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次元をえぐる回転

 クライメシアの双眸に愉悦の色がにじみ出る。

 これほどの好敵手は『深淵への階段(アトランティス)』の魔物にもいない。


 人類最強の太刀筋は確実にクライメシアの白魚のような肌に近づいていた。

 対するイザールも彼女の一線を画した腕前に内心高らかに笑っている。


 見たこともない刀に、自身に並ぶ凄腕を前に、全身の細胞が沸き立つような感覚を覚えていた。


 だがそこへアンネリーゼの介入が加わる。

 天国への車輪(ヘブンズ・ウィール)が唸りを上げて飛んで来た。


 明らかな殺意を宿した超速回転。

 イザールに向かって不規則な動きを見せるも、彼はノールックでそれを回避した。


「く……」


 あのレベル相手になるとそう簡単にはいかない。

 アンネリーゼがそう思った矢先、クライメシアがふと足を止めて薄く笑んだ。


「この剣乱に乗じて敵を討ち取ろうとするとは、中々の気概だな」


「小娘、邪魔をするな。お前では相手にならん」


「いいや、えぇっと、イザールだったな。こうしようじゃあないか」


 クライメシアの提案は驚くべきものだった。


「アンネリーゼ、わたしが隙を作る。()()()()()()()()()()()()()()


「え!?」


「ずいぶんな驚きようだな。そのためにわざわざ来たのだろう? 卿は確実に成長している。自信を持ちたまえ。どうかなイザール。この娘が一撃を入れれば我々の勝ち、今回は退くといい」


「……なんのつもりだ」


 イザールの表情が変わった。

 先ほどの薄ら笑いは消え、口をへの字にして、無言の不満を携えている。


 彼にとって勝ち負けとは生か死かの問題。

 それがまだ未熟なアンネリーゼへの課題に使われる。


 いわば自分はそのための小道具に過ぎない。

 これほどの強者と立ち合える稀少な機会と考えれば、アンネリーゼへ割く時間がイザールにとっていかに無駄なものであるか想像に固くないだろう。


「……いいだろう。一撃とは言わず、少しでもかすれば俺の負けにしてやる。……だが」


「だが?」


「ふざけた提案をした貴様を殺す。それと同じくらいに、その娘も殺す」


 十字剣の切っ先をアンネリーゼにも向ける。

 このときアンネリーゼの心臓を恐怖が貫いた。


 殺意を向けられて初めて知ることのできる境地というものが、残念ながら存在する。

 安全圏でどれだけ勇ましいことをのたまっても、いざ向き合えば想像を凌駕したリアルが待ち受けているものだ。


 イザールの場合、それは最上位級のものと言っていいだろう。

 クライメシアはそれを乗り越えろというのだ。


 加勢に来たのに課題をやる羽目になった。

 失格=死である。


(でも、これを乗り越えなきゃ……前に進めないぞってことだよね。そうだよ。私はそのために来たんじゃない!)


 わずかでもいい。

 恐怖で冷えた心に勇気の灯火を。


 呼吸を整え、拳を握る。

 今大事なことは、『信じる』ことだ。


「いつでもいいよ」


「うむ、良い顔だ。……卿はどうかな?」


「ふん」


 第2ラウンド。

 まだ逃げていなかった3人に見守られながら、アンネリーゼとクライメシアのタッグで挑む人類最強の魔導剣士イザールへの挑戦。


 クライメシアが前に出た。

 先ほどより太刀筋は鋭い。


 だがイザールも幾合交えたことである程度順応している。

 この間にアンネリーゼも何度か攻撃を行うが当たる気配はない。


「なんて動きだ……目で追えるような戦いじゃないぜ」


「あんな動きをする相手に、かすらせるなんて……」


 緊張で身体を強張らせるヴァレリィとグレイスの傍らで、ラクリマはいつになく鋭い目でイザールとクライメシアの残像を追っていた。


 その最中でアンネリーゼの動きにも注目する。

 

(ふたりが速すぎて、逆に自分の身体が重く感じる……もっと早く反応しなきゃなのにッ!)


 次の瞬間。


「────え」


 ヴァレリィのときと同じだ。

 クライメシアの猛攻をかいくぐってきたイザールの肉薄に気がつかなかった。


 一瞬にして濃厚になる死の気配。

 真っ赤な十字剣が墓標のように彼女に突き刺さりに迫る。


「せっかちだなぁ卿は」


(……速いッ)


 イザールの速度に即座に反応したクライメシアがアンネリーゼを蹴飛ばして、自らがその刃の餌食になる。


「クライメシア!」


「……急所を外したか」


「ぐふっ、そろそろ抜いてもらえるとありがたい」


 イザールは強引に十字剣を引き抜いた。

 少しよろめくもクライメシアは依然として余裕だ。


 傷の即時回復。

 その場面を見てもイザールの表情に一切の陰りはない。


 研ぎ澄まされた神経の中で再び起こる嵐の前の静けさ。

 アンネリーゼはしりもちを着いた状態で、それを唖然と見ていたが……。


(私が、立ち上がらなくて、どうするッ! どうすればもっと反応できる? どうすればイザールに攻撃が?)


