平民だから、と言うけれど
公平性を期すために王太子は広く意見を募ることにした。
『平民だから仕方がない? ――王都在住 名無しの王太子(十八歳・男性)
僕の通っている高等学校には、平民の奨学金特待生がいます。その中の一名の女子生徒の言動に戸惑い、彼女の言い分が本当に平民ではあたりまえなのか、ご意見を伺いたく思います。
まず、彼女は入学直後にいきなり僕のクラスに押しかけて話しかけてきました。僕は貴族ではありませんが、彼女の突飛さに驚きました。今まで紹介もなく話しかけられたことなどなかったのです。
これについて咎めたところ、「友達になりたかったら話しかけるのは当然」だと言われました。平民はそうやって友達を作るのだそうです。
その日から彼女は「友達でしょ」と言って、僕と僕の友人と一緒に行動したがるようになりました。男子生徒の僕の友人は男ばかりですが彼女は気にしません。僕は彼女と友達になったつもりはないのですが、それを言うと「身分で差別している」と怒るのです。
先生や女子生徒はそんな気安い態度の彼女に何度も注意しているのですが、そうすると「平民なら普通だ」「平民だからわからない」「身分差別」「下の意見を聞くのも上の役目だろう」と反論してきます。そのせいか彼女に同性の友人はできず、ますます僕たちに依存するようになりました。
なにより戸惑うのは、彼女のスキンシップの激しさです。歩いていると隣に並んで手を繋いできたり、愛称で呼ぶのはもちろん、肩や頭を撫でてきたり。少しでも嬉しいことがあれば抱きついてくるのです。やめてほしいと言えばその場は謝罪するのですが、まったく改善されません。照れてる? とからかわれたときは本気で彼女の頭の中を疑いました。そうした現場を婚約者に見られたらと思うとぞっとします。
はっきり言って僕は彼女と友達でいたくありませんし、友人と思われているのも迷惑です。でも、もしこれが本当に平民ならあたりまえのことで、こうした触れ合いを大切にしているのなら、僕たちはそれを尊重し見習うべきなのでしょうか?』
『平民だから、は酷い侮辱 ――王都在住 傍若婦人(二十一 女性)
はじめまして、名無しの王太子さん。私も奨学金特待生としてかつて高等学校で学んだ平民です。
投書を読み、あまりにもひどい風紀の乱れに愕然としました。
紹介もなくいきなり話しかける、馴れ馴れしく愛称で呼ぶ、異性に気安く触れる。どれもありえないことです。
平民の特待生だからこそ貴族のマナーや暗黙の了解を学ぼうと躍起になるものです。私たちが将来目指すのは官僚や大商会への就職ですから、学校は貴族との接し方を学ぶ絶好の機会でもあるのです。
そのためにもまず一般常識とマナーを心得ていないとお話になりません。平民同士でも友達になりたければ距離を測ります。親しき中にも礼儀あり、平民だからとマナーを無視した言動をとるのは間違いです。
名無しの王太子さんの友達を主張するその女子生徒は、おそらく友達という立場を利用しようとしているのでしょう。だとしたら彼女自身こそが貴族や平民といった身分で差別しています。それは本当に友達なのでしょうか。
私たち平民特待生は血の滲む努力をして奨学金を得ました。平民だから、を言い訳にされるのは酷い侮辱であり、とても悔しいです』
『わかりやすいハニートラップ ――王都在住 コンニャクは今夜食う(三十八 男性)
名無しの王太子さんの投稿を読み、私たちの時代にもあったなあと懐かしくなりました。その頃の私は某国に住んでおり、そちらの高等学校に通っていました。学園のマドンナというか、やたら男子に人気のある女子生徒がいたものです。
マドンナは商会の子息から子爵令息、伯爵令息、王子殿下の護衛騎士、侯爵令息と、着々とターゲットの身分を上げ、しまいには某国の第一王子殿下と親しくなっていきました。もっとも殿下の婚約者にいじめられたと嘘をついて退学処分になり、その後の消息は不明です。公爵令嬢を侮辱したのですから無理もありません。本当におしまいになったわけです。
マドンナは単純に王子の愛妾になって贅沢がしたかっただけで裏はなかったようですけど、名無しの王太子さんのお友達の彼女はどうだかわかりませんよ。身に覚えがなくても、落胤騒ぎを起こされたら婚約者との仲にヒビが入ってしまいます。かのマドンナも平民で、「平民だからわからない」が口癖でした。
ハニートラップとしては三流ですが、くれぐれもご注意ください』
『失望と憤り ――地方在住 ソスー・カズウェル(七十代)
先日の投書欄を読み、感じたのは失望と憤りだ。私たちの世代では学園の卒業生といえばエリートであった。地方貴族の一員であった私は当然のように学園生に憧れたものである。
残念ながら受験に失敗し、学園生にはなれなかった。学園卒業生の立ち居振る舞いに仕事ぶりにはやはり感心させられ、余計に悔しかったものである。
その分今の学生に失望は大きい。同時に教職員への憤りを覚える。
諸君らは何のために学園に入学したのだ。国の未来、国民の未来を良くするためではないのか。たかが一人の女子生徒に振り回されてどうする。
平民だから、という戯言などに惑わされず、自分の目で確かめたまえ。より勉学に励み、友人と切磋琢磨しあって、どうかこの老人を安心させてほしい。
老醜を晒す我が身ではあるが、学園がかつての栄誉を取り戻すことを切に願う』
『ざまあまっしぐら? ――地方在住 匿名希望・主婦(二十代)
名無しの王太子君の記事を読み、ハラハラドキドキした。これはまるで恋愛小説、さながら平民の女子生徒はヒロインである!
