18話 お通夜とか言わないで
桜子視点です。
桜子の何度目かの重苦しいため息が、楽しいはずの家族の食卓に響き渡った。
母親、華のきれいなこめかみに青筋がピキリと走る。
「ああ、もう、うっとおしい! なんなの、このお通夜みたいな家は!?」
この家の空気を重くしている張本人である桜子は、そう言われたところでどうすることもできなかった。
「だって、圭介からの連絡が来ないんだもん……。月曜日ごろにはゴタゴタが片付くから、真っ先に連絡するって言ってたのに。今日、もう水曜日だよ」
「そのゴタゴタが予想以上にゴタついてるだけのことでしょう? あんたがここで暗くなってても、連絡が早く来るわけでもあるまいし、ムダに暗くなってどうするのよ」
「華……そうは思ってもできないことくらい往々にしてあるわけだし、しばらくはそっとしておいてやったら?」
父親が見るに見かねて間に入る。
「ほら、桜ちゃん、ただ待ってても時間が長く感じるだけだから、気分転換に明日はどっかに遊びに行こう。せっかくの夏休み、もう終わっちゃうよ」
薫子が明るい笑顔を向けてくるが、桜子は笑顔を返せなかった。
「ごめん。そんな気分になれないよ……」
「まったくもう」と、母親があきれたようにため息をつく。
「そんな風に落ち着いて待っていられないなら、自分から会いに行けばいいじゃない。そりゃまあ、自力で事を片付けたいっていう彼の意思は無視することにはなるけど。
もとはと言えば、あんたの『呪い』が端を発してるわけだし。無理やりにでも押しかけて行って、あんたも一緒に解決してくれば?」
「会いに行くっていっても、どこにいるのかもわからないのに、どうやって!?」
簡単に言ってくれる母親に対して、桜子は心底腹が立った。
「え、親戚の家にいるんじゃないの?」と、母親はキョトンとした顔をする。
「お、お母さん!」と、薫子が慌てたように言ったが、桜子は「そうだよ!」とさえぎった。
「けど、あたし、圭介の親戚関係なんて知らないもん。都内にいるってことくらいしか。どうやって見つければいいのよ!?」
「都内ならとりあえず、杜村と神泉のどっちかでしょ。そこにいなければ、他にないか、そこで聞けば済むじゃない」
「杜村と神泉……? どういうこと?」
「やだ、桜子、知らなかったの?」
華が驚いた顔をする隣で、父親は参ったというようにため息をついている。
薫子もまた、どう見ても「あーあ、バレちゃたよ」という顔をしていた。
「それ、僕も知らなかったけど。圭介さんって、神泉の血を引いてるの?」
彬もまた桜子同様、その事実を知らなかったらしい。
「……ちょっと待って。圭介って、ヨリと親戚なの? そんなこと、ひと言も聞いてないよ! みんないつから知ってたの!? お母さんもお父さんも薫子も!? あたしだけなんで知らないの!?」
桜子が3人を睨みつけると、母親がまず口を開いた。
「1度うちに来た時に『瀬名』って苗字と顔を見て、すぐにわかったわよ。圭介君、お母さんによく似てるもの。あたし、彼のお母さんとは高校の同級生だったから、よく覚えてるの」
そう言われてみれば、圭介が初めてこの家に来た時に、母親の口から『神泉』の名前がもれた記憶がある。
圭介は知らないと言っていたので、桜子も深く考えることなく、それきりになってしまった。
「お父さんはお母さんから聞いて知ってたの?」
「まあ、そんなとこ。華に言われて気になったから、一応調べてみたら、そういうことだったんだけど」
「……調べた? 興信所を使って?」
この父親がありえないと思いながら、桜子は聞いた。
「そこまで大げさなものじゃないけど、佐伯君に頼んで、家族構成を少々」
「……あたしの相手は誰だっていいって言ってたのに、内緒でそういうことしてたわけ? しかも、修ちゃんを私用なんかで使って」
目を吊り上げる桜子に父親はなだめるように「まあまあ」と手をひらひらさせる。
「別に圭介君が気に入らなくて調べたわけじゃないんだから、そう怒るなよ」
「じゃあ、何のために?」
「いや、だって、彼はおまえとの将来をちゃんと考えた上で、付き合いたいって思ってたわけだろ? もしも神泉とつながりがあるのなら、彼にとってはいい切り札になる。シンセン製薬はうちと取引も多い会社だから、婿になるにしても、それほど風当たりはないかもしれないし」
「それはそうかもしれないけど……。でも、お父さん、いつから圭介の気持ちを知ってたの?」
「最初に会った時に、本人がそう言ってたから」
「最初に会った時って、あたしたちが友達になってすぐでしょ? 圭介ってそんな頃から……? どうして言ってくれなかったの!?」
「まあ、あの頃はおまえの方が、そこまで圭介君を好きになるとは思ってもみなかったし」
「けど、ずるいよ! あたしが圭介のことが好きだって気づいて、いっぱい悩んでた時も、何にも言ってくれなかったじゃない!」
「だから、子供の恋愛には干渉しないって言ったじゃないか。悩んで遠回りしてでも、本当に自分にとって大事な相手だと思えば、第三者の言葉なんて必要ないものだろ?」
「そうかもしれないけどー……」
「現に、おまえは悩んで悩んで、それでもどうしようもなく圭介君が好きで、自分から告白した。付き合うようになって、最高に幸せな瞬間を味わったんじゃないか?」
「たった1日だったけど……」と、桜子は頬をふくらませた。
「それが1日で終わるのか、このまま続くのかは二人の問題ってこと。このまま連絡を待つもよし、華の言ったように会いに行くのもよし。おまえが1番いいと思うことをすればいいさ」
「そんなの……居場所が分かった時点で、会いに行くに決まってるじゃない。明日にでも行ってくるよ」
正直、待っているのは性に合わない。
せっかくお互いの気持ちを確かめ合って、ようやく『友達』から『恋人』になれたのだ。
この夏休みの最後も圭介とできる限り一緒に過ごしたい。
圭介の言う『ゴタゴタ』が、予想以上に延びているのなら、彼一人では簡単に片づけられないのかもしれない。
今までの『呪い』を思い出しても、誰もが皆それに抗うことができず、否応なく桜子の前から姿を消さざるを得なかった。
『呪い』を仕掛けた犯人は、それほどまでに用意周到に計画している。
圭介も犯人の罠にはまってしまったとしたら、他の3人と同じように自分の前から姿を消してしまう。
(そんなこと、あたしが絶対認めない。圭介がたとえ地球の裏側にいても、必ず見つけ出すんだから!)
「薫子」
桜子は隣に座る薫子ににんまりと笑いかけた。
「な、なに桜ちゃん……? 顔が怖いよ? キャラが違うよ?」と、薫子は引きつった笑みを見せる。
「久しぶりに一緒にお風呂に入ろうか。ゆーっくり、お話ししようね」
薫子は圭介について、桜子の知らないことを知っているはずだ。
圭介が貴頼と親戚だということも知っていた。
他にも情報を持っていてもおかしくない。
(そう、ゆーっくり、たーっぷり時間をかけて、全部吐かせてやるんだから)
次話は事件後の圭介の話になります。




