19話 終わり良ければすべて良し
「圭介、大丈夫!?」
桜子の声が聞こえて、圭介は腹ばいのままノロノロと顔を上げた。
「桜子、まだいたのか……」
てっきりこの場を去っていってしまったのかと思っていた。
「ごめん、圭介。まさか、圭介だと思わなくて、反射的によけちゃった」
「反射的にって……。この状況で、おれ以外に誰が追いかけてくるんだよ?」
「変な人はいっぱいいるし。後ろから襲われる気配がしたら、普通によけるよ」
「これからおまえのことは、走って追いかけないことにする……」
「ごめん。怒ってる?」
よいしょ、と腕を引っ張られて圭介は地面に座り直した。
桜子はその目の前にしゃがんで、不安そうに圭介の顔をのぞき込んでくる。
「別に怒っちゃいねえけど……。てか、怒ってたの、おまえの方じゃねえ? こんな別れ方がイヤだから追ってきたんだけど」
「怒ってたっていうか……単に恥ずかしかったから、圭介と顔が合わせられなくて……」
桜子はうっすらと赤い顔で目を泳がせている。
「恥ずかしいって何が?」
「だから、それはもういいの! それより、圭介、どっか痛いとこある? 歩ける?」
「平気。手、すりむいただけ」
いつまでも座り込んでいるわけにもいかないので、圭介はゆっくりと立ち上がり、カバンを拾い上げて砂ボコリを払った。
「血が出てるね。早く傷口、洗わなくちゃ」
「駅のトイレ、寄ってく」
駅に向かって一緒に歩き始めたが、それきり桜子は黙ってしまい、どうにも気まずい空気が流れている。
(やっぱ怒ってんのか……?)
圭介は自分の言動を思い返してみたが、原因が思い当たらない。
そうこうしているうちにトイレに寄りながら駅のホームに到着。
すぐにやって来た電車に乗ることになってしまった。
「ええと、やっぱ遅いし、家まで送ろうか?」
あっという間に次が桜子の降りる駅になってしまい、圭介は一応聞いてみた。
「心配しなくても大丈夫。それより、帰ったらちゃんと連絡してね」
「それは必ず――」
「じゃあ」と、乗車口をくぐる桜子を追って、「やっぱ、待って」と圭介も思わず降りてしまった。
改札口に向かう乗客の中、桜子だけが立ち止まって振り返った。
「どうしたの?」と、目を丸くしている。
「いや、ええと……キスしてもいいか?」
(おれは何を言ってんだ!?)
このまま別れるのはどうしようもなく不安で、何か関係修復の糸口がほしかっただけだ――が、とっさに口から出てきたのはそれだった。
(だって、デートの締めくくりにチュウって憧れるだろうが!)
妄想しすぎていたとはいえ、よりにもよってこの状況でキスとは、突拍子がなさすぎた。
恥ずかしくて顔から火を噴きそうになる。
桜子はというと、案の定、ポカンとした顔をし、それからぷっと笑った。
しかも、それで収まらなかったのか、腹まで抱えて笑い続けている。
「悪い、変なこと言って。けど、そこまで笑うか?」
「ごめん、ごめん。そういえば、あたしたちって、ちゃんとキスしたこともなかったんだなあって思って」
「確かに。キスってより歯がぶつかっただけの1回。しかも無効になってるし」
「そうだね。ちゃんとここから始めないとね」
桜子は目を閉じると、きれいに微笑んで唇を寄せてきた。
圭介も吸い込まれるように顔を近づけて、ごく自然に唇が重なった。
甘く、やわらかな唇の感触がはっきりと脳で認識できるまで、充分な時間がある。
駅に鳴り響く発車ベルの音も、走り去る電車の音も、どこか遠くの世界から聞こえてくるようだ。
唇が離れて改めて桜子の顔が目に入った時、胸に占めるのは幸福感だけだった。
と同時に恥ずかしさと照れがごちゃ混ぜになって、変な笑いが込み上げてきてしまう。
「もう、なんで笑うのー!?」と、桜子がうっすらと赤い顔で目を吊り上げる。
「なんか、幸せ過ぎて――」
笑いながら答えると、桜子もつられたように笑い出していた。
数分後、圭介が入線した次の電車に乗ると、桜子が窓越しに手を振って見送ってくれる。
今度は最高の笑顔で、初デートを締めくくってくれた。
デート中、桜子が謎の行動をとっていた理由は?
次話で明らかになります。




