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1・善悪の世界

気まぐれにやります。

 二元論の最大の問題は対立項のないものの存在である。『みんな違って、みんないい』というのはこの善悪二元論の最大の敵で、多様なものを善と悪の二つに集束させることの極めて難しいことを示している。

 しかしそれは人間の考えで、神がものを創ったときに漏れなく善悪のどちらかの属性を持たせているとすれば、多様性というものはたった二つの様に収まってそれ以上の議論を無用にする。


 人間は思う。悪は存在している必要のあるものだろうか、と。

 悪としたものを滅して世界を善で満たそうとする動きは太古からあった。それに起因する対立が戦争の歴史を作ってきたために人々は平和を標榜するとともに二元思考を廃してあらゆるものに多様性を持たせるようになった。悪の存在を消去しようとしていても、どれが悪か判らなくなったのだから、争いを起こすことはなくなりつつあった。


 しかし神は再び人間に思考する機会を与えた。善の生物と悪の生物とを生みだして共存の道を探らせるのだ。人は善を助けて悪を滅するのだろうか。善の中に悪を、悪の中に善を見出そうとするだろうか。多様性を知った知能を試す時が来た。


  

 

 そんなことを知らない秀はアルバイトの面接を終えて家に戻る途中で不思議なものに出会った。空中で何度もぶつかり合い、その度に弾き飛ばされて再び接触する。終わりのなさそうな争いを繰り広げている者の正体を見極める慧眼をもって姿を捉えると、それは白い衣を纏って背からプリズムの翼を生やした小柄な人間―秀は妖精と呼んだ―と、黒い衣を纏って背からケイオスの翼を生やした小柄な人間、これもまた妖精だった。

 ここで秀は久々に二項対立を意識させられた。しかしそれは最近になって多様性が頻りに叫ばれるようになり、二項へ抱く印象より遥かに強い印象を多様性へ割いてやらねばならなかったからであって、本来秀は二項支持者であった。ネトゲでは二つの対立するリージョン(国、同盟)のどちらかに所属して相手と戦っていたし、卑屈な自分を悪の眷属と捉えて善を滅ぼし尽くす反逆の物語を思い浮かべることもあった。


 昔のままならば捻じ曲がった心が悪を支持して白の妖精を攻撃していただろう。しかし今の秀は清浄な心、他者を傷つけたいという意欲を失った心が人格を支配しているため、何よりも先にこの無益な争いの終息を願った。

「やめろ!争うな!」

 その叫びを聞いた二者がこちらを睨んだ。彼女―に見えるが彼かもしれない―にとっては聖戦だったのかもしれない。下位の存在の戯言に貸す耳はないと争いを再開させたので、強烈な使命感を抱いた秀は言葉以外の介入を決意した。

 しかし翼を持たない人間に聖戦を止める力はない。まずは神の高みへ至るべく翼を得ることから、長い物語を始めるべきだと言われても仕方のない無力さだ。こちらに興味のない妖精は激しい衝突を繰り返すうちに疲労してきた。翼を動かすためではなく起立を維持するために力を使えば飛ぶことはできずに人間と同じところまで落ちてくる。そうすることでしか上位の存在に物理干渉できないことを悔やむのを後にした秀は敵を滅ぼすことしか考えていない極端な妖精の間に入った。これで初めて二者の間に繋がった領域が構築された。善でも悪でもない、あるいは善でも悪でもある、そんな存在が両極の隔たりを埋めて二者が同じ領域に存在していることを許したのだ。

「争うのはやめろ。ここはお前らだけの世界じゃない」

 世界には秩序というものがあり、それを維持するためには無限に続く争いを起こしてはならない。この対立は中立という終わり方をせず、どちらかを『それ以外』へ引き込むことしか考えられていなかった。かつて神に誓って秩序を維持する役を担った人間は、いまこうして神によって与えられた試練に直面してそれを果たしたというわけだ。

「貴様は…」

 黒の精霊が介入者を睨んで腕を組んだ。白の精霊は灰色のところにいる人間を傷つけることを嫌って攻撃せずに様子を見ている。

「どちらも互いを知るべきだ。この世は混沌としていて、善悪の区別がつかないこともある。それでも長い間人間が繁栄してこられたのは、それを多様性として認めていたからだ。つまり種の存続、繁栄のために必要なのは、相手を認めることだ」

