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ヘブンズ・ウィールと衛星マーハウス

 アンネリーゼは若干の痛みで顔をしかめているが、それ以外には表情はない。

 恐怖も悔しさも悲しさもなにもなく、ただ無慈悲な視線を向けていた。


「……貴様、なにか企んでいるな?」


「忘れたの? あれは私の声に応えてくれる。────天国への車輪(ヘブンズ・ウィール)!!」


「無駄だぁ!!」


 アンラマユーは背後からくる気配と音にすかさず反応し、掌をかざす。

 超速回転するヘブンズ・ウィールは空間転移のための波紋にのまれ、今まさに助けに行こうとしているヴァレリィたち3人に襲いかかった。


「どうだ! 自分の武器で仲間を傷つける気分は!!」


「……そうすると思ってた」


「なに?」


「あれは私の意のままに調整できる。私の魂と繋がってるって言ってもいい」


 バッと振り向くと3人は拍子抜けしたような顔をしていた。

 完全に無事だ。


「そして勘違いしてる。ヘブンズ・ウィールは"1機"だけとは限らない」


「な、に……?」


 キュルキュルキュルキュルキュルキュルキュルキュル……。


「な、なんだこの音は? ────はっ!?」


 気づいたときにはもう遅かった。

 天空から一気に急降下する一機の小さな回転機構。

 

 流星のように美しく、稲妻のような力強さを孕みながら、それはアンラマユーの左頭蓋を叩き割る。


「────『衛星マーハウス』。ヘブンズ・ウィールに備わったもうひとつの機能」


 ヴァレリィが見事な戦略に歓喜の声を上げる中、グレイスはヘブンズ・ウィールをふと見てみると、片方の円盤の中心部分に(くぼ)みがある。


 あの乱戦のときに、人知れず上空に発射したのだろう。


(なんて戦略……。まさか、一手先二手先を読んでいたとでも?)


 友人と認めた少女の姿をグレイスは目に焼き付ける。

 着地して衛星を軽々キャッチしつつ、ヘブンズ・ウィールを呼び寄せるその姿はどこか手慣れているようで、一種の上位者めいたオーラを感じていた。


「あが、あががががが……しょ、しょん、なぁ……おぶ、おぇええ……」


「まだ立とうとしてるんだ。まぁいいけど。これで終わらすつもりさらさらないから」


「おうアンネリーゼ。ひとりだけお楽しみを取ろうなんざズルいことすんなよな!」


「そこは同感だ。────やるなら皆でだ!」


「そうですね。私も……この野郎には容赦はいらないと思います」


「ひ、ま、待て……まてぇッ!」


 悲痛な声の命乞い。

 判事様と崇められていた男とは思えないほどに縮こまった姿勢。


 慈悲を求める非道の男に、容赦なき制裁は自明の理。

 ゆえに……。


「「「「ヘブンズ・ウィール・ゴールドラッシュだぁあああああああああああ!!」」」」


「ギィヤァァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!?」


 4人の圧倒的なラッシュによって、控えていた民衆を巻き込むように吹っ飛び瓦礫の中へと埋もれていった。 


「すごい、あの判事をこうも容易く倒すだなんて! やったぞ!!」


「あぁ、これで作戦が順調に進められる!」


「そうだな。……そう言えば、奴はアジトに民衆を送ったって……」


「こ、こうしちゃあいられねぇ! ギルドの皆! 早く戻ろう!」


「あ、待って! まだクライメシアが!」


「呼んだか?」


「うぉっわ! いつの間に。クライメシア、もう終わったのか?」


「斬り刻んできた。再生も結合もできないレベルまでな。そうでもしなければすぐに復活する。造作もないことだがやはり時間がかかってしまったな。申し訳ない」


「クライメシア……よかった。じゃあ、行こうか。皆待ってる」


「あぁ」


 こうして一行はアジトへと戻る。

 すでに準備は整っており、あとは乗り込んで脱出するだけなのだが。


「あの、ウォフマナフさん」


「なにかなグレイス?」


「アナタたちはこれからどうするんですか?」


「……まだ回収できてない作品がいっぱいある。それに……()()()()()()()()()()()()()()()()


