表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
3/3

2・妖精が日本に来た理由

 秀のバイト生活は思い通りにはいかなかった。41歳のくせにやけに幼い容姿やそもそも41歳の価値が低いことが不採用の理由と自己分析したが、電話が来なければ不採用ということなので明確に理由を知ることはできなかった。仕事で得た金で二人の妖精を養うということを誓った彼は諦めずに次のバイトに応募したが、落胆は想像以上のものだった。 天雷を受けて精神を改めたのに、意気を挫くことが起きる。それは仕方のないことと分かっていても、神が味方しないことを恨みたくなるものだ。


 溜息をついて不貞寝のように横になってしまった秀を見た妖精二人は彼を哀れむことこそすれ、自分が働こうと思うことはなかった。

「これで挫けるようであれば期待外れね」

「あの誓いが嘘でなかったことを証明してもらわねばならない。手から雷を出す奴がこの程度なはずがない」

 二人は互いの言うことを認められるようになっている。極端だった頃の思考は雷によって排除されたようで、すっかり現代の人間らしくなっている。足りないのは知識だけだ。「しかし…こいつが私たちのために必死になっているのに、私たちが何もしないというのは嫌だな」

「そうねぇ…けどこの世界のことをよく知らない私たちが働いたところで、要らぬことで迷惑をかけるだけじゃないかしら」

 ブランの懸念に同意したノワールは働くより前にこの世界のことを詳しく知るべきだとしてブランとともに散歩に出ようと思い立った。

「お母様、散歩に行って参ります」

「あぁ、お買い物もするならお金を持っていって」

「お気遣い痛み入ります。日本のことを知るための散歩ですので、買い物はしません」

「そう。気をつけてね」

 この家に住まわせてくれる秀の母に対しては最大の敬意を持って接すると決めた二人。礼儀正しい女の子に手を振った母は夕飯づくりを始めた。




 黒白姉妹は通りに沿ってしばらく歩き、様々な種類の店や建物があるのを見た。中には美味しそうなパンを焼くベーカリーがあって、立ち止まって見蕩れているうちに店主に招かれて作りたてを半分ずつもらう一幕もあった。人間の優しさに触れた二人は何をしたわけでもない人に対して善行をするのが人間と理解して自分もそれを真似しようと思った。「私もパンを焼いて道行く人に食べさせればいいわけね」

「ああ。しかしどうやってパンを焼くんだ?」

 店に並んでいたものや店主から貰ったものがパンであることを知っても、どうやって作るのか知らない二人にパンを焼くことはできない。ではそれを調べようということで、書物を調べることになった。

「それは妖精の世界と同じみたいね。誰もが同じ方法で知識を記録しているわ」

「そうみたいだ。秀の部屋にもたくさんの本があった」

 二人は書店を探して街の中心部に見つけた。ここでノワールが数十分前のことを思い出して表情を曇らせた。

「お金、貰っておけばよかったな」

「一冊くらいは買えたかもしれないわねぇ…」

 残念ながら本を買うことができないので暗くなる前に帰る。このことを報告すれば母から何かしらの指示を得られるため、それに従って行動することで家への恩返しをする。




 パンを貰って人の振る舞いを知ったのでパンを焼いて人に与えたいという話をすると、母がリビングにある本棚を指してこう言った。

「私はよく家でパンを焼くのよ。パン屋さんにあるような大きな設備がなくても、それらしいものはできるわ。炊飯器でも作れる時代よ。その棚にそういう本があるから読んでみれば?」

「そうなのですね。では試してみます」

 夕飯が完成するまでソファに座って本を読んでいたところで秀が下りてきた。

「41っての詐称していいかな…」

「いいんじゃない?でも何歳って言うの?」

「20代なら信じてくれるんじゃない?このくらいの背の人けっこういるっしょ」

「そうね。いつも同じ時間に買い物するからよく見る人がそのくらいだったわ。20代かどうかは分かんないけど」

「じゃあ20ってことにしよう…」

 それなら採用されるだろうということで、秀は早速募集サイトにその年齢で応募した。採用されたなら存分に力を発揮して、41とバレても蹴られないようにするつもりだ。

「私はいまだに41っての信じてないわよ」

「どう見ても子供だ。衣料品店にあった子供服のほうが似合いそうだな」

「まあ、そうだね…でも精神と肉体とがだいぶ乖離してる。子供服を着るのには羞恥心が耐えられない」

 興奮しっぱなしで大人らしいことが何一つとしてできなさそうなのでやめておく。秀は41歳の精神に従って子供の身体を動かすことで一貫している。

「ところでお前ら何の本読んでるの?」

「パンを焼きたいんだ。パン屋の店主に貰って美味しかったから…」

 秀は嬉しそうに報告したノワールを可愛いと思ってその目的を応援することにした。炊飯器で作るというのは最初の一歩としては適しているのではなかろうか。

「明日作るか?俺が材料を買ってくるよ」

「あら、私たちが作るんだから私たちも行くわよ」

「そうだ。すべての工程を憶えねばならないだろう?」

「そうだね。じゃあ一緒に買い物行こう」

 一緒に行動できることは秀にとって大きな喜びで、二人も秀が見てくれるなら人間界で大問題を起こさずに済むとして同行を歓迎した。アクティブニートだった秀は外出だけは上手で、母は不安を一切抱かずに金を出した。




