14話 よくできた弟と妹に感謝
「ち、ちなみに彬は将来の夢とかあるのか?」
圭介は青くなる顔をごまかすようにニカッと笑って聞いた。
「僕は政治家希望だよ」と、彬は迷う様子もなく答える。
「政治家? なんでまた?」
「もともとは父さんの影響かな。父さんが志半ばであきらめたことだったから、僕がその意思を継ぎたいと思ったのが始まり。お祖父さんも政界とのつながりを悲願にしてたし」
「すげえ。てか、親父さん、もともと政治家だったのか? 初めて知ったんだけど」
圭介の質問には桜子が答えてくれた。
「政治家っていうのは語弊があるけど、お父さんの実家は代々代議士の家系なの。
お父さんも一応その方向で勉強とかしてたんだけど、学生時代にお母さんと結婚して、お婿に入っちゃったから、実際に政治活動をしたことはないんだよ」
桜子の言葉にイトコの杜村貴頼を思い出す。
『代々』ということは、藍田音弥の実家もかなりの資産家に違いない。
(普通にお坊ちゃんだったってことだよな……。おれと違って、ちゃんと上流階級のしきたりみたいなのは、身についてたってことか)
「まあ、そういうわけで、後継者としての心構えとか、ノウハウが知りたかったら、父さんに聞くのが早いと思うよ」と、彬が話をまとめるように言った。
「そうしたいのはやまやまなんだけど、忙しいのを煩わせるのも申し訳ないし……」
(ていうか、今のおれじゃ、恥ずかしくて聞けねえ!)
圭介がためらいながら言うと、桜子が「遠慮することないよー」と、あっけらかんと笑う。
「お父さん、適当に時間作るの上手なんだから。今週末にでもうちにおいでよ」
「いやあ……」と、圭介が返事に困っていると、今まで黙って歩いていた薫子がふと顔を上げた。
「ダーリンはその前に自由に動けるようにならないとね。現状、神泉家に閉じ込められてるわけでしょ? そっちの問題をうやむやにして、うちの後継者云々の話にはならないよ」
痛い一言だが、それが真実だ。
「そうだよな……」と、うなずきつつも、そう簡単に解決できるとは思えなかった。
そういえば、と妃那のことを思い出して、圭介は後ろを振り返った。
もう駅に着くというのに、妃那の姿は見えるところにはない。
(やっぱりあのまま人形になってやがるな)
「悪い。おれ、やっぱ迎えに行ってくる。あいつのことだから、何時間でも何日でも動かねえ」
「ダーリンが行くことないよ。せっかく桜ちゃんと久しぶりに会えたんだよ。この間お預けになったデートしてきたら? 妃那さんは彬くんが迎えに行ってくれるから」
「は? なんで、僕? 言い出しっぺの薫子が行けばいいじゃん」と、彬は珍しく不機嫌そうな顔をする。
「えー、彬くん、男の子じゃない。か弱い女の子じゃ、テコでも動かない人ひとり背負って、坂を下れるわけないでしょ?」
「どの口が言う? 薫子、大の大人でも余裕で担げるだろ?」
彬と薫子の間でケンカが勃発しそうになるので、圭介は慌てて間に入った。
「二人ともいいよ。おれが行くから。デートはそのうちできると思うし」
「ダーリン、桜ちゃんと一緒にいたくないの? 妃那さんの方が大事なの?」
「そりゃ、桜子と一緒にいられる方がいいに決まってるだろ」
「だよね」と、薫子は彬に向き直って、目をウルウルとさせる。
「彬くん、好き合ってる二人が無理やり引き離されそうなのを見て、放っておける? かわいそうなお姉ちゃんのために、ひと肌脱いであげる、くらいのやさしい弟心はないの?
あたし、こんな冷たい人がお兄ちゃんだなんて、イヤ!」
「……わかった。行けばいいんだろ」と、彬はあきらめたようにため息をついた。
「その代り、薫子も一緒に来い。僕一人に背負わせる気か?」
「あ、ごめーん! あたし、用事があって、すぐに帰らなくちゃいけなかったんだ。
彬くん、妃那さんを送って行っても、剣道の時間には間に合うでしょ? じゃあ、お先にー!」
薫子はそれだけ言い切って、どぴゅーっと駆けて行ってしまった。
「薫子ー!」という彬の呪いの言葉を背後に受けながら――。
「薫子って、相変わらずちゃっかりしてるというか……」と、桜子が困ったようにため息をつく。
「もう慣れてる……」と、彬も遠い目をしていた。
「じゃあ、僕は妃那さんを迎えに行ってくるよ。家までちゃんと送るから、心配しないで。二人は楽しんできて」
「いや、でも……」と、圭介は引き留めようとしたが、彬は笑顔で手を振りながら元来た道を戻って行ってしまった。
「よくできた弟と妹だよな」
ほとほと感心する圭介に、「うん」と桜子はうれしそうに笑った。
自慢の弟と妹を褒められると、なにより桜子が喜ぶことは圭介もよく知っている。
「二人がせっかくチャンスを作ってくれたのに、ムダにしたら悪いよな。放課後デート行こっか?」
「もちろん! やっと初デートだね。どこ行く?」
「前に約束した時、どこにするか決めてた?」
「考える前に圭介が行方不明になっちゃったから、それどころじゃなかったよー。
まあ、夏休み中だったし、1日時間があるなら、プールとか遊園地かなって思ってたけど」
「今からじゃ、時間足りないよな。街プラプラして、夕飯どっかで食べるくらいか」
「いいよ。圭介と一緒なら、どこでも何でもデートになるもん」
そう言って桜子はキラキラとまぶしい笑顔で手を差し出してくる。
その手を取って、圭介も自然に顔が崩れていた。
桜子の言う通り、こうして歩けるだけで今は充分。
何度も放課後を一緒に過ごすことはあったが、あの頃には決してできなかったことが可能になったのだ。
今はそこら中に山積みになっている問題は束の間忘れて、桜子と一緒にいるこの時間を楽しみたいと思った。
次話は、妃那を迎えに行った彬の話になります。
すでにモブと化していた(?)彬ですが、今更ながら何を考えていたのかご紹介です。




