21話 子育て、失敗した?
【子育て編】の最終話となります。
圭介視点です。
遅くに家に着いた圭介は、シャワーを浴びてから妃那の様子を見に行こうと思っていた。
ところが、シャワールームを出ると、その妃那がベッドに腰かけている。
突然の出現に、圭介はぎょっとして、タオルを頭にかぶったまま、髪を拭く手が止まっていた。
「お帰り、圭介」
妃那は人形にはなっていなかったが、何を考えているのか、わからない無表情だった。
「この部屋、鍵かかってなかったっけ?」
「こんなちゃちな鍵、かかっていないのと同じよ」
妃那は手にしていたヘアピンを見せる。
「いや、だからって、勝手に部屋に入っていい理由にはならないだろうが」
「ノックしても返事がないんですもの。帰ってきたのはわかっているのだから、居留守を使われてるのかと思うじゃない。単にシャワーだったけれど」
「ノックしてくれりゃ、居留守なんか使ったりしねえよ。で、怒ってるのはおまえを置き去りにしたからか?」
ここまで妃那が態度を変えずに、淡々と無表情のまま話をするということは、そう判断するしかなかった。
妃那は考え込むように束の間黙っていたが、やがてぽつりとつぶやいた。
「……別に怒っていないわ。圭介はこんな時間までどこに行っていたの?」
「街ぶらついて、飯食って帰ってきただけだけど」
「三人で?」
圭介は即座に否定しようとして、その言葉を飲み込んだ。
あの時、妃那を迎えに行ったのは彬だけだ。
妃那からしたら、圭介が桜子とデートをしていたことは知りえない。
二人きりで会っていたら、まずいことになっていたかもしれないが、そこに薫子も入っていたら、デートにはならない。
「ああ、みんなでピザ食ってきた」
妃那がじいっと圭介を見つめてくるので、ウソがバレたかと思ったが、それ以上は追及されなかった。
「で、おまえは? 彬と帰ってきたんだろ? 話はしたのか?」
「したわ」
妃那が人形から目覚めたことを知って、少なからず驚いた。
と同時に、圭介がいなくても他人と交わりが持てたことが、素直にうれしかった。
「よかった。おまえもちょっと成長したんだな。こうやって、少しずつ外の世界に慣れていけば――」
「だって、頭に来たんですもの」
「は?」
「いやな奴だわ、桜子の弟」
「おまえ、なんか誤解してないか? あいつ、いい奴だぞ。男のおれから見ても、イイ男だし。
現に、関係ないおまえを家まで送ってくれたじゃないか」
「でも、タクシーに置き去りにしようとしたわ」
「おまえ、タクシーで帰ってきたのか? なら、置き去りも何も、乗せてもらえば、家に帰れるじゃないか」
「圭介はわたしがそのまま誘拐されてもいいの? 青蘭の制服着た、いかにもお金持ちそうなか弱い女子高生が一人でタクシーに乗って、そのまま営利目的にどこかに連れ去られるという心配をしないの?
お父様は身代金を要求されれば、ちゃんと払うでしょう。けれど、誘拐されて、身の危険にさらされたわたしは、たとえ無事に帰されたとしても心に傷を負うわ」
「その可能性がないとは言わんけど……」
「可能性がゼロでないなら、そうすべきではないということよ。避けられる危険は、回避しなければならないわ。外というのは、危険がいっぱいなのだから」
(確かに『かよわい』は当たってるよな……)
同じ金持ち令嬢の桜子とは違って、妃那は自分の身を自分で守れない。
確かに悪い奴はこの世界にいて、妃那が狙われてもおかしくはないのだ。
「それはおれも同感だから、おまえにはおまえを守ってくれる奴が必要だよな」
「圭介がいるじゃない」
「おれ、普通に無理だし。護身術だって、最近になって始めたくらいだし。
おまえが目の前でさらわれそうになっても、ボコられて終わり」
圭介がはっきり言うと、妃那はショックを受けたように、まじまじと見つめてきた。
「知っていたら、お父様に護衛をつけてもらったのに」
「んな、おおげさな。少なくとも車で送り迎えしてもらえば、問題ないだろ。学校のセキュリティはしっかりしてるわけだし」
「圭介も一緒ならいいわ」
「それは約束できねえ。電車で帰るって言ってるだろ。行きはおまえと一緒に行くから、帰りくらい自由にさせてくれよ」
「……ねえ、圭介。わたし、これでもずいぶん譲歩しているのよ」
「譲歩って?」
「これ、没収しないであげようと思ったけど、圭介があくまで言い分を通したいと言うなら、返さないわ」
妃那はガウンのポケットに手を入れて出して見せたのは、桜子から借りたスマホだった。
「おれの荷物を漁ったのか!?」
圭介が取り返そうと手を伸ばすと、妃那はそれをひらりとかわして、ベッドから飛び降りた。
「圭介、返してほしかったらキスして。でないと、これ、壊すわよ」
「そんな交換条件、間違ってるだろ。おれのものならともかく、桜子から預かってるものなんだ。勝手に壊すわけにはいかない」
「だから、キスしてって言ってるの。1度したことあるんだから、2度も3度も同じでしょう? 別に抱いてって、言っているわけではないし。してくれたら、返してあげるし、圭介も桜子と連絡取れるでしょう?」
圭介は大きくため息をついて、妃那を睨むように見つめた。
「妃那、おれはおまえに対して恋愛感情はないけど、イトコとして肉親の情はあるって言ったよな?」
「ええ、覚えているわ」
「おまえの過去には同情するし、おれにできることはしてやりたいと思う。けど、おまえがおれに対して嫌がることを無理強いするようなら、おれはもうおまえにやさしくなんかしてやれない。
人は好意には好意で返すし、悪意には悪意を返す。おれも例外じゃないよ」
「圭介はずるいわ。自分の言い分ばかり通して、わたしの言うことなんて、ちっとも聞いてくれない。
わたしが何もしなくても、ウソをつく」
やはり桜子とデートしてきたことは、バレていたらしい。
もともと隠すつもりもなかったので、動揺することもなかった。
「そうだよ。おれはおまえが思ってるほど、できた人間じゃねえ。桜子とおまえを同時に大切にできるほど器用でもない。
だから、外の世界をちゃんと見ろって言ったんだ。おれが桜子を最優先するように、おまえを最優先にしてくれる男がどこかにいるはずだから」
妃那は口をつぐんだまま、じいっと圭介を無表情に見つめていた。
「圭介も同じことを言うのね。それでも、わたしは圭介がいいわ。圭介がどう思おうと、わたしは圭介がいたから、生きたいと思ったの。
桜子がいる限り1番になれないというのなら、わたしにも考えがある。圭介、覚悟しておいてね」
妃那は暗い笑みを見せると、手にしていたスマホをベッドに放って、部屋を出て行った。
圭介は妃那があっさりと手放したスマホを取り上げ、なんだか全身に嫌な汗がわくのを感じた。
(おれ、もしかして、キスするより最悪な事態を招いたんじゃねえか?)
妃那の残した笑顔がただ怖いと思った。
焦るあまり、扱いを間違えたのか。
(あいつ、何をやらかすつもりだ……?)
その後、桜子には『問題はなさそう』とメッセージを送っておいたが、正直、明日学校に行けるのかどうかさえも今は分からなかった。
次話からPart2【成長見守る編】が始まります。
妃那の動向が気になりながらも、圭介と桜子のイチャラブも盛り込んでいく予定です。
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