彼女が名無しの王太子君に恋しているのは間違いない。貴族ではないといっているが婚約者がいるということは、それなりに良いお家の子なのだろう。名無しの王太子君は彼女にあまり良い印象を持っていないようだが、まんざらではないのは文面から伝わってくる。
彼と親しくなろうと懸命に話しかけ、スキンシップを図るなどいじらしいではないか。私は俄然彼女を応援したくなった。
きっと名無しの王太子君の婚約者が彼女に嫉妬していじめる、定番のパターンになるんだろう。恋に不器用な少年が、いつも元気な少女の涙を見て自分の恋を自覚する。婚約者のこと、身分の差。それらを乗り越えて少しずつ二人は恋を育んでいく。平凡な主婦の私はそんなロマンスを思い描いて一人うっとりしながら洗濯物を干した。
しかし数日後、ふいに我に返ったのだ。平凡な主婦の夫は平凡な会社員だ。学園を卒業したエリートとはほど遠い、私と同じ平民である。やさしく理解ある愛すべき私の夫は、私のロマンス妄想を一笑に付した。
夫とは職場結婚だ。職場には貴族もいたが、私は職場で貴族と会ったことがない。たとえ同じ部屋で仕事をしていても、貴族と恋に落ちたりはしなかっただろう。近づこうとも思わなかった。
同僚という前に彼らは貴族で、私は平民なのだ。私にとって貴族は恐ろしい雲の上の存在だった。
貴族に疎まれたら平民の私など簡単に首を切られてしまう。ちょっと言い方を間違えただけで不敬罪だ。幸いなことに貴族と平民のフロアは別であった。
夫の話によると貴族らは気の良い人ばかりで平民を処罰したなんてことはないという。同じ会社に勤めているのだ、気を使ってくれているのだろう。
そうなると、平民の彼女はどうなるのだろう? 彼女が今何事もなく学校生活が送れるのは彼女が学生、子供だからだ。卒業し就職すれば社会人として扱われる。
もし名無しの王太子君と彼女がくっついても、婚約者が黙っていないだろう。客観的に見て二人は浮気だ。くっつかなくても平民の彼女は着々とざまあカウンターを回している。卒業した途端、今までの責任を取らされるだろう。不敬罪に侮辱罪、名誉毀損もあり得る。もう「平民だから」は通用しない、なぜなら「大人だから」だ。
そもそも女友達が皆無な時点で彼女がヒロインではないと気づくべきだった。今、私のドキドキはハラハラに変わっている。いつ彼女がざまあされるのか。ちょっと不謹慎だが、楽しみでもある』
『本当の友達とは ――王都在住 Tさん(十代)男性
名無しの王太子の投稿を読み、自分の経験とあまりにも似ていると思いペンを執った。
自分はわりと裕福な商家の出で、友達といえば金目当ての者ばかりであった。遊びに誘われても金を出すのはいつも自分の役目だった。「友達だろ」と言われると断れず、言われるがままに金を出していた自分も悪かったのだが。
疑問に感じていたある日、彼らがこう言っているのを聞いてしまった。
「Tに出してもらえばいい。あいつ友達いないから、友達だろって言えば金出すぞ」
彼らは自分の友達という役を演じていただけだったのだ。いや、自分こそが金で友達を買っていたのかもしれない。自分が絶望したのは言うまでもなかった。
今はもう彼らとの付き合いは絶っている。成人したと同時に彼らに今までのツケを払わせるべく裁判を起こしたからだ。今までの思い出が嘘のように彼らは自分を罵り、いや、演技がばれた彼らは本性を露わにした。
友情とは何か、考えさせられる出来事だった。今も自分と彼らの友情について考えてしまう。
男女の友情となればことさら難しいだろう。だが「友達」を強調して押し付けてくるのは本当の「友達」とはいえないのではないか。名無しの王太子には、友達を選ぶ権利がある。自分の経験を記したのも、これを教訓によく考えてほしいからである』
『平民だからこそ ――地方在住 Sさん(二十代)女性
名無しの王太子さんの投稿には疑問しかありません。特待生であることを差し置いても、本当にそのような平民がいるのか疑問です。
私たち平民、特に女性は貴族から目を付けられないよう注意深く日常を過ごしています。見目の良い年頃の娘であれば、一夜の戯れや愛人、妾にされかねないからです。
