18話 デートの終わり方って……
桜子と二人、目当てのピザを堪能して店を出ると、外はすっかり暗くなっていた。
「あっという間に日が暮れるようになったなー。夏ももう終わりって感じ」
「そうだね。でも、まだまだ夜でも暑いよ」
「さて、帰るか。遅くなっちまったし。家まで送ろうか?」
歩き出そうとすると、袖が引っ張られて、桜子に引き留められていた。
「まだ帰りたくないんだけど……」
「どっか行きたいとこでもあるのか?」
「……どこってわけじゃないけど、圭介ともう少し一緒にいたいなって」
「じゃあ、家まで送ってやるよ。そしたら、もう少し一緒にいられるだろ?」
「そういう意味じゃなくて……二人っきりになれるところに行きたいなって……」
顔を赤くして目をキョトキョトしている桜子を見て、さすがの圭介もその意味に気付かないわけにはいかなかった。
思わずごくりと息を飲んでしまう。
(いきなり初デートでホテルに行くとかアリなのか!?)
告白してくれた日、1度はガマンしたのだ。
2度もガマンしろなどと、神様だってそんなムゴいことは言わないはず。
しかも、女の方がいいと言っているのだから、ためらう理由はなし。
「本当にいいのか?」
「だって、今、圭介を帰したら、また会えなくなっちゃうし……。
今頃、妃那さん、あたしたちが二人で会ってること、おじい様に報告してるはずでしょ?」
彬からのメッセージが来た時、桜子が真っ先に確認してきたのはそのことだった。
妃那を無事に送り届けたこと以外にも、何か書かれていたのかもしれない。
(おれ、バカだ……)
この別れの間際まで楽しく過ごせたことは間違いないと思う。
しかし、時折、桜子がボケっとしていることには気づいていた。
そんな時に桜子が考えていたのは、このことだったに違いない。
もしかしたら、今日が会える最後になるかもしれないと――。
一方で圭介は深く考えていなかった。
妃那が家に帰ってしばらくしても、圭介が帰ってこないとなれば、桜子と一緒にいることは容易に想像できる。
二人を別れさせたい妃那が、源蔵に報告しないわけがない。
今頃、圭介を探すべく、神泉家から人が出ているかもしれない。
捕まったら最後、再び神泉家に軟禁され、桜子と会えないように2度と学校に行かせてもらえないことも考えられる。
問題が山積みの今、軽々しくデートなんてすべきではなかったのだ。
薫子に乗せられて、いそいそとここまで来てしまったが、後悔してももう遅い。
しかし、このまま逃げたところで、解決する問題は一つもない。
「心配すんな。今度は何があろうと、あの家から脱出しておまえに会いに行くから。
これ以上、状況が悪くならないように、今夜はこれで帰った方がいいんじゃないか?」
「……そういう意味で言ったんじゃないのに」
桜子は赤い顔のまま、怒ったようにまなじりを吊り上げる。
「そういう意味じゃないって?」
「もういい! はい、これ、あたしのスマホ。圭介に貸しておくから、薫子のスマホに連絡して。妃那さんに見つからないようにね」
桜子は叩きつけるように、圭介の手にスマホを押し付けてきた。
「いや、でも……」
「見られて困るものは入ってないから。セキュリティコードはあたしの誕生日。帰ったら、どうなったのか、ちゃんと報告してよ」
「わかったけど……」
「あのねえ、あたしだって、ちゃんと対策考えてるの。圭介が家に閉じ込められても、今度は音信不通なんかにさせないから。
それに相手の出方次第では、藍田の権力、総動員させても圭介を取り返すつもりでいるんだからね。
あたしは圭介をお婿さんにもらうって決めて、圭介も同意したんだから、圭介もちゃんと覚悟を決めてよ」
「それはいいんだけど、おまえ、なんで怒ってんの?」
「別に怒ってないよ。じゃあ、またあとで。連絡忘れないでね」
桜子は身をひるがえして、雑踏の中を歩いて行ってしまった。
(ちょっと待て……。わけがわからねえ。てか、初デートの終わりがこんなにあっさりなのか?
家まで送るどころか、駅までも一緒に行かないのか? これ、普通に『ケンカ別れ』って、言わねえ?)
ケンカというより、一方的に桜子が怒っていただけだが、それでもいいわけがない。
圭介は慌てて駆け出し、桜子を追った。
幸い立ち並ぶ店の光のおかげで、駅までの道は明るい。
人ごみの中に見え隠れする桜子の後姿もすぐに見つかった。
「待っ――」
手を伸ばして桜子の腕をつかむはずが、その腕が一瞬のうちに消えてしまった。
『て』の言葉と同時に、圭介はそのまま空をつかみ、今まで駆けてきた勢いとともに、地面にヘッドスライディング。
かろうじて顔を打ち付けなくて済んだが、ついた手がすり切れたのか、じくじくと痛かった。
「うわ、だっせー」
「あれ、青蘭の制服でしょ? お坊っちゃんは車に乗りすぎて、歩き慣れてないのよ」
往来でみっともなくすっ転んだ圭介を見て、クスクス笑いが耳に入ってくる。
恥ずかしいことこの上ない。
おかげで、すぐに立ち上がる勇気も出てこなかった。
コケた圭介、この後どうなる?
次話に続きます。




