禁域の中は夜闇と瓦礫
「んでよ。皆で行くってことになったのはいい。こうして準備して封印街へ向かってるって思うと胸が躍るってもんだ。だがよ……」
「どうした?」
「どうしたじゃあねぇ! なぁんでテメーがいるんだよハースト!!」
「麗しきご婦人たちを守るのは俺のような騎士の役目さ」
やれやれと肩をすくめたあと、ラクリマとグレイスに話しかけるハースト。
封印街ではなにが起こるかわからないため、クエストクリア率をより上げるために別のギルドパーティーから派遣されたのだ。
ハーストはこれでもハンニバル最強ともされるギルドパーティー『サルバニト・パーティー』のメンバーだ。
カトレシアの呼びかけと祭りでの縁もあり、ハーストが真っ先に名乗りを上げてくれた。
「あぁ、どうやら君たちは俺のために神話の世界から転生してきてくれたようだね。こうして見ているだけでも、前世はどんな女神様だったのかすぐわかるよ」
「あら、それは興味深いわね」
「姉様、ただの軽口ですよ。真に受けないで」
「いいじゃない。ちょっとした興味よ」
(うっげぇぇえぇえええ。台詞のキモさに拍車がかかってるじゃあねぇか! あ~~かゆいかゆいッ!!)
ヴァレリィは背中をかきながらアンネリーゼを睨んだ。
(私のせいじゃないでしょが!)
心の中でツッコミをいれつつも馬車を進ませると、それまで青々としていた空がどんどん曇っていく。
風の流れや植物の雰囲気も変わっていく中で、全員に緊張感が生まれだんだんと無口になっていった。
ハンニバルを抜けて海に近いところまで。
数時間かかる道のりを進み、一望できる崖まで来ると、双眼鏡で位置を確認。
海から離れた位置に、まるで竜巻のように暗い靄が渦巻いている場所がある。
その近くにはかつては小さな港だっただろう廃墟があった。
「あの渦の中がヨフゼフの封印街か? なんも見えねぇ」
「グレイス、大丈夫? 顔色が悪いわ」
「すみません姉様。……さすがは、禁域指定というだけはありますね。こんなにも離れた位置にいるのに、この圧力は……」
ラクリマやグレイスだけではない。
アンネリーゼでさえも感じる既視感。
かつて踏み入った『深淵への階段』のそれに近い。
誰もがその異様さにのまれそうになる中、後方からクライメシアが現れる。
彼女のことを知らないハーストからすれば、いつの間にいたんだと思うことだ。
現に気配を直前までよめきれなかったことに驚いている。
「封印街、か……」
崖のふちまで歩き、じっと目を凝らす。
異形の彼女にはあの靄の奥が見えているのだろうか。
時折顎を指で撫でるような仕草をして、片目をつむったりしている。
「……壁をのぼるための道具はあるのかな?」
「おう、持って来てるぜ。いつでもいける」
「おい待て。壁をのぼるにしてもだな……」
「姉様は魔術で浮遊できますし、私はそういうのには慣れていますので」
ハーストが送る視線にグレイスは「ご心配なく」と答える。
アンネリーゼもここまでヴァレリィやクライメシアに鍛えてもらった。
「やれやれ、女性ひとりくらいなら背負ったままのぼれるって言いたかったんだが……、いいぜ。でも無理はしないでくれ。美しい女性が無理をする姿はあまり見たくない」
(あ、ヴァレリィめっちゃ睨んでる。ハーストのことすっごい睨んでる。気に入らねーって顔してる)
ひと悶着起きそうだったが、とりあえずそれぞれ準備を済ませた。
そして封印街がある靄の近くまでやってくると、その規模の大きさに誰もが天を見上げる。
「い、意外にでかいね」
「怖気づいたのかアンネリーゼ? ならば、わたしから行こう。ふふふ」
「あ、ちょっとクライメシア!」
先に入ってしまったクライメシアを追うように全員が駆けていく。
だが、どれだけ走っても彼女に追いつくことはない。
全員が不審がったときだった。
「ねぇ、私たち、外にいたよね?」
「あ、あぁ……走ってきたって言っても、そんな距離はいってねぇはずだぜ!」
「姉様、これって……」
「……封印街と言われてるからどれだけのものかと思ったけれど、結構オープンなのねぇ。驚いちゃった」
靄を走って、気がつけばそこは夜の街の中。
おどろおどろしい雰囲気が、街独特の臭気とガス灯で照らされる一部崩壊した建物によって不気味に浮き出ている。
遠くで大勢の雄叫びが聞こえてきた。
思わず精神が警鐘を鳴らしてしまうかのような、そんな野蛮なものだ。
「クライメシア……クライメシアはどこなの?」
「まさか……別の場所に?」
「あの人のことだから大丈夫とは思うけど」
「それよか、ちょっとこの状況ヤバいんじゃあねぇか? 」
「意見があうな。心なしかあの変な雄叫びが近づいてきた気がする。すぐにでもここを離れよう!」
「そうだね。ハーストとヴァレリィは後ろと前、どこから来ても反応できるようにしておいて。ラクリマさんは周囲の索敵を。グレイスと私は左右。これでオーケー?」
「いいだろう。じゃあ、行こうか……ッ!」




