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すべては積み重なったハラスメントと一発のビンタから

 ギルドパーティーに入ってからの地獄のような日々。


 不運と不運の連立性に、怒りや悲しみよりも一種の美しさを感じてしまうのは、自身の精神が限界に達しているからだろうか。


 もはや芸術的とも言える不運のコンボに、黒髪の少女アンネリーゼは疲れ果てていく。



『新人なんだからキツいのは当然だろ。これとこれとこれとこれ、夜までにやっといて。サボるなよ』


『君バカなんだから余計なこと言わずに僕の言うこと聞いてりゃいいんだよ』


『ハァ? おじいちゃんの容態が悪そうだから休みたい? できるわけないだろ勝手に死なせてろ! ギルドの仕事のほうが大事だ! その辺の安い薬でも飲ませとけよまったく』


『なぁアンネリーゼ。君さぁ、結構見た目もいいし、僕の彼女にならない? あぁいいっていいって、別に君に期待とかしてるわけじゃないし、ただ彼女になればさ。それなりにいい待遇をさせてやるよ。だからさぁ……こうして身体に触るくらいどうってことないじゃないかなに怯えてんだよ』


 なじられ、怒鳴られ、酷いときには身体を求められた。

 あまりに耐え切れなくなったある日、フェローチェが脇下から胸を触ろうとしたので思わずビンタをしてしまった。


 それが契機となり、嫌がらせは一層激しくなり、ついに……。


「アンネリーゼ、君は手先が器用だ。でもね、それだけじゃギルドの依頼はこなせないってわかってるよね?」


 時刻は夕方、一室の朱がいつもとは違って見える。

 リーダーであるフェローチェが彼女にこう宣告した。


「単刀直入に言うよ。このパーティーを抜けてくれ」


「ちょ、ちょっと待ってよ! ()()()()()()()()()! ここで抜けろなんて言われたら……」


「はぁ、いいかい? 君は代々続く魔導技師で『例の災害』で家が落ちぶれた。でもトラップやら絡繰からくりに関しての知識や能力があったから、役立つかもと思ったんだ。君もお金を必要としてたしね。でも最近入った新人君がさぁ、ね?」


 このパーティーには新人がいる。

 新人はアンネリーゼと同様、魔導技術やトラップの知識を持っており、なおかつ戦闘センスもあった。

 

 アンネリーゼも戦えないことはないが、新人と比べるとやはり劣る部分がある。

 

「そんな……! いくならんでも急に」


「口答えするなぁああッッッ!! ちょっと優しい言い方をしてやればつけ上がりやがってえぇぇえぇぁぁあああああッ!!」


 不敵な笑みが一気に豹変する。

 アンネリーゼの中のトラウマがフラッシュバックした。


 ここへ来てから何度も何度も怒鳴られ、罵られ、なじられ、メンバーや行きかう人々の前で尊厳を踏みにじられるようなことばかり言われたあの光景を。


 指を差しながら詰め寄ってくる彼に、心から怯えて後退って壁に背をつける。


「大した働きもしないくせに口答えするなッ!! ムカつくんだよ! 敬意が足りないんだッ! 僕はこのギルドパーティーのリーダーで功労者だぞ!? 人を労わる気持ちがお前にはないのか? ……それに忘れてないよなぁ? この僕の好意をむげにした挙句ぶったことを!」


「あ、あのときはアナタが……!」


「あ゛ぁ゛!?」


 反論したくても怯えがブレーキをかける。

 その間フェローチェはたたみかけるように唾を飛ばしながら怒鳴った。


 ようやく終わり、廊下へ出たときの静けさはあの世のようにすら感じる。

 幽鬼のような足取りで出口へ進んでいると。


「あら、あらあらあら……アンネリーゼ様、浮かない顔をしてどうされたのですか? またお兄様の叱責を受けられたのでしょうか?」


 銀色の長い髪の少女カトレシアだ。

 あの男の妹とは思えないほどの慈悲深さを持ち、常に穏やかで神話の乙女であるかのような美貌。


 戦闘やダンジョンに同行せず、やることと言えば自室にこもって本を読み漁るかメンバーのカウンセリングか、貴族の屋敷へ赴くことくらいか。


 にも関わらず、破格の待遇を受けており、メンバーはもちろん兄であるフェローチェでさえ彼女には頭が上がらない。


 だが、アンネリーゼはフェローチェの次にこの少女が苦手だった。


 なにを考えているのかわからないし、カウンセリングを一度受けたが、まるで宗教染みていてどうも受け付けない。


「よろしければ懺悔カウンセリングでも? あぁ、お茶など出しましょう。今日は良い茶葉が入ったのです。アナタとはこれからの親交を深めるために是非……」


「いえ、その、もういいです。私、このパーティーを抜けることになったので」


「おや、おやおやおやおやおや……。それは残念ですね。アナタとはもっとお話がしたかったのに……あぁ、残念でなりません。残念です」


 実を言えばカトレシアは初めから部屋での会話を知っていた。


 あれだけ大きな声で、なおかつ身内だ。

 クビのことを彼女に話していないはずがない。


 わかってこうしてやってきた。

 善意か悪意か、その表情や言動から判別はつかない分タチが悪い。


「じゃあ、失礼します」


「えぇ、アンネリーゼ様。ですが忘れないでくださいね。私はいつでもアナタの味方ですわ。今度お茶でもいたしましょう。約束、ですよ?」


 その気遣いと声調が悔しい。

 なにも答えずに足早にアジトを出た。


 夜の街の同じ年ごろの人たちの笑顔は、実に眩しいものである。

 その華やかさと明日への希望とやる気に満ちた声色は、まるでガラス張りの向こう側を覗いているようで現実感がない。


 虚脱感こそが、今のアンネリーゼにとっての真理だった。

 しかし不運は容赦なく彼女の心をなぶり倒す。


 愛する祖父が死んだ。


 病に臥せっていたたったひとりの家族。

 ギルドの仕事は高額なのが多い分危険も多い。


 かなりの値がする薬を毎月買っていたが、今月のはもう買えなかった。


「なんで私がこうなるの……私が、私がなにをしたっていうの? あのまま、アイツの好きなように身体とか触られてたらよかったの? もう、ヤダ……」



 遺書とともに残されたのは小さな屋敷と小さな工房。

 先祖から代々受け継がれ改良が加えられてきたひとつの『回転機構』の武器。


 彼女の持つ回転機構の上位互換だ。

 このひとつが、今の彼女に残されたものだ。


 すごいものなのだろうが、ここまでの不運の連続を味わった彼女からすれば割が合わないようにも感じる。

 むしろここまで耐えたのだからもっと寄越してくれてもよかったのではと。


 世知辛さが致死量に達しそうで今にも本当に死にそうだ。


 だがそうも言っていられない。

 次の日これを持って、アンネリーゼはギルドへと向かった。


 特に希望は抱いていない。

 しかしそんなときに出会ったのが……。

本日時間をおきながら5話連続投稿します!


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