真夜中の約束
「う、うわ……!」
入ってきた面々の雰囲気にアンネリーゼは気圧される。
ラクリマやグレイスでさえ、一行に見惚れていた。
「あれ、アンネリーゼだよな? 奇遇だなぁ」
ヒョコっと身を乗り出して手を振ってきたのはハーストだ。
彼の反応に全員が注目する。
無論それはリーダーである彼女も然り。
にこやかな笑みとともに、アンネリーゼのほうへと歩いてきた。
「サルバニト。彼女がそうさ。封印街のことは話したろ?」
「あぁなるほど。アナタがアンネリーゼか。ハーストから話は聞いている。とても勇敢な子だとね」
「あ、いえ、その、どうも……初めまして!」
「かしこまらなくてかまわない。私は『マリーアンヌ・サルヴァ・ゴ=ダ・レーンヒルダ・ダルメシ・アボ・サルバニト』だ」
柔らかな微笑みとは裏腹に、名前は記憶野に対してあまり優しくない。
傍らでそんなことを思ったヴァレリィだった。
「アッハッハッハッハッハッ! 私の名を聞いた者は大抵そういう顔をするんだ。サルバニトでかまわない。今後ともよろしくね。君たちとは懇意にしたいから」
「私、たちと?」
「もちろんだとも。君たちの活躍には我々も注目してる。できるのなら、良きライバルとしてお互い切磋琢磨したいものだ」
信じられない光景だった。
ナンバーワンのギルドパーティー、そのリーダーである彼女とこうして話をするだけでも夢のようなものであるというのに。
あろうことか、それを通り越して認められていた。
この上なく光栄なこと過ぎて、現実感がなさすぎる。
「さて……少々話過ぎたな。メンバーをアジトに返して休ませなければならない。私はこれで失礼する」
「は、はい! お疲れ様です」
「あ、そう言えば、今から君たちはクエストかな? 頑張ってくれ。いつか時間が合うときにでも、一緒に話そう」
「俺はいつでも大歓迎だぜ。じゃあな!」
踵を返すさまもまた雅。
一挙手一投足に人々を惹きつける魅力を持っているのがリーダー・サルバニトの特徴である。
自分にはない圧倒的なカリスマ性。
その姿をボーっと見送る彼女の頬を、ヴァレリィがつついて我に返す。
「ご、ごめんごめん。……それにしても、すごい人だったね。あぁいうの一流って言うんだろうなぁ」
「そうだな。ハーストがついていくわけだぜ。……あの女、間違いなく強ぇ。最強集団まとめるだけの風格はありありだ」
ほんの一瞬だったが、かつての『深淵への階段』でクライメシアと初めて出会ったときのような得体の知れない闘気を感じた。
ただクライメシアと違って、あっちは他者に対して友好的な雰囲気だ。
互いに包容力はあれど、月のような静けさか、太陽のような温かさか。
「あれがサルバニト・パーティー。ハンニバル最強……」
アンネリーゼたちもこうして順調にのし上がってきたが、まだまだあの領域には届かない。
「おい、アンネリーゼ。今は仕事こなしてこうぜ」
「うん、そう、だね」
「なんだぁ? ハンニバル・パーティー見てビビっちまったのか?」
「いや、そういうわけじゃないよ! むしろ、むん、燃えてきた」
「上等! ホラ、美人姉妹とシャチハタが待ってるぜ」
どこまで上れるか今はわからない。
ひどい目に合わされて追い出されてから、月日は目まぐるしく過ぎていったのだから。
修行もクエストもなにもかも必死だった。
こうして、ふと振り返ってみたくなるほどに。
(カッコ悪いところは見せられないな)
充実した日々に浮かれそうになるが、ここはと気を引き締めてシャチハタの元へと向かう。
ふたりから4人でのクエスト受注。
人数が多くなって、フォローや戦略も練りやすくなった。
有能な姉妹を持ち腐れにしないためにも、精一杯奮闘しようと考えるアンネリーゼだった。
その日の夜。
姉妹の活躍もあり、クエストは早めに終わった。
歓迎会で騒いだあと、それぞれ寝室へと向かう。
そして街も人も寝静まったころ、クライメシアはいつものごとく書庫で机に向かった。
ノートを広げて鉛筆を走らせる。
それを小一時間続けていたときだ。
「よろしいかしらぁ?」
「ラクリマか。入るといい」
ノックの主が入ると、ノートを閉じた。
ラクリマのほうを向いて足を組もうとしたとき、彼女が見せてきた物に視線を向ける。
「年代物のバーボン。アナタへのお土産。来てすぐに渡すつもりだったけどすっかり忘れてたわぁ」
「ほう……」
「下で一緒にどう? 実は……私も飲みたくなっちゃったのぉ」
「いただこう」
ふたりで下の階へと降りて、空いている部屋に入る。
グラスに氷、注がれる琥珀色の液体。
ロウソクのほのかな灯りを目に、口の中に広がる香りとコクを愉しんだ。
「わたしはアモルと留守番をしていたから仔細は知れないが、クエストでは大活躍だったそうだな」
「それほどでもないわぁ。アンネリーゼと、ヴァレリィって人。ふたりのコンビネーションあってこそよ」
「……グレイスは中・遠距離の魔術を。卿は広範囲系の魔術を得意とするそうじゃないか。アンネリーゼが興奮気味に語ってくれた」
「あらそ。褒めてくれるなんて嬉しい。……もしかしてアナタも褒めてくださるの?」
「さぁな。しかし、ずいぶんと大胆なことをしたものだな」
「なにがかしら?」
「とぼけても無駄だ。卿の目当てはわたしなのだろう?」
カランと氷が動く。
「パーティーに入って来たのは、わたしから『深淵への階段』の情報を収集するため」
「やっぱりバレちゃうかぁ」
「アンネリーゼは卿が仲間になってくれるということでかなり喜んでいた。わたしに無理矢理掃除をさせるほどにな」
「ふふふ」
「笑いごとではないよ。しかし残念なことにわたしから話すことはない。諦めたまえ」
「……あの"ノート"」
「む」
「ずいぶんと熱心に書いてらしたわねぇ。鉛筆もいっぱい用意して、周りには専門の本を山積み。ちょっと気になっちゃう」
艶めかしく足を組むラクリマに向ける、変わらない乾いた眼差し。
表情ひとつ動かさないクライメシアの心情やいかに。
「ノートを見せて、とは言わない。勝手に見ることもしない。でも……聞けるのなら聞いておきたい。アナタがそこまで夢中になって書いてることってなぁに?」
バーボンを飲み干したあと、答える合図としてわざとらしく音をならしてテーブルに置く。
「あの娘のためだよ」
「アンネリーゼの?」
「地上に出てからずっとだ。あの娘の動きや、……あの"武器"を見ていた」
「そう……」
「このことは内密にな」
「わかってるわよ」
「ラクリマ。経緯はどうあれこのパーティーに入った以上、しっかりと彼女を支えてやってくれ。彼女は卿を尊敬している。…………アンネリーゼを裏切ったら、許さない」
「そんな怖いこと言わないで。大丈夫よぉ。私もあの娘のこと、大好きだから」
ラクリマはクライメシアのグラスにバーボンを注ぐ。
薄暗闇の中でふたりの酒が柔らかな光を反射させた。
「俺を殺せる者はいないのか……」
その夜、ひとりの男がクエストをクリアする。
それこそ大規模のパーティーがかからなければならないほどのの難易度を、彼は無傷でやり遂げた。
あまりに強いがゆえに。




