両雄の刃 ~深淵と最強~
クライメシアとイザールの間の空間に歪な軋み音が響く。
長身のふたりは無形の構え。
なのにすでに間合いの中に入れないのは、お互いの実力が拮抗しているからだ。
「姉様……これって」
「グレイス、わかって入ると思うけど、間違ってもふたりの邪魔になるようなことはしないこと」
ラクリマの言葉がすべてを物語っていた。
アンネリーゼもヴァレリィも一歩が踏み出せない。
この4人が今まで出会ったどの魔物や豪傑よりも、眼前の男は強いからだ。
「あまり怖い顔をしないでほしいな。ほら、怖がってしまっている」
「ならば俺を殺してみせることだ」
「先ほどからわからないな。卿がなぜ死を望んでいるのか。苦労して手に入れた最強の座はそんなに退屈かな?」
「俺に必要なのは座ではない」
「……闘争へのスリルか。強くなりすぎて薄れてしまったということかな?」
「誰もが俺に挑んだ。だが誰も俺を殺せなかった。弟子も何人かいたが、どいつもこいつも俺を越えられない。……さて、クエストを達成したところで申し訳ないが、俺と戦ってもらうぞ────化け物」
「ほう」
クライメシアの瞳が獣のように細くなり、口角が吊り上がる。
このときばかりは一同は普段とは違って見えた。
自慢の深淵刀を握る手を適度に緩ませ、初速に備える。
斬り上げか袈裟斬りか、スタートの斬撃に絶対的な意志を乗せてイザールにぶつけるのだ。
イザールも不敵な笑みのまま動かない。
同じように初手に備えている。
「お、おい……コイツら、動かねぇぞ」
「なにをしているんでしょう」
(いいえ、恐らく……)
(もうすでに、あのふたりの中では始まってる……)
チェスや将棋を嗜む者が次々に展開を読むように、無心の境地の中でクライメシアとイザールは互いの動きを読んでいた。
この場にいる誰もが神経を研ぎ澄ます。
すると、どこかで水が滴る音が聞こえてきた。
……5……4……3……。
まるでそうカウントするように。
そして、最後の滴りが地面に落ちたとき────。
「シュッ!!」
「フッ!!」
速かったのはクライメシア。
だが遅れをものともせず十字剣を撃ちつけるイザール。
バキィン!
深淵刀によって十字剣が砕かれた。
ここで初めてイザールの表情が固まる。
だが十字剣は瞬時に再生。
そのまま何度も砕かせながらも、クライメシアと幾合交えた。
(……なるほど、この透明の刀……なんらかの概念を刀身にしているのか。だが、そんな技術、どこで……?)
(『斬る』という概念をそのまま刀身にした我が深淵刀……。本来ならば鍔迫り合いすら必要ないくらいのアドバンテージを持つほどの切れ味を持つのだが……こうも瞬時に再生されるとキリがないな)
互いに規格外の存在。
クライメシアはイザールの才能に内心舌を巻いていた。
最強の座にいるだけのことはある。
すでにクライメシアとの戦いに順応し、なおかつ刀身を砕かれても間合いに入れないように立ち回っているのだ。
並の剣士ではここまでできない。
その内ふたりの動きはさらにヒートアップしていく。
得物を振る、という動作のみで空間が歪曲し軋み音を上げた。
それを超速で動きまわりながらやるものだから、洞窟内のいくつかを空間ごと抉り取っている。
「姉様! これ以上はマズいです! 避難を!」
「そうね。さぁ早く逃げましょう!」
「でも、クライメシアが!」
「剣振るってだけで魔術レベルのことやってんだ! これ以上は巻き添え喰らっちまうぞ! それに、クライメシアがこんなことで負けるタマかよ!」
ヴァレリィの言う通りではあるが、アンネリーゼはどうも引き下がれなかった。
クライメシアが心配だからか?
違う、クライメシアが戦っているのに自分が引き下がるのが我慢できなかったのが本音だ。
相手は稀代の英雄。
しかもこうして凶刃を向けてくる異常者。
レベルの違いに恐れを抱きながらも、アンネリーゼの中では別の感情が生まれていた。
「お前、まさか……!」
「3人は逃げて。私は……」
「お前自分がなに考えてんのかわかってんのか!? いくらバカな俺でもこれはわかるぜ。アイツはガチでヤバい」
「わかってる。でも、クライメシアが戦ってる。凄く強い敵は全部クライメシアが戦うの? 私たちは指くわえて見てるだけ? それじゃあ変わらないよ。特に私がね」
「アンネリーゼ。それはただの蛮勇よぉ」
「わかってます。でも、なんだか悔しいんです。あんな凄い戦いしてるのに、自分は結局呆然としてるしかできないなんて……」
「だからこそ、戦うべきときとそうでないときを……」
ラクリマは静かに握られる彼女の拳を見る。
血が滲んでいた。
クライメシアは優しい。
だがそれが今は鋭い痛みになっていた。
クライメシアは4人を守るために戦っている。
これは別次元の戦い。
そこへ踏み入れないのは実力差からか、はたまたとどまった精神ゆえか。
恐らく前者だとわかっていても、突き進みたい思いが強くなっていく。
「ごめん皆。私、────行くッ!」
3人の制止を聞かず、アンネリーゼは剣舞の渦中へと躍り出る。




