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【本編完結】監視対象のお嬢様にうっかり恋をしたら、高嶺の花すぎた――けど、あきらめたくないので、テッペン目指そうと思います。  作者: 糀野アオ@『落ち毒』発売中
第3章 『呪い』は全力で回避します。

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19話 呪いの次は祟りか

圭介視点です。

 圭介は食欲がないと言って、夕食を辞退した。


 実際、腹が減っていないわけではないのだが、自分の命が狙われている可能性がある中で、出された食事にウカウカと手を付けることもできない。

 そんなことを考えると、やはり空腹は感じても食欲は出てこないものだ。


 ソファに転がって、観るともなしにテレビの音だけ聞いていると、ノックの音が聞こえた。


 返事をしてドアを振り返ると、母親が入ってくるところだった。


「どうしたの? 雪乃が言ってたんだけど、体調がよくないんだって?」


 どうやら母親は心配して来たらしい。


 小さい頃から病気らしい病気をしてこなかったので、『体調がよくない』というのは、母親からしたらかなりの一大事なのかもしれない。


「別に大したことねえよ。こっちに来て、食っちゃ寝ばっかしてたから、胃の調子が良くないのかも」

「あんまりひどいようなら、お医者さんを呼んでもらうから、無理しないでよ」

「わかった」


 昼間の鉢植えの件は、母親には言えなかった。


 心配させたくないというものあるし、正直、本当に狙われているのかどうかもわからない。

 母親がこのことを知ったら、大騒ぎになるのではないかと思ったのだ。


「こんな時になんだけど、今日、正式に離婚届が受理されたの。籍も『神泉』に戻ったわ」


 母親が自嘲気(じちょうげ)に笑うのを、圭介は複雑な思いで見つめた。


 母親が源蔵と仲直りができればいいと思っていた。

 しかし、それが簡単にいかない現状、母親にしてみれば、元の姓に戻って、帰りたくなかった実家の世話になるという、不本意な結末となってしまった。


「ごめん。おれが考えなしだったから、母ちゃんまで巻き込んで……」


「あたしのことはいいのよ。離婚届に判を押した時、なんだか気持ちに区切りがついたから。

 ま、こうなったからには、好き放題やらせてもらうわよ。今までカツカツで生活してきた分、贅沢しまくって、若いツバメでも見つけてやるわ」


「母ちゃん……」


 どこまで本気で言っているのかはわからないが、それでも母親がそういう生活をこれから楽しんでいけたらいい、圭介は心底そう思った。




 その夜、圭介は空腹と押し寄せる不安になかなか寝付くことができず、眠りも浅かった。


 朝になって雪乃に起こされた時も、嫌な夢にうなされているところだった。

 目を覚ましてみれば、内容は覚えていないのだが、動悸(どうき)が激しく、息が苦しかった。


「大丈夫ですか、圭介様?」


 雪乃はいつものようにやさしく声をかけてくる。

 しかし、昨日の1件を知っている雪乃は、どこか気づかわし気に見えた。


「とりあえず」と、圭介は返事をしておく。


「胃の調子が良くないとのことでしたので、今朝はお粥を用意してまいりました。召し上がられますか?」


 腹は減っているし、このまま何も口にしなかったら、それこそ飢え死にしてしまいそうだ。

 しかし、毒でも入っているかと思うと、雪乃の差し出す湯気の立つ粥の茶碗に、簡単には手を伸ばせない。


 そんな圭介の様子を雪乃は束の間、黙ったまま見つめていたが、やがて彼女はレンゲを取ると、粥を一さじすくって自分の口に入れた。


 それを飲み下してから、雪乃は安心させるように微笑む。


「こちらのお粥は、とてもおいしいのですよ。いいお米を天然の湧水(わきみず)で炊いているんです。圭介様も一口召し上がってくださいませ」


 圭介の不安が雪乃にはわかっていたのだろう。

 この粥に毒が入っていないことを雪乃自身が毒見することでそれを証明してくれた。


 圭介は差し出される茶碗を素直に受け取ったが、別の意味でまた気分が重くなるのを感じた。


