13話 テッペンがまた遠くなった……
歩きながら話題に上がるのは、もっぱら妃那の編入や、圭介の苗字が変わったことに起因する学園内のウワサについてだ。
神泉家というのはそれだけネームバリューのある家柄らしく、中等部の生徒まで大騒ぎだったらしい。
「ちょっと、圭介と付き合ってるのはあたしなのに、どうして妃那さんの婚約者の話の方がもっともらしくウワサされるのよ?」
桜子は彬の語った内容が気に入らない様子で、ぷうっとふくれていた。
「しかも、言い争いしたのも、あたしが二人の間に横やり入れたみたいに聞こえるじゃない。
1番仲の良かった男友達を盗られて、藍田の令嬢が御冠って、何それ!?」
「僕に当たらないでよ。みんながそうウワサしてるって、そのままを伝えてるだけなんだから」
彬は桜子の勢いに気圧されたように弁解していたが、薫子がさらに追い打ちをかける。
「まあ、客観的に見れば、ウワサの方が本当に聞こえるよねー。一般庶民の代表みたいなダーリンが、神泉の苗字を与えられて家に迎えられたとあれば。
神泉の同族婚は有名だし、後継者といわれる妃那さんと一緒に住んでるとなれば、公にどうこう言う前に、内々に婚約してるって、誰だって思うよ」
「神泉の苗字を与えられたって、妙な言い方すんなよ。単に母ちゃんが離婚して、旧姓に戻っただけの話なんだから」
圭介は丁寧に訂正しておく。
「でも、お母さんはともかく、ダーリンは『瀬名』のままでもよかったわけでしょ? 神泉側がダーリンを孫としていらないと思えば、親権はお父さんに押し付けて、神泉は名乗らせなかったと思うけど」
「う、そうか……」
長い間父親が不在だったせいで、父親の方に親権が行くなどとは露ほども思っていなかった。
しかし、あの神泉源蔵が一言『いらん』と言えば、親権はノシをつけて、父親に渡されていただろう。
その後の圭介の人生がどうなろうと知ったこっちゃない、と。
結局、孫として認められたということは、神泉家にとって圭介が有益になると見なされたからだ。
つまり、後継者として育てるという当初の目的があった。
そして、妃那が後継者となった今も、圭介は婚約者という立場で追い出されないでいる。
(もともと肉親の情とかと対極にある家だもんな……)
「ま、ウワサはどうあれ、二人が付き合っているのは真実なわけだし、姉さんもそれほどヤキモキする必要はないと思うよ。
圭介さん、藍田家の後継者になるんでしょ?」
彬が場の空気を変えるように言った。
「そのつもりではあるんだけど、正直、何をどう頑張っていいのやら、今の時点では……。
そもそも企業のトップに立つ資質って、何が要求されるんだ?」
「さあ、僕に聞かれても。企業とか経営とか興味ないし」と、彬は首を傾げる。
「いくら女系で継ぐ家だって言っても、一応自分の家の会社だろ? 将来はそこで働くんじゃないのか?」
「僕はそのつもりないよ。うち、神泉みたいな同族企業と違って完全能力主義。親族だからってコネ入社とかないし」
「え、マジで……?」
(今、さらっとハードル上げてくれなかったか?)
どうやら『桜子の婚約者』であっても、経営者のイスをポンと用意してくれるわけではないらしい。
それどころか、能力が足りなければ、入社すらできないのではないか。
藍田グループの傘下に入っている企業は『一流』と呼ばれる上場企業ばかり。
そのすべてを統括する『藍田ホールディングス』が、事実上『藍田グループ本社』と呼ばれている。
そこの代表取締役社長が『藍田グループ総帥』――桜子たちの父親の現在の役職だ。
高校生の圭介でも、傘下の企業すら入社するのが難しいことくらいは想像できる。
最低でも一流大学卒業が求められ、なおかつ高い競争倍率を勝ち抜かなければならない。
藍田ホールディングスはそのさらに上を行く。
(おれ、テッペン目指す前に、玄関でコケるんじゃねえ……?)
後継者候補が入社試験で落ちました、などと笑い話にもならない。
この現状で圭介が『トップに立つ資質』を問うこと自体、間違っているような気がしてきた。
次話もこの場面が続きます。
置き去りにした妃那が気になりますし……。




