6話 最底辺のどん底から、カーストトップ?
圭介視点です。
毎日歩いて登っていた青蘭学園までの急坂も、車ならあっという間に上って行ってしまう。
圭介は頬杖をつきながら窓の外を眺めていた。
(桜子たち、歩いてねえかな)
しかし、すでに登校してしまったのか、それとも早過ぎたのか、学校に到着するまでに姿を見ることはできなかった。
学校に着いたら、まず校長室に行くように言われていたので、不案内な妃那を連れながらそこに向かう。
といっても、圭介も場所は知っているが、校長室に入るのは初めてだ。
学校の内装、外観と同じく、校長室も豪華絢爛。
高校に必要あるのかと思うようなデカい壺や、よくわからない金の彫刻などが並んでいる。
『成金趣味』という言葉が、圭介の頭に思い浮かんだ。
勧められたソファに座ると、向かいにいたのは入学式の時に檀上であいさつをしていた恰幅のいい白髪の老人――青蘭学園高等部の校長だった。
そして、その脇に立っているひょろ高い五十代の男が教頭。
「神泉家の方には昔からお世話になっていて、再びこの学園にご子息、ご令嬢をお迎えできてうれしいですよ。今後とも神泉会長並びにお父上の神泉社長によろしくお伝えください」
校長が妃那に向かって愛想よく言う。
一方、妃那はというと、言葉の内容などどうでもよさそうに、校長と教頭の顔を興味深そうにかわるがわる眺めている。
「圭介くんは1学期に引き続き、A組でいいかな?」と、教頭に聞かれる。
「はい、もちろんです」
「お二人は親戚同士ということなので、妃那さんにはC組に入ってもらおうと思っていますが――」
「圭介と同じクラスにしてください」
ずっと黙っていた妃那が教頭の言葉をさえぎって、きっぱりと言う。
「そうなると、A組の定員がオーバーしてしまうので……」と、教頭は困り顔だ。
「席が足りないのなら、イスだけあれば結構です。もともと勉強するつもりで来ているわけではないので」
(入学する人間がそれを宣言するのは、どうかと思うぞ!?)
「おい、妃那、わがまま言うなよ。クラスが別だっていいだろ?」と、圭介は慌てて言った。
ところが、頑として譲らない妃那を前に、『生徒はお客様』をモットーにしている学園側は、あっさり折れた。
「まあ、そう強く希望されるのなら、一緒のクラスということで」
(おい、いいのかよ!?)
改めてこの学校はおかしいと圭介は思ってしまった。
どうりで貴頼の思惑通り、圭介や桜子の入学が簡単に決まったわけだ。
おそらく寄付金次第で、なんとでもなる学校らしい。
その後、A組担任の加藤を紹介されたが、圭介を見た彼は複雑そうだった。
圭介がどういう経緯で青蘭に通っていたのか知らなかった加藤は、圭介を取るに足らない者と判断して、イジメにあっているのを黙認していた。
それがいきなり両親の離婚で『神泉』を名乗ったせいで、どう扱っていいのか困るのだろう。
青蘭学園の生徒は確かに上流階級の子息たちだが、教師は一般庶民なのだ。
給料はいいらしいが、生徒に嫌われれば即クビという、過酷な労働条件で仕事をしている。
おかげで、生徒の顔色ばかり見る教師がほとんどだ。
『触らぬ神に祟りなし』よろしく、加藤は圭介と妃那を教室に連れて行く間、ほとんど言葉を発しなかった。
時間はちょうどホームルーム。
1学期の間、毎日通っていた教室に案内されて中に入るのは、圭介もまた複雑な気分だった。
しかし、この戸を開ければ、その向こうに桜子がいると思うと、やはり心が躍ってくる。
「みんな、すでに知っての通り、神泉圭介くんはお母様の姓に変わって、またこのクラスに戻ってくることになった。みんな、これからも仲良くするように」
担任の紹介にクラスメートたちが驚くのは、予想に反しなかった。
貧乏人とさげすんでイジメ、無視していた圭介が夏休みをはさんで、一気にカーストのトップに躍り出てしまったのだ。
神泉家の会社の規模、財力、歴史、どれをとっても、それに匹敵する生徒はこのクラスには桜子くらいしかいない。
よく知っている顔ぶれの前に立って、真っ先に桜子の席を見たのだが、別の生徒がそこに座っていた。
2学期になって席替えをしたことにすぐに気づいたが、クラスのどこを見ても桜子の姿はなかった。
(……なんで? 遅刻か?)
教室に入ってすぐにでも再会できると思っていた圭介は、落胆を隠せなかった。
「それから、妃那さんは病気療養のため、長いこと学校に通うのが困難だったのだが、ようやく回復して、この2学期からこの学園に通うことになった。よかったら、自己紹介を」
妃那の美少女ぶりに男子たちの目が輝くのが、手に取るようにわかる。
ひそやかに交わされる内緒話も、おおよそ見当がつく。
「神泉妃那です。よろしくお願いします」
妃那がきちんとあいさつができるのか、圭介は多少なりとも心配していたのだが、彼女はそれなりの愛想を浮かべて言ってくれた。
(完全無表情じゃなくてよかった……)
「じゃあ、席は空いている後ろの席でいいかな?」
加藤に言われてその視線を追うと、1番後ろに二つの空席があった。
その列だけ1席多く、どう見ても無理やり入れたのがわかる。
「圭介、隣の席でよかったわね」と、妃那はうれしそうに圭介に笑いかける。
後ろの空席が圭介たちの席ということは、真ん中、窓側寄りの空席が桜子のものなのだろう。
1学期と違ってずいぶん離れた席になってしまったと、圭介はやはりがっかりしてしまった。
簡単なホームルームが終わって1時限目の授業を待つ間、圭介は前の席に座る女子の背中をつついた。
彼女は桜子の取り巻きの一人だ。
「なあ、今日、桜子はどうしたんだ?」
彼女はビクリとしたように身体を震わせて、貼り付けたような笑顔で圭介を振り返った。
「桜子さん、昨日の朝、気分が悪いって早退して。今日もお休みみたい」
「気分が悪いって、カゼか何か?」
「……さあ。それより、瀬名くん……じゃなかった、神泉くん? あの、本当にシンセン製薬の『神泉』なの?」
「一応……。ジイさんが会長やってんだよ」
「ねえねえ、もしかして、桜子さんってそのことを知っていたの? それで仲が良かったの?」
だったら納得できると言わんばかりの言い方に、圭介はあきれてしまった。
「あいつが知るわけねえだろ。だいたい、おれだって母親の実家が神泉だってこと、この夏に知ったばっかなんだから」
「あ、そう……? あ、でも、実家に戻ったってことは、やっぱり家を継いだりするの?」
「おれは継がねえよ。後継ぎはこっち」と、圭介は隣の妃那を親指で指した。
「え、じゃあ――」と、彼女が変に目をきらめかせた時、教室のドアが大きな音を立てて開いた。
「ダーリン!」
教室中が何事かとドア口を振り返る中、圭介もまたその聞き覚えのある声に顔を上げた。
そこに現われたのは、薫子だった。
次話、この場面が続きます。
伊豆の旅行以来の薫子との再会です。




