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7 情緒5歳児

 学園のカフェテラスは全校生徒が一斉に食事をとれる広さだ。といっても、窓口が一つでは混み合うので、学園内に何ヶ所か広い学食が用意されている。


 学食といっても貴族の子息令嬢のための学食である。出てくる料理はそこらのレストランと遜色ない。当たり前だがコース料理ではないので、自分でトレーにのせて席まで持ってくる。


 昼休みに教室まで迎えに来たバルティ様に連れられて、その学食の一つで二人席をとり、それぞれトレーに乗せたランチを食べながら表面上はにこやかに殿下の情緒5歳児について説明を受けていた。


「ディーノ殿下は、一見非常にまともで立派な王太子に見える……いや、実際まともなんですがね。それは生徒会にいたのだから分かるでしょう?」


「そうですね。臣下としては尊敬しています。ですが、婚約者がいる身であのような……。あのまま陛下になられたら、下手したら外交問題にも発展しますよ。婚約者が、まして将来妻となったお方がいるのに、他の女性に粉をかけるなど」


「そこが情緒5歳児なんです……。困ったことに、というべきか、助かったというべきか……誰でもいい訳じゃない、というのが救いですが」


 バルティ様はどう説明したらいいかを悩み、カトラリーを置いてしばらく何かを思い出すようにして沈黙する。


「ディーノ殿下には理想があります。小さい頃に私と共に思い描いた国の理想が。女性の理想は聞いた事がないですが……とにかく、その理想は実現不可能ではないと思っていらっしゃる。もちろん綺麗事だけで物事を進める気はないでしょうが、そういう現実は見えています。貴女に……あぁしたのも、ちゃんと人目が無いのを理解して、貴女が騒ぎ立て浮かれる人ではないと理解しての事ですし」


 そこまで聞いても、情緒5歳児の意味がよく分からない。理想を掲げて実現しようとする、そういう国王ならば私は助けたいと思う。ただし、臣下として。


 だが、婚約者がいながら他に愛を囁く。あれはいけない。ハッキリお断りしたし、今後も私はディーノ殿下になびく可能性はゼロだ。だって、浮気な人など嫌だもの。


「で、まぁ……はぁ、幼馴染として、従兄弟として情けないのですが……、殿下の中では理想と愛情が分離していません。理想を実現するのに、より良い理想を掲げるのに、ユーリカ嬢、貴女は余りにも殿下の理想通りの人すぎた。……つまり、私と、ファリア嬢を足したような人と言うべきなのでしょうか」


「どこがどうなったら私がバルティ様とファリア嬢を足した事になるんですか」


 私は思わず声のトーンを作りそびれた。あぶない、慌てて笑顔になり、なるんですの? と、少し高めの声でおっとりと尋ねる。


「ディーノ殿下にとって、ファリア嬢は幼い頃の印象のままなんです。砂糖菓子のような、人形のような可愛らしい人、という。彼女とも私は幼馴染だから知っていますが、私は彼女ほど王太子妃に相応しい方は居ないと思っていますよ。……あの方を敵に回してはいけないと、私ですら思いますからね。が、ディーノ殿下はそこが理解できていない」


「バルティ様が、ですか?」


「そうです。一歩引いて殿下を立てながら全てを観察している。ディーノ殿下の貴女への気持ちなどとっくに察していますし、貴女にその気がないことも分かっているから放置しているだけ。……あの殿下ですよ、今まで何度、自分に乗り換えやしないか、とアプローチされてきてると思います?」


 冷静に見て、自分の感情は廃して、客観的に見れば、確かにディーノ殿下は優良すぎる男性だ。


 王になられたら間違いなく忠誠を誓えるし、彼の命ならば女の私でもできうる限り役に立ちたいと思う。ただ、浮気なところが、婚約者がいながら私の手を取ったのがどうしても気持ち悪いだけで。


「それを全て笑顔の一つ、言葉の一つで封殺してきたのがファリア嬢です。殿下が気付く前に。女の戦い、社交の場で彼女に勝てる人が同年代にいるとは……男女問わずですが、とても」


 びっくりしてしまった。私だって彼女はお姫様のような人だと……ただ、賢く社交的なのは間違いないとは思っていたけれど、そこまで巧みだとは。


 バルティ様は不器用で、正面から相手に物を申して嫌味眼鏡と言われているが、ファリア嬢はそんな悪評ひとつ立てずに、バルティ様と同じ事ができるということだ。これは怖い。絶対に敵に回したくない。


「つまり殿下は……、理想というものを強く持ち過ぎていて、お近くにいるファリア嬢の辣腕ぶりに全く気付いていない、と?」


「そういう事です。……彼女は政治を論じることもできるし、不快にさせないよう殿下をより良い方へ導くこともできる。貴女は私と同じタイプでしょう、正面から正論をぶつけて意見を戦わせてしまう」


「……否定できませんわね」


「私はこの学園にいる最中に随分と腹の中に黒いものを溜めた敵を作ってしまいました、まぁいいんですが。……ディーノ殿下も私の性格は分かっていますが、私からファリア嬢のことを聞かされても、まさか、と笑って流してしまう」


「…………ファリア嬢の魅力に殿下が気付く、ということは」


「タイプが違うんです。貴女のような家臣として真っ当なタイプこそが自分の隣にふさわしいと思っている。自分と同じタイプが……。ファリア嬢のような方こそディーノ殿下には相応しいというのに」


 まったくだ。呆れてしまう。


 つまり、自分の手を引いて、時には躓きそうな時に助けてくれる存在よりも、自分と一緒につっぱしって一緒に崖から落ちても平気で生き残る真似ができる方がいい、と思っているらしい。


 それは国を巻き込む事になる。私だってファリア様以上に相応しい方はいらっしゃらないと思う。崖に向かう殿下を、知らず実りの森に導くようなお方が。


「とてもお話が弾んでおりますわね。よろしかったら、放課後にカフェにご一緒しませんこと? 私も混ぜて欲しいんですの」


 話をしながら食べ終わり、水を飲んでいる所に、唐突に現れたお姫様たるお姫様の姿をした未来の辣腕王太子妃……ファリア嬢が、唐突に声をかけてきた。

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