9話 二人で目指す未来は決まった
圭介はただ、桜子からの最後の言葉を待っていた。
それは『ごめんね』なのか、『ありがとう』なのか。
それとも『これからは友達でいよう』なのか。
「圭介、もう1度確認してもいい?」
桜子が強い眼差しで圭介を見つめてくる。
圭介は目をそらしたくてたまらなかった。
「……確認って、何を?」
声がかすれて、うまく言葉になっていたかどうかも定かではない。
「あたしのこと、好き?」
圭介は乾いた笑いがもれていた。
「それって、いまさら確認することかよ……」
「だって、大事なことだもん」
「……ああ、そうだよ! おれはおまえが好きで、フラれても一生好きで、絶対忘れたりなんかできねえよ! これで満足か!?」
圭介はもう開き直るしかなく、吐き捨てるように怒鳴っていた。
「……どうして怒ってるの?」
きょとんとした顔で桜子に見つめられ、圭介の頭はぐらりと揺れた。
「大人げなくて悪かったな。そりゃ、最初からわかってたよ。おれがおまえんちを継げるような器じゃないってことくらい。
それでも、頑張ったらなんとかなるかもって、わずかな可能性にすがってきたってのに、おまえ、気づくの早過ぎんだよ。
……いや、付き合う前に気づけ! おれに変な期待、持たせやがって!」
完全に八つ当たりしている圭介に、桜子は困ったように目を瞬かせた。
「ええと、圭介? 話を元に戻した方がいいのかな? あたしが確認したかったのは、圭介にあたしのお婿さんになる意思があるかどうかだったんだけど」
「……は?」
「だから、告白した時、あたしは圭介以外何もいらないって言ったけど、いろいろ冷静に考えた結果、やっぱり圭介にはうちの後継者になってもらうしかないって思ったの」
「はあ……」と、いまいち話についていけない圭介は、返す言葉もすぐには見つからなかった。
「でも、うちの後継者って、荷が重いでしょ? 圭介がやっぱりイヤだって思い直してたりしたら、無理強いすることになるじゃない。
連絡も取れなかったし、この際、圭介がどう考えていようがお構いなく、強行突破しようと思ってたんだけど。
こうして会えたから、一応、最終確認をしておきたかったの」
「……桜子、つかぬ事を聞くけど、おまえのさっきまでの話は『おれのことが好き』という前提で話してたのか?」
「何をいまさら。そうじゃなかったら……あれ? 圭介、まさかあたしが別れ話してるとでも思って、怒ってたの?」
(そのまさか、だよ……)
今は桜子の話の意味を深く考える余裕もなく、圭介はただ疲れて脱力していた。
「寿命が半分くらい縮んだ……」
「ごめん。でも、圭介、あたしの気持ちを疑ってたってこと?」
「疑うとかじゃねえよ。おれに自信がねえんだから、しょうがねえだろ。
逢えない間はとにかく不安で、逢いに来てくれたこと知って、なんとか頑張ろうって思って、学校にも無理やり戻ってきたところだったのに。
やっとおまえに逢えるって期待してた矢先に、『話をしよう』なんて深刻に言われたら、とてもじゃねえけど、『いい話』なんて思えるほど、おれは楽観的にできてねえ」
「それはあたしも同じだったよ。圭介が『呪い』に負けて、あたしに関わらない人生の方が楽って思っちゃったらどうしようって。
いなくなったことを心配するより、その方が不安で怖かったの。だから、むちゃくちゃなこともしちゃったんだけど……」
先程までの緊張と不安がまだ身体の中に残っているのか、指先が冷たく、しびれたようになっている。
その指を伸ばして、桜子の手をぎゅっと握りしめた。
桜子の細い指が自分の指に絡みついて、温もりを分けてくれる。
徐々に強張った身体もゆるんで、圭介は大きなため息とともに桜子を引き寄せた。
桜子の身体は何の抵抗もなく、圭介の胸の中にすっぽりと納まった。
初めてかいだ時と同じシャンプーの甘い香りがする。
「まったく、変な話の持っていき方、すんなよ。
おれはおまえとの将来を考えたら、後継者になるのは当然だって思ってたし、おまえが家を出ることなんて、1度も考えたことねえよ。
神泉家に行ったのだって、元はといえば、おまえの家に釣り合う家柄がほしかっただけだし。
……おかげでややこしいことに巻き込まれたのは確かだけど」
そこまできて、圭介もようやく頭が冷えた。
トラブルの連続で当初の目的が薄れ、神泉の家から逃げれば、桜子の家が何とかしてくれるような気がしていた。
それは自分の中にあった甘えでしかなかった。
将来何の保証もない、ただの高校生が『恋人』の権力をかさに着て、藍田グループの後継者などと名乗る。
それは、中身のない空っぽの『裸の王様』。
誰も認めたりしないどころか、圭介自身、恥ずかしいことこの上ない。
桜子と付き合いたいと思った時、家を継ぐ彼女の相手としてふさわしい男になるために、努力は惜しまないと決めた。
付き合うことになった時も、桜子が何一つ失うものがないように、自分の方が高みを目指すことを宣言した。
桜子が婿をもらうとはっきり決意をした今、圭介もこの目標だけは絶対に譲れないものになったのだ。
これからはその一つの目標だけを目指して、前進あるのみ――。
「あたしの話は終わったから、次は圭介の番ね。『積もる話』、全部聞かせて」
圭介は母親が警察に捕まったことに始まって、神泉家の現状、妃那のこと、すべてを話した。
「――そういうわけで、おれとしては妃那との婚約を阻止するように頑張ってたつもりなんだけど……」
「思ってたより時間もあるし、事態も複雑じゃなくてよかったわ」
楽観的な桜子に、圭介の頭はがくっと下がった。
「どこがだよ……?」
「だって、圭介が神泉の後継者になってる方が、大変だったもん。
後継者の代わりを探すのは簡単なことじゃないと思うし、神泉家の人だって、圭介を簡単には手放さないでしょ?
でも、妃那さんが後継者なら、家や会社の存続には支障がないから、あとは妃那さんが誰と結婚するかの問題だけじゃない」
「それだって、おれ以上の候補を見つけるのは、至難の業だと思うけど」
「神泉家としては血の濃さからいったら、圭介が最高の相手かもしれないけど、圭介じゃなくちゃいけない理由もないでしょ?
圭介がダメでも妃那さんが一生独身とは思えないし、最終的には親戚の中の誰かと結婚することになるんだから」
「まあな。そもそも妃那自体の血が濃いから、相手は誰だっていいわけなんだけど。
なんていうか……タマゴからかえったヒナよろしく、おれにまとわりついてるのを何とかしなくちゃならないのが、大変なんだよ」
「そう悲観的に考えることないよ。時間があるって言ったでしょ? 妃那さんがこの学校に来たおかげで、いろいろ打てる手はあると思うし」
「確かに……」
ここには桜子の他に、頼りになる薫子もいる。
圭介一人ではどうしようもないことも、助けがあればなんとかなるかもしれないと思えた。
「あたしだって、無理やり圭介を奪うようなマネするのは本意じゃないから、できればみんなが納得する形で話をまとめて、みんなに祝福されたいよ。
その方法をこれから二人で探していこう」
桜子の余裕が圭介にも力を分けてくれる。
桜子が意思強く、圭介との未来を手に入れようとしてくれる限り、何でもできるような気がしてきた。
「そうだな」と、圭介は笑顔でうなずいていた。
「よし! そうと決まったら、教室に戻ろう!」
意気揚々と立ち上がる桜子に続いて、圭介も屋上を出た。
次話、桜子と妃那の初対面です。