「え?」


「我々では、外に作品を運ぶことができない。できるのは君たちのように外から来た人たちだ」


「な、なにを言っているんですか」


「我々ができるのは保護し、託すこと。それが役割(ロール)だ。……無事外に出たら、どうか語り継いでほしい。この街にこびりついたバカで切ない物語を。俺たちのような名もなき存在がいたということを」


 ウォフマナフは悲しくもにこやか笑いながらグレイスの頭を撫でた。

 そして1枚の古い写真を手に渡す。


 もう誰が誰だかわからないくらいに色あせているモノクロの世界の中に、大勢の人間がいた。

 レジスタンスの初期メンバー、今よりもずっと人数がいたらしい。


「さぁ、時間だ。行こう」


 グレイスは黙り込んだまま馬車に乗り込み、見送りのレジスタンスたちを見る。

 馬に制限があるため、何台もの荷車を連結させている形なのだが、警備としてアンネリーゼとラクリマと一緒に後ろに乗り込んだ。


「じゃあなギルドメンバーたち。ほんの数時間だったけどよ。アンタらに出会えてよかった」


「元気でな」


「風邪ひかないようにね?」


 そう言っているうちに、民衆が攻め入ってくる声が大きくなってくる。

 

「さぁ行きたまえ。作品たちを頼むぞ!」


「はい! 絶対、絶対に作品を外の世界に持っていきます。そして、アナタたちのことも必ず世界に伝えます! 狂気と恐怖に立ち向かった勇者がいたという事実を、私は必ず!!」


 馬車が動き始める。

 御者はヴァレリィとハースト。


 荷車のテントの上には左右前後どこからでも対応できるよう銃を持ったクライメシアが鎮座している。

 

 速度が中々でない馬車を見送りながら、レジスタンスたちは笑みを浮かべていた。


「勇者だとよ」


「へへへ、聞いたか? 俺たちが、あぁんな可愛い子に勇者ってよぉ!」


「ホラ、鼻の下伸ばさないの」


「いいじゃねぇか。これが最期なんだからよ」


「あぁ……勇者と言われたからには、立派に戦って立派に死なねぇとな」


「なんとしても侵攻を食い止めるぞ! 馬車まで行かせるな!」


 ふかしていたタバコをブーツのかかと部分で踏み消し、武器を構えるウォフマナフ。

 先ほどよりも数が多く感じる。


 否、実際多い。

 とてもではないが、30人やそこらで相手できる数ではない、だが……。


「ウワァァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!」


 それでも男女は迫りくる民衆の前に躍り出る。

 火炎放射器に銃器に爆裂弾に、使える物はなんでも使った。


 30人が24人に。

 24人が15人に。


 男も女も容赦なく串刺しにされ、火で焼かれ、爆弾で吹っ飛ばされても。

 誰のひとりとして足を止めることなく民衆に立ち向かった。


 11人……8人……4人……そして、最期のひとり。


 高笑いと血の海の中、彼ら彼女らはやり遂げた思いを胸に、儚い命を散らしていく。

 



「うぐ……ひっく……」


 グレイスはアンネリーゼに背中をさすられながら、声を押し殺して泣いた。

 門のところまでもうすぐだ。


 クライメシアが銃を連射している。

 左右からくる民衆を撃っているらしい。


 そのお陰もあってかなにごともなく門がある通りまでつけた。

 門は開いてはいないが、その真ん前に巨大な白い光を放つ空間の穴がある。


「よし、あそこへ突っ込むぞ!」


 馬車は一気に駆け抜ける。

 そして穴に入ったとき、凄まじい光と圧が全員を包み込んだ。

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