21話 圭介はどこ?
前話に引き続き、桜子視点です。
お風呂上がりに髪を拭きながら、桜子は薫子の部屋を訪れた。
炎天下を駆け回って汗まみれになった身体をシャワーで洗い流し、ようやくすっきりしたところだ。
薫子の部屋は相変わらず女の子にしては、殺風景な部屋だと思う。
緑色や赤のポップな色調でまとめられた部屋だが、飾り物はないし、勉強机にはパソコン、本棚には学校の教科書が並んでいるだけ。
どこかのオフィスの様にも見える。
「薫子、どう? 何かわかった?」
声をかけると、パソコンの前に座っていた薫子が戸口の桜子を振り返った。
「うーん、まあ、一応?」と、薫子の顔はいまいち浮かなかった。
杜村家と神泉家を訪ねた後、桜子は家に帰ってきて、圭介の親戚が他にいないか、薫子に頼んで調べてもらっていた。
薫子はブログをやっていて、かなりのフォロワー数がいる。
おかげでSNSで呼びかけると、いろいろな情報が入ってくるらしい。
「それで?」
桜子はベッドに座って、薫子の報告を待った。
「今のところ入ってきてる情報だと、都内には杜村にも神泉にもつながる親戚はいないみたい。近いところで、埼玉、千葉、神奈川ってとこかな」
「そっか」
「ダーリンが都内にいるって言ったのを信じるとすると、やっぱり神泉家にいるんじゃない?」
「やっぱりそうだよね」
貴頼の家に行った後、その足で神泉家を訪ねたのだが、インターホンで「そのような方はこちらにはおりませんが」と返された。
「あの時、返答に一瞬、間があったもん。絶対怪しいよ」
「つまり、向こうはダーリンの存在を隠しておきたいわけで、問題はそれがなぜなのかってことなんだけど――」
薫子が難しい顔で口をつぐむのを見て、桜子は嫌な予感がした。
「思い当たることでもあるの?」
ゴクリと息を飲んで、薫子に聞いた。
「先に言っておくけど、神泉家って秘密主義だからね。情報統制しているから、表に出てくるものが本当かどうかはわからないよ」
「それはあたしも知ってるよ」
神泉家は歴史ある名家で、昔から政治家とのつながりも深い。会社の経営陣もほとんど血縁でそろっている同族企業。
会社の業績はともかく、特に創業者一族の個人的な話は、一切メディアには出てこない。
せいぜい人伝に聞く『ウワサ』程度だ。
その辺り、情報開示をモットーにしている藍田家とは違う。
「で、まだ事実確認中なんだけど、ちょっと気になる情報が入ってきてね。
もしかしたら、ダーリン、面倒くさいことに巻き込まれてるかも」
「どういうこと?」
「この3月にシンセン製薬の社長の息子が事故死してるの」
「事故死って? 交通事故とか?」
「ううん、自宅で転落死。階段で足を滑らせたとか、ベランダの手すりが壊れていて落ちたとか、原因は今のところはっきりしないんだけど」
「それが圭介とどう関係あるの?」
「その亡くなった人って、シンセンの次期社長だよ? どういう経緯でダーリンが神泉家に行ったのかはわからないけど、このタイミングで実家に戻ったってことは、ダーリン、今頃後継者になってるかも」
「ちょーっと待って!」と、桜子は手を上げて遮った。
「神泉って、同族婚で有名な家でしょ!? 後継者になんかになったら、あたしと結婚どころか、付き合うことだって許されないじゃない!」
「そう。そうなると、ヨリくんの言ってたことは、ハッタリでもなんでもなく、本当にダーリンは桜ちゃんの手の届かないところに行っちゃうことになるわけ」
「冗談じゃないわ! やっと恋人同士になれたのに、どうして神泉なんかに盗られなくちゃならないのよ!?」
「まあ、それだけヨリくんの方が上手だったってことで。あたしももうちょっと早く調べていれば、何か手を打てたかもしれないけど。こうなったからには、遅すぎたね」
「薫子、何をノンキなこと言ってんのよ!? このままあきらめろって言うの!? あたしは絶対嫌だからね!」
「まあまあ、桜ちゃん」と、薫子はなだめるように手をひらひらさせた。
「このあたしがヨリくんごときにコケにされて黙ってると思う? これまで『呪い』なんかで、桜ちゃんを悩ませてきた分も含めて、倍にして返してあげるよ」
薫子の顔がいつもの無邪気な顔から、あくどい顔に変貌している。
自分のためとはわかっていながらも、桜子は薫子にかすかな恐怖を感じてしまった。
「……薫子、危ないことはなしだよ?」
「もちろん。ダーリンを奪還すべく、あたしがちゃーんと策を講じてあげるから、桜ちゃんは大船に乗ったつもりでいてね」
薫子はそう言って、いつものかわいらしい笑顔を向けてきた。
「う、うん……」
その策とやらがどういうものなのかは想像もつかないが、とりあえず薫子に任せておくしかない。
現状、桜子にできることはないのだ。
次話、桜子が圭介に会いにやってくる?