 丁度良い時間に車庫の扉の開く音がして父が帰ってきたので二人の妖精が玄関で出迎えた。

「お帰りなさいませお父様!」

「おお、ただいま…すごいね、貴族になった気分だ」

 昨日は二人の美少女に驚き惑ったが、存在を知っている今日はとても良い気分になったという。ジャケットを脱いでいつもの場所に吊した父は椅子に座ってハイボールを一杯飲み干してから二人の妖精に尋ねた。

「昨日は基本的なことを話したけど、今日はちょっと深いところまで聞きたい。君たちが妖精だってのは認めるとして、どういう経緯で日本に来たんだい?」

 彫りの深い厳めしい顔つきながら口調や態度は柔らかで実に優しい父は圧力をかけるわけではなく自身の好奇心を認めて質問すると言った。

「我々の世界は善と悪の二元で成立していて、あらゆるものに分断がありました。二項の力関係が均衡している状態こそ最も適した状態で、そうでない場所をそうであるようにする必要があると判断した我々は、違う世界の修正を期して旅立ちました」

「戦ってたのは二項対立だったからじゃないの?」

 勢力均衡を狙っているのにどうして戦っていたのかという秀の問いについて、ノワールはこう答えた。

「我々は別々に行動できません。何故ならそれぞれに違うことが起きて力に差が生まれてしまうと、善悪の均衡が成立しないからです。もしそれが起きてしまった場合には差をなくすべく戦わねばなりません。あの時はその作業を行っていたんです」

「あ、そうだったの?じゃあ俺は君たちの邪魔をしてしまったってことだね」

「えーっと、どうやら俺の理解の遥か上のことが起きているみたいだね。そもそも妖精なんておとぎ話にしか登場しないし、世界を跨ぐなんてことはこの世界でも非現実的だよ。ただ、目の前にいる君たちが実在するから、すべて信じるしかない気がするけど…」

 父は困惑している。神話や創作のようなことが現実に起きているのだから、常識人である彼が惑わないはずがない。しかし創作に慣れている秀はすぐに理解して次のことを話した。

「世界は本当に二者が均衡してなきゃいけないの?この世界は二項だけじゃ説明できないし、混濁しているのになんだかんだうまくいってる。妖精の言う完璧が本当に完璧かどうか分からないんだ…そっちの世界では最適な状態なのかもしれないけどさ」

 母は完全に理解不能と言って早々に食べ終え、食後のデザートを作り始めた。

「二項を代表する私とノワールが均衡を維持しようとしていても、この世界は常に混濁しているままだったわ。そして雷に打たれて使命を果たせなくなっても、この世界は私たちに優しくしてくれた。完成された世界だと思うの」

「うむ…混濁しているが故に人はあらゆることを考えて、いくつかの選択肢の中から最適を選ぶ。もしかしたら君たちの世界にとってそれは極めて難しいことなのかもしれないね」

「仰るとおりです、お父様」

「雷に打たれたことで私たちは二項を均衡させることなくこの世界にいられるようになりました。しかしそれは使命を失ったということで、この先私たちは何をして生を全うすればよいか分かりかねます。現在我々を生かしているのはお父様に他ならず、私たちは忠誠を誓うとともにいかなるお手伝いも厭わず行う所存です」

 大げさなことを言うノワールをマイルドに受け入れた父は母と同じように二人のことを秀に任せるとして金の支援だけすると言った。それだけあれば十分な秀は父に感謝して三人で協力して生きると約束した。

「いいだろう。お前が明るく生きられるようになったのは二人のおかげでもある。なにか不自由があれば遠慮なく言ってくれ。秀に解決できないことがあれば俺が相談に乗ろう」

「ありがとうございます!」

 深く頭を下げた妖精姉妹は明日秀と一緒にパンを焼くことを父にも言った。父が是非食べたいと言ったのでたくさん作ることにした。ウキウキがさらに増したので明日は本気でパンを焼く。




 翌日、本気で炊飯器パンを作った三人が父にそれを食べさせると、父は大喜びで三人を褒めた。

「素晴らしい。協力して成し遂げることは仕事でも同じだ。これができるなら仕事でもある程度はできるはずだ。その自信が伝われば次は採用されるだろう。まあ、気負わずやることだ。それと二人…」

 大柄な父は二人の妖精の頭を撫でて今後の活動にも期待すると言った。

「お任せくださいお父様。次は何を作りましょうか」

「うーん、そうだなぁ、君たちの食べたいものを作ってもらって、そのお裾分けを貰おうかな」

「でしたら私はもっと人間界の食べ物を学んでお父様に召し上がってもらいます!」

「いいねぇ。楽しみにしてるよ」

 これにも秀が加わるので簡単なものから徐々に凝ったものを作ってゆくことになった。

「あれ、バイトよりこっちに力を入れたくなってきた…」

 秀はモチベーションは自発的なものではなく、二人によって与えられるものだと気付いた。それなら働くにしても一緒にいるほうがよいため、パン屋で働くことも考え始めた。

「だったら俺の退職金を使ってパン屋を開くか?俺は試食係だな、ハハハ!」

 優しいだけでなく楽しい父を持った秀は二人との会話の中にそれを見て自分がもっと父と話すべきだったのだと気付かされたのだった。

妖精姉妹がパパと仲良くなる回でした。家族に溶け込んだ二人がこれから何をするのかお楽しみに。次回は料理回です!

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