恐怖! ニンジャ・ゴブリン
「ヴァレリィ様」
「うぐぅぉおお! だから! なんで! うしろから! 来るんだよ!!」
「申し訳ございません」
またやっている。
日常の一部と化してしまったこの光景。
アモルが音も気配もなくヴァレリィの背後に立ち、彼がビビり散らす。
姉妹は唖然とし、アンネリーゼは苦笑い。
「ようやる」
クライメシアは朝からブランデーを楽しみながらアモルの奇行に呆れていた。
そうしたそれぞれの反応とともに朝の時間は過ぎていく。
朝食後、アモルは洗い物をし始めた。
彼女の仕事はこうした家事だ。
メイド服姿で家事をする彼女は実に様になっている。
皿を洗う音にまじって背後から聞こえる足音を敏感に察知したアモルは、その手を止めるとうしろを振り向いた。
「マスター、いかがなさいました?」
「あぁごめん。仕事の邪魔しちゃった?」
「いえ、皆様にお仕えする魔導人形として当然のことです。して、マスター。ご用件はなんでしょう。なんなりと」
「いや、そんな別に大袈裟な。私の個人的な好奇心なんだけどさ」
「はい」
「アモルはなんでいつもヴァレリィのうしろに立つの?」
彼女が本格的に稼働してからの素朴な疑問だ。
叶うなら嫌がらせの類いではないということは信じたい。
しかしヴァレリィの反応を見ると、面白い反面かわいそうに思えてくる。
その答えを表情ひとつ変えずにしゃべるかと思いきや。
「それは……私にもなぜかはわかりません」
「わからないって?」
「理屈ではないのです」
「理屈じゃないって、また難しいことを」
「はい。私が背後に立つとすごく驚かれるのはもうご存じの通り。そのときのリアクションや表情が、その……」
「ん……?」
「彼の怯えた姿を見ると、こう、ゾクゾクするのです。胸のあたりがキュンとなって……」
「あーもういい、そこまで」
「左様でございますか」
恍惚の笑みをたたえながらしゃべるアモルを制止する。
スンと元の表情に戻る彼女の目の前で、アンネリーゼはこめかみに手を当てていた。
設計ミスをしてしまったのか、それとも前世の記憶の残り香かなにかが作用しているのか。
今のところ害はなさそうだが……。
「あの、アモル。その、ほどほどにね」
「かしこまりました。ほどほどに背後に立ち、ヴァレリィ様のお姿を堪能させていただきます」
割りと嫌がらせよりも質が悪かった。
今のところ害はなさそうだが、今後も様子観察が必要だ。
「マスター、そろそろクエストへ行かれるお時間では」
「あ、うん、そうだね。じゃあ、お留守番お願い」
その場をアモルに任せて皆の待つリビングへと足早に向かう。
「ごめん、お待たせ」
「あ、すみませんアンネリーゼさん。もう少しで準備が整いますのでしばしお待ちを」
ヴァレリィは軽い準備運動をし、ラクリマは宙に浮くようにして瞑想を行っている。
クライメシアはソファーにもたれ、アモル自慢のコーヒーをすすりながら新聞に目を通していた。
「なにか気になる記事あった?」
覗き込むようにかがむと無言でそれを見せてくれた。
「ゴブリンの群れが村を?」
「相当な手練れ集団らしいなコイツらは」
「はぁ? ゴブリンだぁ?」
ヴァレリィが動きをやめて素っ頓狂な声を出す。
彼にとっては奇妙な話のようだった。
「ゴブリンってあの、コソコソしてジメジメした場所に隠れてる小鬼のことだろ? この新聞記事だと死人が出てるらしいな。なんでそいつらが表だって……?」
「え、小鬼? なにいってるのヴァレリィ」
「なにって、なにがだよ」
「ゴブリンはニンジャだよ?」
アンネリーゼの言葉に全員が沈黙。
ラクリマでさえ思わず目を開いた。
「……待てアンネリーゼ。ゴブリンが、なんだって?」
「いや、だから、ゴブリンはニンジャだよ? 昔からそうでしょ?」
「いや、ちょっと待ってください。ゴブリンは四足歩行のたてがみが立派な緑色の魔物じゃ?」
「……どうやら、国や環境でゴブリンとやらの種類が違うらしい。しかし面白いな。ここのゴブリンは、えぇっと、ニンジャだったか?」
ニンジャ。
極東の島国にそう言った隠密集団が存在するのだとか。
暗闇にまぎれ、練り上げた肉体と妖しき術を駆使し、刃を振るう。
ここのゴブリンはそのスタイルの生き方をしているのだ。
「なんともまぁ奇抜な連中だなここのゴブリンは」
「でも不思議ね。ここのゴブリンがこんな風に村を襲うなんて。一体なにがあったんだろう」
「ふぅ、考えても仕方ないわぁ。さぁ、早くギルドへ行きましょう。もしかしたらそこでなにかわかるかもしれない」
ラクリマがストンと足を床につける。
それを合図に仕事モードへと切り替えた。
ギルドへ到着すると、なにやら慌ただしい様子だ。
いつものカウンターにはシャチハタはいたが、難しい顔でリストとにらめっこ。
こちらに気づいたのは、アンネリーゼたちが近くに寄ってからだった。
「おう、いらっしゃいアンネリーゼちゃん。周り騒がしいけど気にせんとってや」
「なにかあったんですか?」
「ちょっとな……」
「もしかして、今朝の新聞のことで?」
「まぁ、中らずと雖も遠からず、やな」
ギルド内部でもゴブリンについては話題に上がっているようだが、それにしてはあまりに様子がおかしい。
「興味あるって面やな。行ってみるか?」
「え? いいんですか? でもほかのギルドパーティーがその依頼受けてるんじゃ」
「なんぼか受けたけど、皆ボロボロで帰って来た。……いや、もしかしたら、帰って来てへん奴もおるかもしれん。それくらい危険なんや」
その言葉に閉口しかけるも、そういったことに俄然興味が湧いてしまうのがアンネリーゼの性。
「その話、詳しく聞かせてはいただけませんか?」
アンネリーゼは身を乗り出して話を聞く。
それはあまりに意外。
ニンジャ・ゴブリンの里でゴブリンたちが死に絶えている、というものだった。