「アンネリーゼ」


「え……」


「肩の力を抜け。卿はその回転機構にさらに意識を集中させろ」


「でも……どうやって! 相手は……」


「できないとは言わせない。それを言わせられるほどの余裕もない」


 視線を合わせようとはしなかったがクライメシアは笑んでいる。

 信じているのかなんなのか。


 それに応えなければ死あるのみ。

 応えても無事であるかどうかはわからない。


 ────雑念を捨てる。


 命の危機という緊張感すらも。

 再び剣を交えるふたり。


 剣撃の音、地面を蹴り上げる音、布ずれの音。

 すべての音がだんだんと小さくなっていき、天国への車輪(ヘブンズ・ウィール)の回転音が大きくなっていく。


 衛星マーハウスを使っての小細工は通用しない。

 必要なのはもっと本体からなるもっと力強い回転。


 イメージする。

 どんな回転か、どれほどの魔力量が必要か。

 

(ただ速いだけじゃダメ、ただパワーがあるだけじゃダメ……じゃあ、どれだけ……)


 熟考を重ねた結果、アンネリーゼは辿り着く。

 呼吸を整え、ヘブンズ・ウィールにイメージをそのまま乗せた。


「これで……やってやるっ! ────天国への車輪(ヘブンズ・ウィール)!!」 


 掛け声とともにこれまでとは違う異様な軌道を見せる至高の車輪。

 イザールもクライメシアも、3人ですらもハッとなった。


 

 ギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギッ!!


 空間がよじれるような金切音。

 そして実際に回転は空間はもちろん、次元にも大きな影響を与えていた。


 車輪を中心に、稲妻のようエネルギーがまとわりつき、次元を歪めている。


 生き物のように獰猛で、なおかつ兵器のような冷徹さ。

 その威力は目視と本能で判断できた。


 クライメシアは巻き添えをくらわぬよう退避。

 ヘブンズ・ウィールは凶悪なオーラをまといながらイザールへと飛ぶ。


(次元系の魔術でも、マギアスによるそれでもない……これはッ!!)


 イザールが剣を振るう。

 ふたつの力がぶつかり合い、洞窟内部に大きな衝撃波を生んだ。


 崩れ、砕け、土の中へとなにもかも沈んでいく。

 それでもまだこのふたつはぶつかり合っていた。



 そして力と力のぶつかり合いで生まれた空間の歪みは、双方のエネルギーを圧縮し、やがて歯車的な大爆発を巻き起こす。


 命からがら脱出していた一同は目の前の光景に絶句する。

 巨大なクレーター、そして莫大な砂ぼこりから歩いてくるイザール。


「まさか、そんな……」


 今の時間はまだ日が出ている。

 クライメシアは影の中。


 絶体絶命、そう思ったときだった。


「……お前、名前は?」


「え……?」


「お前の口から聞きたい。名前はなんと言う?」


「あ、アンネリーゼです」


「そうか。覚えておこう」


 一見無傷に見えたがイザールの外套の一部が斬れている。

 これはかすったと判断していいのだろうか。


 だが、本人はどこか納得しているようだった。

 眼差しはどこか柔らかく、アンネリーゼたちに向けられる気配に黒いものは感じない。


 今のところは。


「お前の得物だ」


「あ、どうも……」


 プシューと蒸気を上げて沈静化するヘブンズ・ウィールを投げ渡す。

 そしてそのまま彼は行ってしまった。


 同時にアンネリーゼもグレイスもヴァレリィもその場にへたり込む。


「か、勝ったん、だよな?」


「いや、負けてもらったんだ、と思う」


「で、でも、や、や、やりましたよアンネリーゼさん! あの最強の魔導剣士を退かせたんですよ!? これ、快挙ですよマジで!」


「へぇぁ!? そ、そ、そうかなぁ。アハハハハハハハ」


「お、お、おう、さすがだ。よくやったよお前……ハハハハハハ」


「フフフ、フフフフフフフ」


「仲が良さそうね。ところで、皆、立てる?」


 3人が立てるようになるには、もう少し時間がかかりそうだった……。

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