ヨフゼフのレジスタンス
「神秘と官能が呼応し合うとき、精神に自由が訪れる! かつての神々がそうだったように!」
「おい、また始まったぞ」
「グレイスちゃん、だっけ? あの娘リーダーの話めっちゃ真剣に聞いてるよ。あ~らら、帳面まで持っちゃって」
「女の子と話すなんてどれくらいぶりだっけか? ……おい、俺ら臭くないか?」
「臭ぇに決まってんだろ。もう手遅れだ」
助けてくれた馬車と馬の人たち。
そのアジトに案内されたアンネリーゼたち。
商会の屋敷の地下に、それはあった。
彼らの隠れ家、最後の王国。
裸身の女神像、湖で踊る少女たちの絵画、柔らかな表情を浮かべる貴婦人の絵画、美しい字のソネットが書かれた羊皮紙の束まで様々な芸術作品がそこに陳列されていた。
最初にこれを見て一番最初に大喜びしたのがグレイスだった。
未知の物もあれば、存在が示唆されている作品もある。
知っている作品があると、飛びつくようにそれを見て作品名や作者は誰かを言い当てた。
それを見て、ひとりが触発されて最初の演説が始まったというわけだ。
名をウォフマナフ。
レジスタンスのリーダーであり、芸術を愛する心はここの誰よりも強い。
「あの、ちょっと聞きたいんですけど。ここにある芸術品とアナタたちは、なにか関係が?」
「関係もなにも。俺たちは守っているのさ。ここにあるのは先人たちが築き上げた美の結晶なんだ」
「……奴らはそれらを、全部壊そうとしやがるんだ。信じられるか? ここは芸術を慈しむ街だったんだぞ」
「あぁん? 壊すだぁ?」
「なぜだ? ここにある芸術はすべて特級品だ。にわか程度の俺でも、その価値がわかるぜ?」
「すべては新しくやってきた判事が原因だ。あれらすべてを、奴はなんて言ったと思う? 卑猥だとか、低俗だとか……芸術をなんだと思ってやがる。視神経に糞でも詰まってんのかあの野郎!!」
「おいやめろ。レディの前だぞ。口を慎め」
「……すまねぇ、ちょいとカッとなっちまった」
「仲間の無礼を許してやってくれ客人。だが、俺たちもコイツと一緒だ。……アンラマユー判事のせいで多くの芸術品が、本当のゴミクズになっちまいやがった。あんなに、良い作品だったのによう……」
メンバーは帽子を深くかぶるように、散っていった作品に哀悼の意を示す。
その様子を見てアンネリーゼもヴァレリィも黙り込んでしまった。
壁に寄り掛かるようにしてハーストも目を伏せる。
ラクリマは悲しみを抑え込むような表情で、並べられた芸術品を見ていた。
「神々とは善悪を越えた天地を敷く者たち。だがいつの間にか、人間は自らの善悪の中に神々を閉じ込めてしまったのだ」
「ほうほう、それで……ッ!!」
「しかし!! 芸術や歌というものはそうした精神の自由を! 閉じ込められた神々の姿を外界へと解き放つ行為なのだよ! ……中にはエロチズムなものもあるだろうが、あくまでそれは日常間で緊縛した精神に、本来人間に備わっている自由そのものに共鳴を促すものであり、それに対し穢れと言って忌み嫌うというのはあまりにも卑屈な考えなのだ! であるからして────」
「なぁ、オタクんとこのリーダーさん、一体なに言ってんだ?」
「安心しろ。たまに俺らでもわからねぇことがある」
「あぁいう言い回しが好きなのさリーダーは」
ウォフマナフとグレイスの独自の世界がほんの少しだけ場の空気を緩ませた。
嬉しそうに話を聞いているグレイスを見て、ラクリマの口元が笑んだ。
「────さて、そろそろ本題に入ろうぜ皆。俺たちは仕事で来たんだってことを忘れるな」
「仕事? アンタら、一体……」
「あ、その……ご説明させてください」
アンネリーゼが皆を代表して前に出る。
自分たちがなにゆえこの街にやってきたのか、それを具に話した。
