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【本編完結】監視対象のお嬢様にうっかり恋をしたら、高嶺の花すぎた――けど、あきらめたくないので、テッペン目指そうと思います。  作者: 糀野アオ@『落ち毒』発売中
第4章-1 ロミジュリ展開、お断りします。~子育て編~

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3話 金持ちと天才の考えることはわからない

圭介視点です。

 朝から妃那とひと悶着(もんちゃく)あって、圭介はすでに疲れているような気がした。

 とはいえ、一緒に出かける約束をしたので、朝食の後は部屋に戻って着替えを始めた。


 コンコンとドアがノックされ、執事の藤原が部屋に入ってくる。


「……おれ、出かけていいんですよね?」


 相変わらずの藤原の無表情を見て、『出かける許可は下りておりません』と、言われるのではないかと身構えた。


「ええ、もちろんです。妃那様が圭介様を大変お気に召したこと、大旦那様も旦那様もたいそうお喜びで。本日の記念すべき初デートを楽しんでいらっしゃるように、との言付けです」


「……はあ、それはありがとうございます」


 別にデートじゃないんだけど、と突っ込むのはやめておいた。


(ていうか、朝食の時に顔合わせてるんだから、直接言えばいいだろうが)


 相変わらず会話のない食卓なのだ。


 ともあれ、どんな理由であっても、この軟禁生活から解放されて、ようやく外に出られる。

 変な茶々を入れて、中止などということにはしたくない。


「お出かけになるにあたり、おこずかいを用意させていただきました。こちらをお持ちください。

 カードと現金が少々入っております。カードの暗証番号はこちらに」


 藤原の差し出すトレイの上には、二つ折りの黒い革財布が乗っていた。


(そういや、おれ、出かけるとか言って、金持ってなかったっけ)


 バイトに出る時に持っていた自分の財布には、小銭くらいしか入っていない。


 圭介はありがたく受け取って、中を確かめてみた。


(……う、なんか『少々』どころじゃない札が入ってねえか?)


 ざっと見たところで、10枚以上の万札が入っている。


「……ちなみにカードって、いくらまで使っていいんですか?」


「大旦那様は特にはおっしゃっておられませんでしたが、限度額はないので、ご自由にお使いになられてよいと思います。

 あまり大きなお買い物をする時は、大旦那様に事前にご相談した方が良いとは思いますが」


「大きな買い物って、例えば?」


「マンションとかクルーザーとか、といったところでしょうか」


 とにかく数千万円単位のものでなければ、何でも買っていいということだ。


(……んなもん、高校生が買うか! 金持ちの感覚は全然わからねえ!)


 圭介はこの財布の重みに負けてひっくり返りそうだった。

 それより、こんな大金を持ち歩いたことがないので、財布をなくす方が恐ろしい。


「圭介様、神泉家の男児たるもの、デートで女性に支払わせるようなことはなさいませんように」


「……それはこの家のしきたりのようなものなんですか?」


「教育の一環となっております」


「はあ……」と、気の抜けた返事しか出せなかった。


(金持ちなのに、ケチって思われないようにするためか?)


「では、失礼いたします」と、用事のすんだ藤原が出ていくのと入れ違いに、妃那がドアの陰からひょっこりと顔をのぞかせた。


「圭介、支度はできたかしら?」


 妃那が涼し気な白の着物をまとっているのを見て、少なからず驚いた。


「おまえ、着物で出かけるのか? もしかして、正装しなくちゃならんとこに行くとか?」


「そういうわけではないけれど。わたし、和装しか持っていないの。お兄様が好きだったから。圭介は洋服の方が好き?」


 妃那は袖を広げてやはりクルリと一回転して見せる。


 人形のような切れ長の目をした和風な顔立ちに長いストレートの髪は、確かに着物の方が似合いそうだった。


「まあ、どっちでもいいんじゃねえ? おまえの好きな方で」


「圭介が好きな方を聞いているのよ」


「服なんて、自分の着たいものを着りゃいいだろ。金に困ってるわけでもあるまいし」


 妃那は困ったように圭介をじっと見つめている。


(……こいつ、人形だったこと忘れてた)


