冒険者ギルドの裏話
巨大ギルド都市『ハンニバル』。
西大陸最大の都市。
その規模はまさに王国級で、腕に自信のある者たちが夢を見る場所。
のしあがり、名を馳せて、讃えられる。
甘い汁も血飛沫も、すべてはこのハンニバルにあるのだ。
そんな中……。
「かっこええ兄ちゃんがくる思たか? 残念、ちょいワルオヤジでした~」
自分の人生はもうダメかもしれない。
そんな印象を受けさせたのは黒塗りのメガネをかけた中年。
名をシャチハタという不良職員だ。
極東の島国からはるばるやってきたらしいが、なんとも独特な口調だ。
受付に座るさまはどこか怪しい訪問販売員。
実際にすべてが怪しい。
「あのブラックギルドパーティーやめたんやて? 今まで嫌な目におうたなぁ。せやけどよっぽどのことない限り注意できへんしな。おまけにアイツの妹は貴族のお気に入り。めっちゃスポンサーついてるって噂やし」
陽気に世間話を始めようとすることに気づいたギルド職員の年配の女性が、うしろのほうで咳払いをして彼に注意を促した。
「……あぁ、仕事の話やったなすまんね」
「いえ、別に」
「真面目な話、いつの時代でもそうやけどひとりでやろう思たら、相当な実力やら実績がいる。わかるな?」
「それは、わかってます。だけど、私……」
アンネリーゼは人間関係というものにすっかり苦手意識を持っていた。
元々苦手ではあったが、あれ以降何度も夢に出てくるほどの恐怖と無数の言葉たち。
食っていくのに対し現実がハードモードすぎて処理が追いつかない。
「君は魔導技師かぁ。その持ってるドでかい武器が技術のたまものってやつやな。ふぅん。……ソロの仕事でアンタにできそうなんは、まぁこんなもんやろ」
彼が書き記した表を手にとって見てみる。
どれも雑用に等しく、報酬も極端に少ない。
「ま、待ってください。これだけ、ですか? 私一応高ランクのギルドパーティーに所属してたんだし、もうちょっとできるのは……」
「アンネリーゼちゃん、この業界はな、それだけで危ない仕事はさせられへんねや。ただ、そうやな────」
「な、なんですか?」
「アンネリーゼちゃん、確かトラップの解除とか得意やったな?」
「えぇ、まぁ」
シャチハタの様子がおかしい。
左右を確認し、アンネリーゼに耳を貸すよううながす。
「ギルドの依頼やない、せやけど、えぇ仕事があるんや」
「ぎ、ギルドの仕事じゃない? どういうことです?」
「アンネリーゼちゃんの腕を見込んでの話や。報酬もたんまり、ふたりで一発逆転目指さへんか? ギルド職員も給料安いでなぁ。俺も困ってんねん」
「ギャンブル、ですか?」
「ちゃうて。この巨大ギルド都市『ハンニバル』の一大プロジェクトとして、数年前から『例の災害』の調査してるんは知っとんな?」
例の災害とは、およそ200年前に起きたことだ。
簡単にいうと都市の外れにある山が突如爆発を引き起こし、深淵へと続く巨大な穴をを作り上げた。
その際の被害は予想に反して、かなりのものだったという。
何十万人という人々が犠牲になり、一時期は行政が機能しなくなったほどだとか。
「確か今そこで神殿? ……みたいなのを見つけて、入るのに苦労してるとかナントカ」
「トラップがたんまり仕掛けてあるみたいでな、探窟隊が立ち往生してるみたいなんや。専門家先生も何人か呼んだけど、次々トラップ解除に失敗して……グェー」
芝居じみた死のジェスチャー。
しかし彼女の中の血が騒いだ。
仕事への興味、そしてトラップやその場所への好奇心。
かつて一族を没落まで追い込んだ例の災害。
その血を引く者として、縁を感じずにはいられなかった。
「どや? 成功したらお宝ガッポリ。宝がなくても報酬はたんまり。その筋でめっちゃ有名人になったら仕事もバンバン入る。ええ話やろ? こんなんアンネリーゼちゃんにしか頼めへん話や」
生唾を飲んだ。
これを逃したら、もうチャンスは訪れない。
感覚でそうわかる。
わずかな報酬で食いつないでいく日々が延々と続くのを想像すると怖気が走った。
危険な思考がくちびるを振るわせる。
そして恐怖や警戒心より、好奇心が勝った。
「やらせて、もらっても……いいですか?」
「決まりやなぁ?」
日取りを決め、彼の作戦とやらを信じて向かうことに。
かつて未曾有の災害を生んだ……
『深淵への階段』へと。