平民だからこそ身を慎んで貴族に近づこうとしません。簡単に不敬罪で自分だけではなく家族まで罰することができる相手には必要以上に接しないのが最善なのです。名無しの王太子さんはそんなことしないと言うかもしれませんが、これは「する、しない」ではなく「できる、できない」の問題です。私たち平民にとって貴族は逆らうことのできない恐ろしい存在だとわかってください。
もしその女子生徒が実在しているのなら、彼女は名無しの王太子さんに甘えているのではないでしょうか。そして女子生徒にそのような態度を取らせたのは、名無しの王太子さんを含めた教師、生徒たちの曖昧な態度が原因だと思います。
平民だから。その言葉には何の説得力もありません。身分階級は差別ではなく区別。住み分けです。女子生徒が「平民」という身分を掲げて無礼を繰り返しているのは彼女自身が差別的人間である証明です。いわば逆差別といったところでしょうか。
名無しの王太子さんは貴族ではないそうですが、少しでも女子生徒に友情を抱いているのでしたら、悪いことは言わないから貴族にはあまり近づかないように注意してあげてください』
『ありがとうございました ――名無しの王太子(十八歳・男性)
僕の疑問にたくさんのご意見ありがとうございました。
さっそく例の女子生徒に読ませたところ、真っ青になって僕や僕の友人たちと恋をしてみたかったのだと白状しました。一時でも恋した女なら、色々と融通をきかせてくれるだろうと思ったそうです。婚約者のいる複数の男性と恋がしたいってすごいバイタリティーですよね、感心してしまいました。
「平民だから」という彼女の言い分がいかに偏見に満ちたものであったのか、学園でも周知され、他の特待生もホッとしたようです。
彼女に貴族のなんたるかを教えるためにも、進級試験ではみんなが頑張って上位五十位を貴族が占めることができました。特待生は五十位以下に落ちると以降の学費は自費になってしまいますが、そこは彼女に頑張ってもらいます。あれだけのことを言ったのですから、きっと自力でなんとかするでしょう。
彼女以外の特待生についてはそれぞれ貴族の支援が受けられるようになりましたのでご心配はいりません。
ところで、貴族支援を受ける一人の男子生徒が支援者の令嬢である僕の婚約者につきまとうようになってしまい、大変困惑しています。婚約者は荷物持ちのようなことはしなくて良いと止めているのですが、恩返しだと言って離れようとしないのです。
聞くところによると彼は「お嬢様のワンちゃんになってよしよしされたい」と言っているらしいです。いくら貴族の紐付きになったとはいえ、そこまでしなくてもと思います。
婚約者は最近、彼の後ろに尻尾が見える、と幻覚に悩まされるようになってしまっています。
未来の夫として、僕は彼に首輪をつけるべきなのか、待てを教えるべきなのか。どうしたらいいか教えてください』
奨学金特待生:主に金銭的余裕のない平民のための制度。入学金、授業料、寮費、食堂利用料、教科書代、行事等の雑費を免除。参考書等の購入も申請すれば援助してもらえる。
ただし成績は常に上位五十位以内をキープし卒業することが条件となっている。五十位以下になると退学にはならないが以降の学費は自費になる。退学者は全額返金が求められる。授業料が払えなくて退学する場合でも全額返金。
貴族たち:奨学金特待生が大変なのわかってる、学園での授業内容はとっくに修了している者が多いので多くの貴族は平民に譲っている。王太子たちは成人前の実習の場として学園に通っていた。王太子が生徒会長なのも人を動かすことを練習させるため。失敗しても許されるのは子供のうち。
学園:平民でも優秀な人材いるし、逃がしちゃもったいないの精神で奨学金制度を設けた。王族や貴族令息・令嬢へのハニートラップは想定内。他国の間者や貴族に取り入って甘い汁吸おうとしている者を見抜くのも実習であり、試練である。
王家からの出資と貴族の寄付により成り立っているのでわざとそういう仕込みをすることもある。子供に青春させたい親心と我が子を谷底に突き落とす貴族の厳しさを両方味わえる学園。
紐付き:奨学金ではなく貴族からの援助を受けること。頑張って勉強して将来はうちで働いてね!の制約付き。五十位以下に落ちた平民の救済ではあるが、選ばれないと全額返金が待っている。