「本当に毒でも入ってたら、雪乃さん、今頃死んじゃってたんですよ……?」


「私のことなど気にしてはいけません。圭介様が健やかにここで暮らすことができるようにするのが、私の仕事ですから。

 これからは圭介様のお食事の管理は、私が責任をもって致しますし、こうして目の前で味見をして差し上げますから、どうか安心してお召し上がりください」


 圭介はうなずいて粥を口に運んだ。


 雪乃の言う通り、いい匂いがして甘い米の味が口いっぱいに広がり、空腹にしみわたる。

 同時に気持ちも少し軽くなるようだった。


「雪乃さん、僕の身を案じてくれるのなら、昨日の鉢植えの持ち主、教えてくれませんか?」


 圭介は食べる手を止めて、ベッドの脇に立つ雪乃を見上げると、彼女の表情は昨日と同様、青ざめたものに変わっていた。


「あの鉢植えは……私の部屋にあったものです」

「雪乃さんのものだったんですか?」


 まさか、このやさしくしてくれる雪乃が、自分を狙ったなどと思いたくなかった。

 しかし、圭介のために毒見までしてくれる彼女が、そんな風に自分を狙うとも思えない。


「その……正確には葵様のものだったのです」

「葵って、ここの長男だった……?」


「はい。葵様が亡くなって、大旦那様に葵様のものをすべて処分するように言われたのですが、あのクラウンブルーの鉢植えだけは、捨てられなくて……。私が以来、世話をしてきたのです」


「まあ、花に罪はないっていうから……」


「もともとこのお部屋は葵様の部屋で、昨日圭介様がいらっしゃった場所は、葵様が亡くなった場所で……」


 雪乃が身を震わせるのを見て、圭介もまたゾクッと背筋が寒くなった。


 葵は身投げして死んだと聞いたが、まさか、この部屋のバルコニーから飛び降りたとは思ってもみなかった。

 高級ホテルのような部屋が、急に薄気味の悪いものに感じられてたまらない。


「僕はどうしてこの部屋に……?」


「それは大旦那様のお言いつけで。もともとこの部屋は、代々後継者になられる方が使っているのです。

 智之様も結婚されるまでは、こちらを使われていたのですよ」


 この部屋を使わせるという時点で、源蔵が圭介を後継者にするという明確な意思があったわけだ。

 つまり、圭介が最有力候補、ということになる。


 後継者の資格をはく奪された葵からすれば、圭介の存在は呪い殺したくて仕方がないものなのかもしれない。


(おれ、葵に祟られてるのか……?)


「……葵って、どんな人だったんですか?」


「そうですね……葵様は大旦那様や旦那様の期待に応えようと、いつもお勉強熱心で、真面目な方でした。どこにも出かけられない妃那様を気遣って、ご自分もあまりお出かけにならず、時間があれば妃那様と一緒に過ごされる、やさしい方でもありました」


 雪乃の話を聞くと、葵にとってこの家と妹がすべてだったような気がする。

 そんな彼が血がつながっていないという理由で、手のひらを返したように祖父や父親に背を向けられた。

 それはつまり、人生そのものを奪われたと同じ。死ぬこと以外、どうやっても選択肢がなかったのか。


「葵はやっぱりこの家を恨んで死んでいったんでしょうか……?」

「私にはなんとも……」


 使用人である雪乃が明言できる(たぐい)の質問ではないのだろう。

 それは仕方がない。


「すみません、変なことを聞きました」


 雪乃は圭介が食事を終えてから部屋を出ていった。


(おいおい、冗談やめてくれよ! おれ、葵に呪い殺されんのか!?)


 そんな非現実な話は、信じるわけにはいかない。

 誰かが雪乃の部屋から葵の鉢植えを持ち出して、彼の仕業に見せかけて圭介を殺そうとしただけのこと。

 頭ではわかっていても、この先祖が地下に眠る家とこの部屋の不気味な空気に飲み込まれて、気が変になりそうだ。


 雪乃と入れ違いに藤原が部屋にやってきて、体調が良ければ、今日からでも勉強を始めると伝えられた。

 この部屋に一人こもっていても余計に鬱屈(うっくつ)としそうなので、気分転換にもちょうどよかった。

次話、薫子からすべてを聞いた桜子が行動を起こします。

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