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深淵を走る無閃の一刀

 シィィィィン……ッ!!


 突如謎の音とともに、魔物の巨体がズルリと分かれ、別々の方向へ転がって壁に激突して止まった。


「なに、今の……。奥に、誰かいるの? 嘘でしょ」


 達人めいた一刀両断の主の足音が近づいてくる。


 その姿は月夜の中の花のよう。

 または地下に佇む聖像か。


 長身の女性にして『男装の麗人』。

 陶器の人形のように透き通った肌に、黄金の瞳、瑞々しくハリのある唇。


 物憂げな表情から垣間見れる歴戦の闘気と寡黙な雰囲気が、男女問わず魅了する妖美をまとっていた。


 まるで蝶の翼のようにはためくロングコート。

 古ぼけた三角帽から伸び出る金色の髪とそのうなじ。


 そしてその手には、剣というにはあまりにも美しすぎる得物を持っていた。


 向こう側の闇が透けて見えるほどに刀身が透明な、身の丈ほどもある長刀だ。


「……」


 女性は黙ったまま出口のほうを指差す。

 そして踵を返し奥へと去ろうとした。

 

「ま、待ってください!」


「……」


「あの、アナタは一体何者なんですか? どうしてここに」


「……」


「あの~、すみませぇん」


「……」


(なんか言ってよぉお~)


 背中を向けたまま呼び止められていた女性は溜め息をひとつ。

 振り返るとすさまじい速度で肉薄し、アンネリーゼを出口へと蹴っ飛ばした。


「むぎゃ!?」


 続いてヘブンズ・ウィールまで飛んできて、押し潰されそうになった。


 女性は服装の乱れを整え、また踵を返して、奥へと消えていく。


「いたた……なんて人。でも、助けてくれたお礼言ってないなぁ」


 一度見たら忘れられないあの姿。

 ずっと脳裏に焼き付いている。


 蹴っ飛ばした恨みよりも、助けてくれたお礼を言いたい思いともう一度会いたいという思いがつのった。


 妙な感情を抱きながらも外へ出ると、遠くの山河に傾いた夕陽が眩しく、ほのかに吹く風が心地よい。



「アンネリーゼさん! 怪我はありませんか!? よかった……よかったぁ」


「皆アナタのことを心配してたのよ。ひとりで殿しんがりなんて無茶をさせて、本当にごめんなさい」


「いえ、私が決めたことですから。皆さんも無事でよかったです」


「えぇ、アナタのお陰で負傷者はゼロ。アナタのお陰です」


「そうか、よかった。……あ、そうだ中に人が! 女の人がいるんです!」


「女の人? 私たち以外に中へ入っていた人がいたの?」


「それはわかりません。でも、その人に最後助けてもらったんです。でもあの魔物たちがいた通路からずっと奥から現れたんです」


 アンネリーゼの言葉に顔を見合わせる姉妹。

 とにかく今は彼女を休ませようと、ふたりのテントまで案内した。


「コーヒーをどうぞ。あまりいい豆ではありませんが」


「なにからなにまですみません。ありがとうございます」


「生きて帰ってきてくれてよかったわ。ごめんなさいね。皆を外へ誘導したあと、私たちも行こうとしたんだけど……」


「いえいえ、皆を守るのが仕事でしょうし。私から進んでやったことです」


「でも、そう簡単にできることではないわ」


 実際褒められると照れてしまう。

 前のギルドパーティーを追い出された自分がと思うと、もったいないことだ。


「……それで、聞きたいのですが、アナタを助けてくれたという女性とは?」


 姉妹は真剣に彼女の話に耳を傾ける。


「……ほかに出入り口があるのでしょうか?」


「それはないはずよ。『深淵への階段(アトランティス)』の入り口はここだけ。世界中に色んな文献はあるけれど、そんな記述はどこにもない」


「じゃあ、あの女の人は誰なんだろう」


 疑問が尽きない中、今日はもう帰ることになった。

 帰り際、ラクリマからお金の入った袋を手渡された。


「ちょ、ちょっと待ってください! こんな大金受け取れません!」


「これは正当な報酬であり、アナタの才能に対する敬意と生きて帰ってきてくれたことへの感謝のしるし。どうぞ受け取って。アナタがいなければ立ち往生していたかもしれないから」


「いや、でも……」


 両者の意思は固く、これ以上は無礼と考え、アンネリーゼはそれを大事そうに受け取った。


 半ば無理矢理に入り込んだ現場で、自分の力を評価され、その報酬の重みを抱き締める。

 涙が一滴、目一杯の笑みで感謝をのべた。


 何度も何度も頭を下げた。

 その姿を見て姉妹も何度もなぐさめる。


「もしもできるのなら、明日もきてほしいわ。アナタがいいのならね」


「ええ。その女性のことも気になりますし」


「わかりました。よろしくお願いします!」



 ひとりになっての記念すべき大仕事は、奇しくも一族にとっても名誉かもしれないものになった。


 帰りはずっと別のテントで待っていたシャチハタと一緒に、飛びっきり美味い料理屋へとおもむき、久々に楽しい時間を楽しむ。


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