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封印街と呼ばれる所以

 深海を表す空想画。

 沈んでいくのはイスやテーブルといった日常生活用品。


 その周りの深海魚らしきなにかが泳いでいる。

 どこか心をくすぐる闇のタッチに、ラクリマはジッと視線を向けていた。


 作者はこれを描き終えたあと、なにを思っていたのだろう。

 そんなことを考えながら、丁寧に袋のほうへと持ち運んだ。


「名画に見惚れる美女……。ここの画家たちはなぜその光景を描かなかったと思う?」


 口笛を鳴らしながらラクリマに近づき、その肩に手を添えながら耳元でささやくハースト。


「さぁなぜかしら?」


「……アナタのような美女がいなかったからさ。ただそこにいるだけで見る者のセンスを駆り立てるそんな神話めいた存在がね」


「お上手ね。でも、今はお仕事に集中しましょ。ホラ、皆見てるから」


「おおっと」


 人差し指でハーストの手をつまんでどかす。

 男性との距離が慣れているだけでなく、そのあしらい方にも迷いがない。


「仕事もいいが、こうして親睦を深めるっていうのも悪くないと思うんだがな。お互いのこれからの関係のためにね」


「ふふふ、仕事が終わったらお食事くらいならいいわよぉ」


「ほう、そりゃあ楽しみだ」


「……グレイスが許してくれたらね」


「……あちゃ~」


 レジスタンスの一部男性陣からは舌打ちをされる始末。

 感想のどれもがグレイスやヴァレリィ同様のものだ。


「さぁ、引き上げるぞ!」


「ここはたくさんあったわねぇ。グレイスも喜びそう」


 グレイス同様仕事はこなすも、その佇まいはまるでお土産でも選んでいるかのようだった。

 彼女がかもしだす不思議なオーラに、レジスタンスのメンバーもある種の希望を抱く。


 母性的な表情を見れば見るほどに、自分たちがこれまでやってきたことに意義を見出した。

 ほんの数日とはいえ、彼ら彼女らにとっては長い戦いなのだ。


 そして外へ出てアンネリーゼたちの班へ合流しようと動き始めたときだった。


「しっ! 隠れろ」


「どうした……?」


「あれ、見てみろ」


「あれは……火炙りの刑か? おい、薪代わりに燃やしてるやつって……」


「あぁ、絵画や詩集、……海外の本もあるのか?」


「ひでぇ、なんてことしやがるッ!」


 ハーストが怒りを露わにする。

 芸術をゴミのように扱うのもそうだが、それを見せしめに処刑を行っている狂った民衆に思わず殺意が湧いた。


「過去の歴史でも、魔女狩りや異端審問は行われていたと聞いてるけど……ここまでではなかったはずよねぇ」


「ラクリマ?」


()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。悪質なクレーム染みたのが多かったけど、正式な裁判の下、公正な判断が下されていた。……ヨフゼフがなぜ封印の街と言われているかわかった気がするわぁ」


 表情にこそださないがラクリマの雰囲気が変わった。

 封印街は魔女狩りの歴史における負の側面を閉じ込めた場所。


 時空を越えて、ダンジョンのひとつとして現代に残っている人間の膿。


 とある偏屈な哲学者曰く、『人は憶測(おもいこみ)で狂暴になるが、真実によって掌を返す。とどのつまり、反省などした試しがない』と。


 その哲学者にぜひとも見せてやりたくなるほどの光景だ。

 ラクリマは目を細めながらそんなことを皮肉にも思う。


「散っていった作品、そして彼らの無念を絶対に無駄にはしない。……さぁ行こう」


 だがそこでもトラブルが起きた。


「いたぞー! 穢れの連中だ!!」


「やばい、見つかった!」


 突如現れた一団の声に反応して処刑に参加していた民衆たちにあっという間に取り囲まれる一行。

 作品たちを守りながらここを突破しなければならないのだが……。


「安心しろ皆。俺がいる。指の一本も触れさせねぇ」


 ブチギレた狼のような眼光を敵に向けながらハーストは前に出る。

 一流の戦士である彼に容赦の色はない。


「あらぁ、アナタだけにそんな大役務めさせるわけにはいかないわぁ」


 彼女も少々腹に据えかねているようで、久々の戦闘だとやる気を出している。

 するとそのとき、民衆のひとりがワナワナと震えながらラクリマを指差した。


「魔女だ……! あれは魔女だ!」


「なんですって?」


「あの淫靡いんびな格好……燃やした絵画とかにもあったぞ!? 男を惑わして邪なる心を宿させる魔女だ!!」


「ホントだ! 魔女だ!」


「お、恐ろしい……!! 皆気を付けろ! コイツ魔女だぁあ!!」


 魔女だ魔女だと禁断症状のように騒ぎたてる。

 こうなれば話は通じない。


 ラクリマは肩をすくめる程度だったが、ハーストは違う。


「テメェら、この人を魔女と言ったな? 今この場で即訂正しろ。そしたら気絶程度で済ませてやる。じゃなきゃたとえ女でも手加減はできねぇ」


「な、なんだこの魔女の手先め! 我々を脅すのか!? そんなものは通じないぞ。我々には判事様より授かった正しき教養が……」


「オッケー、ブチ殺す」


 ハーストに宿る黒い意志が拳に宿ろうとしたときだった。


「お、おい、上からなにかが────」


 メンバーのひとりが指差すと全員が確認する暇もなく『それ』は上空から舞い降りてきた。

 

「おぉう、ようやく見知った顔に出会えた。いやぁよかったよかった」


「クライメシア!?」


「無事だったのね」


「なんだ、(けい)らもまたイチャモンをつけられているのか。今度はなんだ? ロングヘアーか?」


「なんのこと言ってるの?」


「髪型に厳しいらしいここは」


 民衆はクライメシアの登場にポカンとしていたがすぐに立ち直り、そしてまたうなじのことでワーワー言い出す。


「……こんな感じだ」


「クライメシア。アンタと合流できてよかった。アンネリーゼが待ってるぜ。ずっと心配してた。さぁ、ここは俺に任せてくれ。ブッ飛ばさないと気が済まなねぇんだ」


「いやいや、迷子になって心配をかけてしまったからね。わたしが引き受けよう」


「だが……ッ!」


()()()()()()()()()()()()。最早コイツらは……」


 深淵刀をかかげ、先のように一瞬にしてほふるつもりだ。

 透明な刀身を持つ長刀に一瞬見とれてしまいそうになるも、ハーストは彼女が本気であることを悟り、ラクリマともども下がった。


 一斉にかかってくる民衆。

 対してその勢いなど意にも介さずという風な身のこなしの速さ。


 あまりにも速すぎて一瞬で元の定位置まで戻る。

 取り囲んでいた民衆は文字通りただの肉塊となった。


「す、すげぇ……」


 レジスタンスのひとりが呟いた直後。 



 ────ズブ、ズブズブ……ッ!


「お、おい! コイツらの死体が……ッ!」


「嘘だろ……再生? いや違う、バラバラにくっつきあってる!?」


「早く行くがいい。……久々に楽しめそうだ」


「アナタはここでどうするの?」


「……ここは、かつてわたしがいた階層の空気に似ている。禁域指定というだけあるな。アンネリーゼに5分だけ遅れると言っておいてくれ」


「そう、わかった。ハースト、行きましょう」


「え、だが……」


「いいから。ホラ、皆も早く!」


 殿しんがりを務めるクライメシアを背に、一行は駆け抜けていく。

 うしろでまた戦闘が行われていた。


 誰も振り返ることなく、彼ら彼女らはアジトにひと足先に着いたアンネリーゼたちと合流する。




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