4話 圭介、子守中
妃那の作ったスケジュール通り、スカイツリーに上って東京の景色を眺めた後は、ラーメン屋で昼食。
午後は博物館に行って、恐竜の骨を見た。
妃那の知識はダテではなく、どこに行ってもガイド顔負けに、こまごまとしたウンチクを語ってくれるので、圭介もなかなか楽しい時間を過ごしていた。
その後、渋谷の街を2時間散策するというので車で向かう。
スケジュール表によると、どこを歩くかまで決まっているらしい。
まずはクレープ屋。
ところが、妃那は店の前に貼られたメニューを見て、ずいぶん長いこと考え込んでいる。
当然、食べるものも先に決めてあると思っていたので、少々意外だ。
「何、悩んでんだよ?」
「他の人が食べているのを見たら、思っていたより大きいと思って……」
ふと妃那を見ると、顔色が悪い。
そういえばと、圭介は昼にラーメンを食べた時のことを思い出した。
妃那は目当てのラーメンをさっさと注文して、「おいしい」と言って食べ始めたものの、そのペースはどんどん落ちて、圭介が食べ終わってもまだ半分以上残していた。
腹いっぱいなら残せばいいものの、店の人に悪いからと、のろのろながらも全部食べ切ったのだ。
それが3時間ほど前の話。
そんな腹具合で、ボリュームたっぷりのクレープを食べることに、ためらいを覚えても仕方がない。
家にこもってばかりで、運動らしい運動をしてこなかった妃那は、もともと食が細いのかもしれない。
「今日はあきらめて、別の時に来ればいいだろ?」
「でも、ここで30分、時間を使うつもりだったのに、食べなかったら、この後の予定が全部崩れてしまうわ」
圭介からすると30分くらいどこでもつぶせると思うのだが、妃那はかすかに恐怖の入り混じった表情を浮かべていた。
(予定にないことをするのは、不安なのか?)
「わかった。少しくらいは食えるんだろ? 残ったらおれが食ってやるから、好きなもの注文しろよ」
「圭介は食べられるの?」
妃那は驚いた顔で圭介を見上げる。
「当たり前だろ。昼にラーメン一杯食べたくらいで腹いっぱいになるか」
「本当? ちょっと待っていてちょうだい」
妃那はうれしそうに笑って、いそいそとワゴンの前に立って注文をしていた。
作っている間も、妃那はワゴンにへばりついて中を興味津々に見つめ、出来上がったクレープを受け取って満足そうに圭介を振り返った。
「圭介、見ていた? すごい早業だったわ。ぱぱっと一枚焼いて、果物を乗せて、アイスをポンっと乗せて、最後に生クリームとキャラメルソースをたっぷり。くるくるっと巻いて、あっという間だったわ」
妃那は作るところが見たかったのか、食べたかったのか、どちらかわからないほど喜んでいる。
しかも、大声で騒ぐおかげで、店員がこっそり笑っている。
圭介はこれ以上恥をかかないように、妃那を引きずっていって、ベンチに座らせた。
昼にラーメンを食べた時同様、妃那はポーチの中から前掛けを出して、圭介に差し出してくる。
最初はなんだかよくわからなかったが、着物が汚れないように、妃那は食べる時に前掛けをするらしい。
しかも、かけてやるのは圭介なのだ。
それが子供のよだれかけのようで、圭介は思わず笑ってしまう。
「早く食えよ。アイス入ってるんだろ? 溶けちまうぞ」
「ええ……」
先程までの元気さは急にしぼんでしまったかのように、クレープを前に妃那は固まっている。
ようやく一口かじったかと思うと、ゆっくり反芻して、ごくりと飲み込み、そして、圭介に差し出してきた。
「もういらないのか?」
「ええ、充分食べたわ」
(……て、一口だけだろ)
「やっぱ、おまえ、気分悪いんじゃないのか?」
「全然平気よ。お昼に食べ過ぎたみたい。思ったよりお腹が空いていないみたいで……。圭介、食べて」
圭介はクレープを妃那から受け取り、ほとんど手のついていないそれを、妃那の代わりに食べた。
久しぶりに食べたクレープはおいしいと思ったが、残暑の厳しい今日みたいな夏の日は、甘ったるいクリームのアイスより、さっぱりしたかき氷の方がいい。
ベンチもあいにく日陰にはなっていないし、座っているだけで汗が噴き出てくる。
ここのところ、冷房の効いた家の中にばかりいたし、外に出たといっても、車の中も博物館も冷房が効いていた。
おかげで、今さらながら外の暑さが身にこたえる。
「まだまだ日差しが強いな。妃那、着物なんか着て、暑くないのか?」
しばらくたっても返事がないので、食べ終わった紙を丸めながら隣の妃那を見ると、ぐったりしたようにベンチに寄りかかっていた。
「おい、妃那!? 大丈夫か!? 暑さにやられたのか!?」
「これくらい平気よ……あと8分はここにいないと……」
妃那は苦しそうに頬を赤く染めて、うわ言のように答える。
「アホか、おまえは! とにかく涼しいところに行くぞ!」
妃那をおぶろうとすると、必死で抵抗された。
「ダメよ……!」
「んなこと言ってる場合か! 予定なんて、どうにでもなる」
「……そうではなくて、お腹を圧迫したら、吐いてしまいそう……」
この暑さの上、帯がきつくて、昼に食べた物も消化できていないのかもしれない。
圭介は慌てて前掛けを取ると、帯を緩めようとした。
――が、着物の着付けなど知らない圭介は、どこをどうやって引っ張ったら帯がゆるむのかもわからない。
「おい、妃那、どうやって帯をゆるめるんだ?」
「……無理。全部ばらけてしまうわ……」
いったいどうすればいいのか、途方に暮れる。
二人ともスマホを持っていないし、渋谷駅に運転手が迎えに来るまで、あと1時間以上ある。
「ちょっとの間、ガマンしろ。最悪、吐いてもかまわないからな」
圭介は言い置いて、ぐったりしている妃那を抱き上げた。
とにかく冷房の効いた場所、着物を脱げる場所を探すしかない。
(なんで、こんなことになったー!?)
次も何気に大変な思いをしている圭介の話が続きます。




