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月が綺麗ですね

 ギルドにて受けたのは初のBランククエスト。

 シャチハタはこの決断にこそ反対する道理もないとして口をつぐんでいたが、かなり心配そうだった。


 初めて出会ったときから頑張りを見守っていたが、まさか怪物に試されようとしているなど知るよしもない。


 内容は『大猿の討伐』だ。

 Bランクということでその対象の強さは計り知れない。


「場所はオツキミ峠や。……場所わかるな?」


「はい、ありがとうございます」


「……ふたりで平気か? なんやったら知り合いのギルドパーティーからバイト何人か回すよう頼んでみるで?」


「あー、遠慮しておきます」


 クライメシアの存在など言えるわけがない。

 ふたりとも若干ひきつったような顔だ。


 ギルドを出て準備にかかる。

 オツキミ峠に着いたのは、その文字通り月がよく見える時間帯。


 煌々と輝く月は大地を見下ろし、これから戦いの火蓋が切られるであろう峠にその光の加護をもたらしていた。


 ────大猿は夜にて踊る。


 かつてそんな昔話が語られていた時代があった。

 そのときはただのメルヘンだったが、今となっては血塗られたリアルとして、ギルドパーティーによって狩られてる対象となっている。


 大猿は山と山とを越えて他国にも多大なる被害をもたらしていた。

 夜の間に家畜ともども家主が食われていたり、野宿をする旅の人間や夜営中の軍を襲ったりと、その被害は甚大だ。


 一時は軍隊が討伐へ出たものの、図体に比例し狡猾で、時間がかかりすぎてしまう。



 そんな獲物を相手に、クライメシアは試験の道具として使おうというのだから、これにはヴァレリィも顔を曇らせていた。

 

「ここか」


「えぇ、大猿は大体ここ付近を根城にしてるって話」


 峠の周囲の森林が、風に揺られて怪しく揺れる。

 葉音のそれに混じって獣の咆哮が聞こえた気がした。


 昼間の峠にはないおぞましさがふたりを包んでいる中で、クライメシアが姿を現す。


「うぉぉおお!? アンネリーゼの影から!!」


「あぁ、これを見せるのも初めてだったな。……驚いたか? わたしはそういう存在なのだよ」


「は、ハハハ。まっさか~。魔術かなにかでそういう演出して俺をビビらそうってんだろ? そうはいかねぇぜ!」


(あ、そういえば恐いの苦手だったね)


「そうか、頼もしい。……では、ふたりとも」


 改めてふたりに向き合うクライメシアはにこやかな表情で帽子を取り。


(けい)らはもう立派なギルドパーティーだ。ここからは自分の目で判断しろ。わたしとともにいるか否か」


「く、クライメシア?」


「おいおい、そんな大袈裟な……」


「大袈裟かどうかは卿らの判断基準に任せよう。だが、すべてが見終わったあとに泣き言は言わないことだ。回答次第では、わたしは君たちを殺してしまうかもしれない、フフフ」


「ちょ、おい、それはさすがに笑えねぇぞ? じ、冗談だよな? ハハハ」


「────来るぞ」


 クライメシアが帽子をかぶると同時に、月を覆い隠してしまうほどの影が現れる。

 上空には両腕を広げた巨大な生命体。


 アンネリーゼとヴァレリィがハッとなったときには、クライメシアの背後にズシンと着地していた。


 牙をむき出しにして天高く吠える大猿。

 今回のクエストの討伐対象は、これまでの敵とは格が違う。


 それはクライメシアもわかっていようが、彼女は妙に落ち着き払っていた。


「では諸君、しっかりと見ていたまえ」


「クライメシア! 早く戦闘に移らなきゃ!」


「お、おい! 俺が不信がってるーっての気にしてんのか!? 悪かった! だから早まるな! な?」


 しかしクライメシアは大猿に背を向けたまま変わらず佇んだままで。


()()()()()()()()()()()()()。そのあとのことを、君たちに判断されてもらう」


「クライメシアなに言ってんの!? 殺されるって正気!? やめてよ!」


「オイなにやってんだやめろバカ!」


 次の瞬間にはふたりの目の前には惨劇が広がっていた。

 大猿はまるで狂ったようにクライメシアを執拗に叩きのめしていく。


 大猿の様子がかあなりおかしい。

 まるでなにかに怯えるように、必死になっているようだった。


 とても国単位で猛威を振るっている魔物には見えない様子だ。

 だがそのパワーは驚異的でクライメシアを妖花を散らすように、瞬く間に血飛沫と肉塊にしていく。


「あ……ぁぁあ、クライ、メシア……嘘……そんな」


「お、おい……なんだよ、なに、やってんだよこれ……」


 アンネリーゼたちは戦闘態勢に入るのも忘れて呆然とするほかなかった。

 目の前の現実が信じられずに、さきほどまで微笑んでいた女性がグチャグチャになっていくのを見ているしかない。


 ────グチャアアッ!!

 

 近くにあった岩にクライメシアを叩きつたのが最後。

 大猿は肩で息を切らしながらクライメシアの亡骸(なきがら)を見つめていた。


 その数秒後、途轍もなく耳障りな音が周囲に静かに響き渡る。


 全員はいつの間にか天を見上げていた。

 それは月をも掴み取らんとそびえたつ、膨れ上がる謎の肉塊。


 大猿はまるで母猿に叱られる子猿のように身を縮こませ、完全に戦意を喪失していた。

 この光景にふたりとも、まるでなにかに憑りつかれたように黙ってしまった。


 ────【不浄にして深淵な(ノー・ライフ・ク)る妖妃(イーン)】の伝説。

 とある国の神話で地下に潜む形容しがたいものの名称として知られる、肉塊の化け物。


 それを彷彿させる姿にアンネリーゼはなにかひと言呟いた。

 ヴァレリィに至ってはその場にへたり込んでいる。


 ────死したはずの肉塊(クライメシア)が躍る。

 月下にて大猿は、自らが今までそうしてきたように、その肉体をズタズタに弄ばれ、最期には咀嚼されて消えた。


 眼前敵の完全沈黙を認めたかの肉塊は徐々に縮み、ひとつの影になる。

 その影からクライメシアがでてきた。


 ロングコートをはためかせ、まるでなにごともなかったかのように、ふたりにまた改めて微笑みを見せる。


「これがわたしの真の姿だ。さぁ決めたまえ。わたしとともにいたいか、それとも……」


 ヴァレリィが息を吞む中、彼より先んじてアンネリーゼが一歩前に出る。

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