 説得が通用する相手ならば今になっても二元論を唱える人はいないだろう。あるいは二元論というものは、物事を分かりやすく捉えるためのみに使われるだろう。憎んで対立して争い続けてきた相手を認める、受け入れるという行為には大きな苦痛を伴うだろう。それを軽減するのが、中間のどこかにいる人間の使命かもしれない。


 秀がこの状況を平和に解決する手段を発想したのは、彼に訪れた救済がそうさせたからだ。天雷に打たれることによって人格や考え方が変わるのならば、同じようにこの二人も変えることができる。その天雷は、子供の頃からずっと純粋に信じ続けてきた、実に漫画的な方法で放たれる。


「浄化の光!」

「きゃああああ!」


 妖精に雷が当たると白い光に包まれた。これは秀と同じで、確かに天雷が訪れた証拠だ。光が消えると妖精は形を保ったまま、しかし相手を忌み嫌うことなく、これまで争っていたことが不思議でたまらないといった様子で見つめ合った。

「えっと…」

「なんだったっけ?あんたがどうにかしてくれたの?」

「ん、まあ」

 対立するために存在していた妖精はこの後何をするかのアイディアを持たずに立ち尽くした。しかし光に晒されて中間の発想を持つことができるようになった二人はすぐにマイルドな思考を始めて自分たちにとっての最適解を得た。


「あんたの家に世話になればいいんじゃない?」


 妖精という謎の存在を家にあげたらどうなるだろう。宗教家ではない両親に神の御遣いと説明して素直に受け入れられるだろうか。

「そもそも、食事ってするの?」

「神に創られた存在なのは私たちも人間も同じ。その中で極めて似ている種族だから、同じだと思ってくれていいわよ。食事もするし、排泄もするし、睡眠もする」

「そうか…だとしたらお金がかかるなぁ」

「じゃあこれまで対立することでしか自分を認めていなかった私たちに中間を与えておいて見捨てるっていうの?」

 こうして見るとコスプレをしている姉妹にしか見えない。長い間望んでいた若い女を一挙に二人家に匿うことになっても、今は不純なことを望んでいない。ただ、黒の妖精の言う通りに見捨てたとして後悔がないかというと、そう言い切れない。困ったら相談というのは頼る人を持つ者に共通する知恵で、秀はスマホで専業主婦の母にメッセージを送った。これには長い説明を要しそうだということを向こうも理解していて、決定を下す前にまずはその説明を聞こうという返信が来た。

「名前は?俺は秀」

「私はノワール」

「私はブラン」

「分かりやす!」

 黒白が名前に直結しているので決して忘れることはない。名前を憶えたところでなんともならないので、家に行って母に相談することになった。




「…ということなんですが」

 願いを聞き入れてもらいやすくなるよう、営業マンをイメージして敬語を使って説明した秀だが、母は難色を示した。

「受け入れるにしたって、この子たちをどういう立場として受け入れればいいのか分からないわ。戸籍登録をしないと公共サービスを受けられないし、お父さんの扶養に入ることもできない」

「うーむ」

「人間の世界の仕組みは複雑だな。まあ私は食事と寝床さえあれば、あとは不要なのだけれど?」

「というより、手から光を出せるあんたがなんとかしてくれないと困るわよ。私の知る限り手から雷を出せる人間なんていないわけだし、どうにかなるんじゃない?」

 この家と言うより秀に期待を寄せているようだ。二人は父母のことを第三者と捉えていて、迷惑をかけたくないという意向を伝えた。

「お父さんの負担が増えるのは私としても嫌だわ。秀、あんたバイトの面接行ったんだし、受かったら給料で養ってあげなさいよ」

 なるほど、犬を飼いたいならお前が世話をしろというやつに似ている。今なら何もかもうまく進みそうな気のしている秀はそれに合意して自分が二人を満足させる額を稼ぐことを誓った。この約束を歓迎した二人の妖精は秀の部屋で過ごすことになった。


 八帖の部屋に三人はいささか狭い気がするが、布団を敷いてのびのび寝られないほど床は埋まっていなかった。棚に収まったゲームやグッズが倒れてくるのを懸念した秀は、バイトが始まるまでの期間に必要なことをやると決めた。リストを作って一つずつ解決してゆくのだ。




 まずはコスプレ天使の衣服を買うこと。幸いにも背の低い秀の服が二人の天使に着られないほど大きくなかったため、幅を気にしながらもなんとか外出できる装いになった。秀は歩くことが苦手だったが、この新たな肉体はむしろ健康的に過ごすことを好んでいるようだ。二人を連れて近くの衣料品店まで歩いても全く疲れないことに感動する。

