が死んだ娘の身代わりに何させようとしてたかっていうと、杜村さんとの結婚。政界とのパイプを作るためにね。
どうせ記憶もないし、後を継がせるわけにはいかないから、早々に婚約させて嫁に出すつもりだったんでしょう」
「杜村って、ヨリのお父さんよね? それで婚約したの?」
「一応ね。ただ他にも候補がいたのよ。それが神泉家の長女の真紀子さん。
彼女は杜村さんとは幼なじみで付き合いも長かったから、当然自分が婚約すると思っていたんでしょうね。
けど、何の因果か、杜村さんが選んだのはあたしだったから、かなりショックを受けたとか。というか、圭介くんのお母さんから聞いた話だと、ヒステリーを起こして家の中は大変だったみたい」
「さすがに圭介からそんな話は聞いたことなかったわ……」
(圭介は知ってたのかな?)
「けど、結局、お母さんは杜村のおじさんと結婚してないよね?」と、薫子が聞く。
「もちろん。そうこうしてるうちに、あたしの記憶が戻ってね。家を継ぐ代わりに音弥と結婚させてくれって先代に頼んだのよ。
杜村さんの方もそれで納得してくれたから、婚約は破棄になって、こっちはめでたしめでたし。
ただ、神泉の方にしてみれば、余計な女が横やりを入れてきて、内々に決まっていた婚約話をぶち壊されたと。あげくにその女は他の男と結婚。
恨まれても仕方ないわね。ていうか、恨むなら、余計なことをしてくれた先代を恨むべきだけど」
「……それはまあ、神泉家にとっては藍田の女の印象は最悪だよね……。2度と関わり合いたくないかも」
桜子はここまでの話を聞いて、ずーんと頭が重くなるようだった。
「魔性のもの、いい得て妙だね」と、彬もうなずく。
「話はそれるけど、どうしてこれがお父さんは思い出したくない過去になるの?」と、桜子は聞いてみた。
「考えてもみなさいよ。音弥の実家は仕事柄、杜村家の庇護のもとにあって、杜村さんと音弥は学生時代から先輩後輩。特別目をかけてもらっていた関係だったんだから、婚約破棄の原因が自分にあったっていうのは、あとあとまで尾を引くでしょ」
なるほど、とうなずく桜子の隣で薫子が眉根を寄せた。
「お母さんの話からすると、婚約も婚約破棄もあっさりって感じで、家同士の政略結婚に聞こえたけど、お父さんが思い出したくないってことは、普通に恋愛が絡んでたんじゃないの?」
「あら、薫子、カレシもいないのに、ずいぶん鋭いことを聞くじゃない」と、母親が揶揄するように笑う。
「お母さん、自分に経験がなくても、人間関係はちゃんと観察できるんですよー。で? で?」
薫子は好奇心に目をきらめかせて母親を見つめる。
「それなりにはあったわよ、恋愛感情。じゃなかったら、婚約だって受け入れられないでしょうが。
そもそも、こっちは千葉で音弥に一目ぼれして、東京に来てからパーティで再会したのに、あっさりフラれて、傷心中。相手が非の打ちどころのない素敵な男じゃ、コロッと落ちるわよ」
「え、お父さんにフラれちゃったの?」と、これまた意外な事実に桜子は声を上げていた。
「そのパーティ、杜村主催で、婚約者候補との顔合わせが目的だったのよ。音弥だって普通に身を引くでしょ」
「なんか、政治家の力関係ってやな感じー。偉い人には好きな人までゆずってやらなくちゃいけないの?」
「あたしだってそう思ったわよ。けど、音弥がそれまで生きていた世界では難しいことだったんだと思うよ。音弥のことは好きだったけど、苦しめるのは本意じゃなかったから、あたしもムダな抵抗はしなかったの」
「けど、最終的にはお父さんと結婚したんだよね? どうして? あたしだったら、お父さんみたいな人、選ばないよ。周りの力関係に左右されて、自分の恋をあきらめる人なんて。
あたしは、何を捨ててもあたしだけを必要としてくれる人がいいもん」
「桜子とあたしは違うもの。桜子がそういう人がいいっていうなら、それでいいと思うよ。
あたしはそういう音弥の弱さもいいところだと思ったし、そばにいて支えたいって思った。
失恋も新しい恋で忘れられるかと思ったんだけど、どうしても忘れられなくて、結局、杜村さんには婚約破棄にしてもらったの」
桜子は「なるほどねー」と納得したが、薫子は今一つ腑に落ちないのか、難しい顔をしていた。
「恋愛が絡んでいたのに、杜村のおじさんは簡単に納得してくれたの? だいたい婚約破棄なんて世間体が悪いし、力関係からいってもお父さんの実家より上なんだから、強行突破だってできたわけでしょ?」
「あっさりとは言わないけど、あたしの意思を尊重して、身を引いてくれたの。ほんと、いい人なのよ。
もっとも、代わりに娘が生まれたら嫁にやるって約束したから、納得してくれたのかもしれないけど」
母親の爆弾発言に、娘二人は「ちょっと待ってー!」と同時に叫んでいた。
次話、この続きの場面が続きます。
注)桜子両親の過去話は別作品から持ってきていますので、この作品では詳細まで触れていません。
「貴頼の両親とこんな関係があったんだー」くらいで軽く読んでいただければと思います<m(__)m>