芸術品の回収、そしてこの街でなにが起きているのかを調べること。
レジスタンスたちは唖然としたように沈黙する。
言葉を間違えたか、とアンネリーゼは内心焦った。
これでは卑しい火事場泥棒に聞こえたか。
「ちょちょちょ、ちょっと待ってくれ……状況が飲み込めない」
「でしょう、ね。いきなり芸術品を回収するためにきたとかいう人たちが現れたら……」
「いや、違う……そういうことじゃないんだ」
「え?」
「君たちは言ったな? ここは禁域指定にされているって」
「はい」
「こうも言った。……そうなったのは『70年前』だって。……おい嘘だろ」
「俺たちがレジスタンスを組織してそんな数週間とか経ってないはずだぞ!」
「え……?」
騒然となる一行。
そんな最中、クライメシアは……。
「やれやれ、どうやら迷ってしまったらしい。ひとり勇んで踏み入った結果がこれとは……またアンネリーゼに叱られるな」
荒れ果てた通りに散らばる瓦礫やゴミ。
それらを蹴っ飛ばしながら進んでいく。
「ヨフゼフの封印街、妙な場所だ。禁域指定だからか? わたしが元いた場所と空気が似ている」
そうして歩いていると、松明を持った街の住人たちと鉢合わせし、即座に取り囲まれる。
「おいなんだ貴様!」
「コイツ、余所者だぞ」
「この街に余所者だと!? こんな真夜中にうろついているとは怪しい奴め」
「失礼、少々道に迷ってしまってな。仲間を探している」
「なに!? 仲間だと!? テメェ、賊か!?」
「いや、違う。男ふたりと女が3人だ。知らないかな?」
「コイツ……仲間のもとへ行ってなにをする気だ!」
「卿らは話を聞かないな……」
呆れてうなだれるように溜め息をしたときだった。
「お、おいお前! なんだその髪型はぁあ!!」
「ん、わたしの髪型がどうかしたかね?」
後方の男が叫ぶ。
やけに興奮したようで目が怒りで血走っていた。
「んまぁ、見てみなさい。この女、"うなじ"を見せているわ!」
「ほ、ホントだ……信じられない……ッ!!」
「へ? うなじ?」
クライメシアはうなじ部分を撫でてみる。
その所作に一同はさらに怒り心頭になったようで。
「歳若い女がうなじを見せるなど……コイツ、穢れだ!!」
「なに?」
「穢れ……」
「ええ穢れよ。判事様が言っていたわ!」
「もううなじを見るな! 魅了されて堕落してしまうぞ!」
クライメシアがキョトンとする中、一同がジリジリと武器を握りしめながら詰め寄ってくる。
「お前のような穢れを信仰する奴がいるから! 低俗な文化が生まれるんだッ!」
「そうだ! 正道から外れた魔女め……成敗してやるッ!」
「……意味がわからない。が、一応わけを聞かせてはくれな……」
「問答無用! ぶっ殺せ!」
横からも上からも迫りくる武器。
なにがなんだかわからないまま、クライメシアは神速の抜刀術のように深淵刀を引き抜き、瞬く間に全滅させた。
「……髪型でここまで怒るとは」
奇妙な生き物に出会ったな、というような顔。
「瘴気が濃いな。これではアンネリーゼの居場所が掴みづらい。……凄まじい場所だ。あまりのエネルギー量に時空が歪んでしまっている」
『深淵への階段』にいたクライメシアでさえも、ここは摩訶不思議なダンジョン。
なにが起こるかまるで見当がつかない。
ゆえに溢れる冒険心。
それが彼女を高揚させた。
「……もうちょっとばかしひとりで探索しても大丈夫だろうか。もうすでに迷子だしな。ほんのちょっとくらいはぐれていた時間が長くなっても。……でも、あぁ、ダメかな。怒られるな。でもやっぱりちょっと見ていきたいから。ほんのちょっとだけ。ちょっとだけだ。うん」
────ズル、ズルズル……。
「おや、これは……」




