ボロボロの芸術品
辿り着いた場所は、どこか美術館か図書館かを思わせるような場所だった。
だが並べられていただろう女神らしき彫像は滅茶苦茶に破壊され、裸婦画やそれらしい絵画は皆ズタズタに引き裂かれていた。
蔵書らしき分厚い本までもが、コナゴナか灰になっているかという極めて狂気じみた光景が瓦礫とともに内部には広がっている。
「これが芸術と神話を愛する街だって? これじゃあまるで……」
「えぇ、美への否定。これこそ神への冒涜でしょう」
ハーストが口元を覆う中、グレイスが短く答える。
その節々に怒りがにじんでいた。
拳を握りしめ、必死に歯を食いしばっていた。
そんな妹を落ち着かせるために、ラクリマはうしろからそっと抱きよせながら頭を撫でる。
「グレイス、今は仕事をしましょう。この街でなにが起こっているか。私たちで明らかにしていくの。」
「ラクリマ姉様……、はい、もちろんです」
「俺も手伝う。おうヴァレリィ、表見張ってろ」
「テメーが仕切ンじゃーねぇ。言われなくてもわかってらぁ」
ほんのわずかに残った蠟燭をひとつ灯し、憐れな残骸たちに哀悼の眼差しを向ける。
ラクリマは冷静そのものだったが、グレイスは怒りを抑えるのに必死な形相だ。
破損した品を見ては帳面になにかを記していく。
わずかに残った手がかりで、頭の中の知識で該当する人物の列挙、並びにいつごろの作品なのかも細やかに。
「全部リストアップするの?」
「当然です。これらは本来日の目を見るべき傑作たちだったんですから」
「私も、手伝おうか?」
「これがどんな作品かアンネリーゼさんにわかるんですか?」
「いや、ごめん……」
「いえ、ありがとうございます。すみません。少し頭を冷やします」
グレイスは再び帳面と芸術品に目を向け始める。
今ここでアンネリーゼができることはない。
いても邪魔になるだけと判断し、ヴァレリィと一緒に外を見張ることにした。
あまりにも明るい月が今はややうとましくさえ感じる。
「アンネリーゼ、ここの街の奴ら、どう思う?」
「少なくとも穏便そうな人たちじゃなさそうかな。偏見かもしれないけど」
「俺も同じだ。これは街が襲われてるってわけじゃい。街の中で争いをしてるって感じだぜ」
一体なにがこの街を狂気に染めているのか。
封印街と呼ばれるゆえんが、この内部に存在するというのなら、解き明かさなければならない。
だが、時折聞こえる罵声染みた雄叫びと銃声がアンネリーゼとヴァレリィをより緊張させた。
「あー俺あんま詳しくねぇんだけどよ。70年前って銃あったのか?」
「あっ……たね、うん。今よりずっと性能悪いけど。あ、めっちゃ不細工な火炎放射器もあるし爆弾みたいなのもあったんじゃないかな確か。普及はそこまでって感じだったらしいけど」
「……確か地図でよ。封印街の近くに鉱山あったよな?」
「あったね」
バァァァアアアアアアアアンッッッ!!!!!
突如として近くの建物が炸裂し崩壊していった。
真顔でそれを見届けたあとふたりして顔を合わせ。
「「敵襲だぁあああああああああああああああああああ!!」」
一目散に奥へと入り、3人のもとへ行く。
3人も危険を察知したようではあったが……。
「グレイス、なにをしているの?」
「持っていくんです。びりびりに破けたこれ……修復すれば相応の姿に戻ります」
「絵画だけじゃなく、彫像だった石ころも集める気か? 無理だぜ! ……やべぇぞ。声が近くなってる」
「でも!」
「グレイス!」
珍しくラクリマは声を張った。
普段温厚な彼女にジッと見られ、グレイスは肩を震わせる。
「今は避難が先よ。それともここで敵を迎え撃つつもり?」
「……ッ。わかりました」
「……よし、じゃあ逃げよう。奥にドアがあった」
「そいつぁいい。行こうぜ」
グレイスは鞄の中にいくらか詰め込むと立ち上がり、皆とともに裏へと駆けていく。
その目には涙が浮かんでおり、見ている側はいたたまれない気持ちになった。
薄暗い通路を抜け、ハーストを先頭に外へ出る。
クリアリングは十分のはずだった。
「よそ者の気配が濃いな。今宵は2ヵ所で乱闘騒ぎだ」
突如前方の空間が波紋をおびて揺らぎ、その中から大柄な髭面男が出てくる。
「な、なんだコイツはぁ!?」
「ビビってんじゃねぇぜヴァレリィ!」
ハーストとヴァレリィは前に出るも、その威圧感は凄まじい。
長身のふたりが並んでも、それよりもずっと大きい。
まるで山脈が歩いているみたいだ。
「女が3人に、男がふたり。……スン、スン。む、この臭い。おいそこの小娘。『穢れ』を持っているな!?」
大男がグレイスとその鞄を指差す。
「な、なにを言っているんですかアナタは!」
「その中のものを出せ! そうすれば裁判に出る権利くらいくれてやる。ウワァーッハッハッハッ!」
大笑いする大男に青筋をたて始めたのはグレイスでもなくヴァレリィだった。
今にもくってかかろうとした次の瞬間────。
「ぬぅう!?」
大男の前方をさえぎるように馬車は突然現れた。
そして1頭の馬に跨がった仮面の男が全員を見下ろすや。
「乗って! さぁ早く!」
急かすように馬車を示す。
全員すかさず乗り込むと、一気に発進した。
「逃がすな! 奴らを断罪するのだ!」
大声は響き、それに集まるように民衆が松明やクワなどを持って地獄の亡者のように馬車を追って走ってくる。
「あの、アナタたちは!」
「安心してくれ。味方だよ。目を閉じていてくれ!」
そう言って馬車の中の頭巾のひとりが、魔導液体が入ったビンを民衆に投げつける。
轟音をあげて強い光が彼らの目を焼いていった。
「俺たちは、まぁレジスタンスみたいな存在と思ってくれていい。アジトへ案内する。詳しい話はそこでしよう」
「あの、アナタたちは? それに、さっきの大男は?」
「我々は『生き残り』。そして奴は悪夢に見いられたクソッタレ野郎。────アンラマユー判事だ」
顔を覆う頭巾からでもわかるように大男の名を吐き捨てた。
「こんな街に来客とは……しかも麗しの美女ばかりだ」
「へっ、ナンパかよ。似合わねぇことしやがって」
仲間の御者が呆れたように笑う。
こんな感じで、しばらく馬車に揺られていたが、アジトが近くなったとのことで降りることとなった。
「こっからは徒歩だ。歓迎するぜ。俺たちの、最後の王国だ」