 着せ替え人形よろしく、着るものでさえ、自分で決めたことがないらしい。


「ま、ともかく、出かけるんだろ? どこ行くんだ?」


 妃那は気を取り直したように懐から1枚の紙を取り出して、圭介に突き付けた。


「今日のスケジュールを作ってみたの。圭介はこれでいいかしら?」


 紙に細かい字で書かれた内容を見て、圭介はぐらりと倒れそうになった。


 行く場所はともかく、時間まで細かく書かれている。


「おい、なんで全部分刻みなんだよ? 12時8分に『麺屋さがみ』って、こんなの12時でいいじゃねえか」


「でも、スカイツリーからの距離と、この時間の車の渋滞状況を合わせて計算すると、12時には到着できないもの」


「けど、途中でアクシデントがあって、時間がずれる場合だってあるだろうが」


「本日の天候状況、イベント情報、過去の事故記録等、すべて加味した上で作成したスケジュールなのよ。完遂(かんすい)できない可能性は5パーセント以下と計算されているわ」


 どうやってその5パーセントが算出されるのか。

 聞きたいところだったが、難しい話になりそうだったのでやめておいた。


「けどさあ、このラーメン屋、人気の行列店だろ? 最低でも1時間は待ち時間があるのに、12時18分に食事って、普通に無理じゃねえ?」


「お店にお願いして、12時から1時まで貸し切りにしてもらったわ。メニューを選んで、作る時間を聞いたら、およそ10分くらいとのこと。食べる時間は平均20分だそうよ」


「……あ、そう。てか、ラーメン屋、貸し切りにすんなよ。そういう店じゃねえだろ」


「でも、1時間も待っていたら、時間がもったいないじゃない」


「いやいやいや、そこまで並んででも食べたいっていうのが、人気ラーメン店の醍醐味(だいごみ)……て、その前になんでラーメン屋なんだよ?」


「いろいろな人がブログを書いていて、ラーメンというのはとてもおいしいもので、国民的な食事だと言っていたわ。うちのシェフは作ったことなかったので、ぜひ食べてみたいと思って」


「わかった……。まあ、せっかくスケジュールを作ったんだから、この通りに行くか」


 妃那はうれしそうに笑って圭介の手を取ると、引きずっていった。


 玄関にはピカピカに磨かれた黒いロールスロイスが、デンと停まっていた。

 白い手袋つけた運転手らしき初老の男が、うやうやしく後部ドアを開けてくれる。


 圭介は妃那と並んで乗り込み、10時ちょうどに神泉家を出発した。




「ねえねえ、圭介。わたし、車に乗るのが初めてなのよ。思ったよりずっと速いのね。乗り心地もいいし、静かだわ。あ! これで窓の開け閉めができるのね。すごい、動いたわ!」


 妃那はふかふかのシートの上で跳ね、パワーウィンドーのボタンを押して、窓を開けたり閉めたりと大興奮だった。


「圭介、高層ビルって、本当に本当に高いのね。てっぺんが見えないわ」


「あ、パトカーが走っているわ! ランプをつけているから、近くで事件があったのかしら?」


 妃那はそんな調子で窓の外をのぞいては、何かを見つけて、うれしそうに圭介を振り返っていた。


(ほんと、子供みたいだな……)


 圭介からすれば、別に驚くものは一つもなく、どちらかと言えば、見慣れたものだ。

 しかし、テレビやネットでしか見たことのなかった妃那にとっては、すべてが新鮮なのだろう。


(まあ、二次元だけで満足できるなら、誰もわざわざ旅行したりしないもんな)


 知識はあっても、妃那に圧倒的に足りないものは経験だ。


 こうして外に出るようになれば、天才だけあって、その経験も常人よりずっと早く自分のものにしていくのだろう。

 12年の遅れもあっという間に取り戻して、()()の15歳の少女になる日も遠くないのかもしれない。


 娘を見守る父親のような気分で、圭介は妃那がはしゃいでいるのを微笑ましく見ていた。

次話も圭介と妃那のデート(?)は続きます。

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