「これが服を買う店なの?」

「そうだよ。ガラスの向こうにいろいろ並んでるだろ?」

 ブランがショーウインドウに貼り付くようにしてモデルを凝視する。これが最近の流行らしいが、秀にはよく分からない。その通りに買えば無難に着られるということだとしても、子供の見た目をした大人に合う服は分からない。低身長な大人向けの服があることを願う。

「誰も俺が41だって信じないだろうな」

「41なの?どう見ても子供じゃないの」

「人生経験が豊かそうにも見えないしな」

 やはりと言った反応だったので子供扱いされることについて諦めた。しかし41歳が子供服を着ているのはいかがなものかと思ったため、いちおう大人向けを買っておく。

「んで、あんたらはどんなのが欲しいんだ」

「これ以外着たことないからわかんない」

「お前が選んだものが最もいいんじゃないか?41だとしたら長くこの国で過ごしてきたわけで、一般的な女性の服を見てきただろう」

 確かに男子の服には興味が全くなかったが女子の服には強い興味があってネットでいろいろと調べていた。自分の思い通りに着てくれる娘が二人もいるのだから、これは長年の願いを叶える絶好のチャンスだ。エロはしっかり継承されているから困る。


 クール系のノワールにはタイトなレザーやちょっとパンクなものを着せてみた。

「これでいいのか…?」

「おぉ似合う。良い感じじゃん」

 タイトスカートにガーターベルトがなんとも興奮を誘う。セクシーを入れてみて正解だったと自賛していると、ブランが腕を引っ張った。

「ノワールだけずるい。私のも選んでよ」

「もちろん」

 ブランには清楚な感じのワンピースやフリルやリボンのついた服を渡してみた。これまた似合うもので、先程とは違う興奮がある。

「いいねぇ…」

 ブランはおっとり系巨乳といった感じで秀の好みだ。アンダーバストで絞るリボン付きのワンピースがとても似合うので買ってやった。

「よーし。あとは下着だ。俺の選んだ服を参考に選んでみてくれ。俺は男だから、女の下着売り場には入れないんだ…」

 見た目は12歳でお姉ちゃんと一緒に買い物に来た少年だが、中身が41のオッサンなので自重する。容姿のことを利用してしまうと暴走して止まらなくなりそうだから、今のうちに抑えておかねばならないのだ。


 しばらく待っていると二人が戻ってきて、選んだ下着を見せつけてきた。ノワールのは黒のレースや刺繍入りのセクシーな上下ばかりで、ブランのはシンプルな白の上下ばかりだ。しかし、秀は疑問を呈した。

「ノワールのはいいとして、ブランはそれでいいの?」

「どうしてそんなことを聞くの?私はこれがいいと思ったの。ダメ?」

「ダメじゃないけどそれ子供用だよ?」

「そうなの?まあいいじゃない。可愛らしいし」

 後悔することはなさそうなのでそのままにしてやった。いつか子供向けを大人が着ることの羞恥を覚えるだろう。

「よーし、靴は?磨り減ってないなら後でいいけど」

「これはこれでいいんじゃないか?」

「そうよね。履き慣れてるわけだし、このままにしましょ」

「よーし。それじゃあレジに行こう」


 こうして買い物の方法を知った二人の妖精は新たな服を着てご満悦だ。母が二人の着こなしを褒めたのは、秀がどんな服を好んでいるか知っているからだ。

「てっきりメイド服を買ってくるかと思ったわよ」

「本格的なのは高いんだよ…買いたいけど、バイトで稼いでからにする」

 またもや好意的なことを言った息子の評価は過去のものではない。母は二人のことについて完全に秀に信頼を置くとして父に何か言われてもお咎めなしになるよう手配すると約束した。


 今の秀は完全なる善で、悪の要素がない。ただ、善悪二元を失ってマイルドになった妖精によって好き放題にかき乱されることが予想される。天雷を受けた少年が悪に染まる様子をとくとご覧あれ。

この話ってどんなやつやねん?っていうと、善悪二元の時代からやってきた妖精が今の人間界を知って善悪の間にあるあらゆる混濁を知るのと、天雷を受けて善一辺倒になってしまった秀が混濁してきた妖精に巻き込まれる話です。少年要素は今後出てくるでしょうし、オッサン要素も出てくると思います。

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