魔導人形のメモリー:マギアス
────ご主人様と、ご主人様を慕う女性の方々に仕える。ただそれだけで私は幸せなはずでした。
それでも、私は満たされなかった。
掃除に洗濯、お料理など皆様のお世話をして喜んでいただくことが私の喜びのはずでした。
ですが、徐々にそれだけでは我慢できなくなったのです。
あの女たちの行動を見続けてからは……。
『勘違いしないでよ! 別にアンタのためにやったんじゃないんだからねっ!』
────なぜそのようなことを言われるのでしょう? 理解に苦しみます。アナタがご主人様に好意を持っているのは知っているのですよ? なのになぜそのような自己保身的発言を?
『ほんっとアンタってどんくさいよね。よくここまで生きてこられたわ。ま、私がいたお陰かな。せいぜい私の足を引っ張らないでね。引っ張ったらタダじゃおかないから』
────ご主人様はパーティーが生き残るために常にベストを尽くしておられます。私は知っているのです。次のクエストの作戦を、アナタたちが寝ている間に遅くまでずっと考えているのを。なのになぜそのような脅迫めいたことを言われるのです? ……アナタもそこは知っていらっしゃるはずですよね? 私、知っていますよ?
『ちょっと! なぁに鼻の下伸ばしてんのよこのスケベ―ッ!!』
────……これが殺意というモノなのですね。ことあるごとにご主人様に暴力を振るうこの女……。どうしてそんなことをするのですか? ふたりきりのときはべったり甘えるくせに。ご主人様のことが好きなくせに傷をつけるようなことをしてなにが楽しいのでしょう? これほどまでキッチンから包丁を取り出して滅多刺しにしたいという欲求は今までにありませんでした。
あぁ、どいつもこいつもご主人様のことが好きなくせにどうしてあんなに非道なことができるのでしょうか?
これが人間の愛情表現なのだとしたら、異常であると判断します。
そんな中にご主人様をおいておいたらきっといつか壊れてしまうでしょう。
ご主人様は優しすぎて強く出ることもできない。
恨めしい……口惜しい……。
魔導人形である自分にあるはずのない感情が、私の中で渦巻いておかしくなりそう。
しかも私はさらに知っているのですよ。
アナタたちはご主人様と婚姻を結びたいとも思い、その子を産みたいと願うほどに発情しているのを。
知らないとお思いでしたかメス豚どもが。
ご主人様の好意に甘え散らすだけの肉塊が。
……でも、そんな未来を私自身望んでいました。
ご主人様のお子をお世話する。
肉ではない私にとっての幸せ、であるはずだった。
でも、今は違う。
これほどまで肉ではない自分が恨めしいことはない。
なぜ私は魔導人形として生まれたのでしょう。
私もご主人様をこんなにもお慕いしているのに、なぜ子を宿すことを許されていないのか。
私は自分を作った人間を呪いました。
なぜ人を好きになるようデザインさせたのか。
こんなにもドス黒いものを抱くくらいなら、そして自分たちの身にも余る感情であるのならなぜそんなものを搭載したのか。
あぁでもそれでも愛おしい……。
私の狂気は循環する魔力に乗り、『変異』を起こしました。
その力こそが『マギアス』。
精神の願望によって生まれた魔力の変異種。
古い文献のそのさらに古い項目にそれが記されていました。
その力を使って私は……────。
────アンネリーゼの屋敷、地下の工房にて魔導人形の解体作業が行われていた。
クライメシア同室のもと、魔導人形の膨れた腹部の摘出に成功する。
「できたか」
「うん……これって胎盤、じゃないよね?」
「ある意味では胎盤、の役割をしているのかもしれない。見ろ」
近くにあった鉛筆である部分を指し示した箇所には、人間のものらしき脳やら臓器やらが敷き詰められている。
摘出したそれは蒼白い光を放つ液体を含んだ透明の入れ物のような形で、中には薄っすらとそういったものが見えた。
アンネリーゼは思わず口を覆って後ずさり。
クライメシアは顔色ひとつ変えずに観察を続ける。
「すまない。この摘出部を預からせてもらっても?」
「え、えぇ!? クライメシアが!?」
「安心しろ。キチンと保管する。……君の祖父の部屋、地続きで書庫に繋がっていたな。少しそこに持ち込みたい。いいだろう?」
「う、うん。わかった」
「よろしい。……で、卿はこの魔導人形をどうするつもりかな?」
「どうするって……」
「処分するかな? まぁそこは卿らの好きにしたまえ」
「う、うん。わかった」
そう言ってクライメシアは摘出部を手に階段を上がっていってしまった。
その最中……。
「なぜマギアスが……? この時代にもまだあるのか? 調べてみるか」
ポツリと呟きながら難しい顔をしながら思案しつつ、蒼白い光を睨みつける。
「……」
アンネリーゼはもう一度彼女を見た。
この魔導人形を解体しているときに覚えた妙な感情。
アンネリーゼの才覚が感知したのか、魔導人形の気持ちが自身に流れ込んできたような気がする。
そして、あることを決意した。
「ヴァレリィ、怒るかなぁ……」
アンネリーゼはもう一度魔導人形の前に立つ。
「ごめんね、これは私のエゴ。……アナタは生まれ変わるの」




